WEB SNIPER Cinema Review!!
ドイツ映画賞 最多6部門受賞
1950年代後半のドイツ・フランクフルト。ナチス戦犯の告発に執念を燃やす検事長フリッツ・バウアーは、逃亡中のナチス親衛隊中佐・アイヒマンをドイツの法廷で裁くべく、危険に晒されながら孤立無援の苦闘を繰り広げる――。歴史的な大作戦の裏に隠された衝撃の真実!Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか絶賛公開中
バウアーは戦争終結後も逃亡ナチスを追い続け、ある日「アルゼンチンにナチの大物が隠れている」という手紙を受け取った。本作で彼が追うのは、ナチスの逃亡犯アドルフ・アイヒマンだ。
彼がその手紙を受け取ったのは戦後10年以上が経過した1957年。日本の経済白書に「もはや戦後ではない」と載ったのは、その前年の1956年。バウアーが戦う相手は、第一にはナチスの残党なんだけれど、じつは世間の空気とも戦っているということが、本作を観ているうちに伝わってくる。ドイツは敗戦後、日本と同じように連合国によって裁かれた(日本は東京裁判、ドイツはニュンベルグ裁判)。ドイツ政府の間にも部下の間にも、その裁判によって過去はもう終わったという空気があり、自分たちのしたことを直視したくない思いがあり、寝た子をわざわざ起こそうと奮闘するバウアーに対して、引いている雰囲気がある。ドイツ政府が戦後に行なったナチの公職追放は通りいっぺんで、当時の政権内にはまだ元ナチスの人間が存在していた。同じヘッセン州検察庁内にも彼を探るスパイ(セバスチャン・ブロムベルク)がおり、彼が連邦検事局の元ナチス親衛隊の男にバウアーの動きを報告する。事務所には隠れナチスからの脅しが寄せられ、バウアーは孤独な捜査を強いられることになる。
なぜバウアーは、10年以上もしつこくナチを追い続けたのか。そこには、何よりドイツのために、ドイツ人の犯罪はドイツ人の自身の手によって裁く必要がある、という彼の信念があった。そのためにはアイヒマン逮捕は絶好のチャンスだったのだ。
しかしそんな重大なミッションを前にしてもさすがドイツ、部下たちの勤務態度は、断然ワークライフバランス重視!金曜日に残業呼び出されたら、「それだけのことで呼び出したんですか!月曜日ではいけなかったのか!金曜日は家族と過ごす日だ!!」と完全にブチ切れたりしているので、これはこれで頼もしい。右腕となる部下(ロナルト・ツェアフェルト)に「執務室ではできない話をしたい、土曜日に来てくれ」と頼んでも、「土曜日は台所の修繕があります。日曜日では?」と返される。意外なところで、ドイツ連邦におけるホワイト労働の歴史の厚さを感じた
バウアーは極秘裏にイスラエルのモサドと接触し、隠れナチ勢力かく乱のために国内には偽情報を流す。砂漠を目隠しされ移動するバウアー、公園で密かに情報を交換するバウアー、対して政権に潜む元ナチスによるバウアー失脚工作も始まり、映画には諜報の匂いが漂い始める。本作、彼の右腕となるロナルト・ツェアフェルトがバイセクシャルという設定で、バウアー自身にも過去、「男娼」を買って逮捕された記録が残っていた(監督いわく、バイセクシャルの部下は本作のフィクションだが、バウアーの記録は事実だという)。彼らはハッキリとは口に出さないものの、たがいに相手がそうかもしれないということに気づいている。当時ゲイは違法であり、そのロナルト・ツェアフェルトがこっそり訪ねるゲイバーでは、歌姫がガーターを見せつけながら歌っている。はたして彼らの戦いはどうなるのか。
歴史的事実だけを述べれば、その後アイヒマンはモサドによって拉致され、イスラエルで裁判が開かれる。それはさらに、フランクフルト・アウシュビッツ裁判へと繋がり、ドイツ国民も世界の人間も、ナチスが何をしていたのか、戦後10年以上も経てから初めて、その底知れなさを知ることになった。バウアーがいなければ、「絶滅収容所」はなかったことにされてしまったかもしれないのだ。しかし映画は、その中で寂しさや悲しさを受け入れ、やるべきことをやっていった、ゲイたちのハードボイルドにフォーカスして終わる。
本作のどこか孤独なバウアーを観ていて思い出すのが、同じくナチ映画である『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(モルテン・ティルドゥム監督)で描かれていたアラン・チューリングだ。実在したイギリス人天才数学者である彼が、ナチスの暗号装置「エニグマ」を解読したことで、ドイツ軍の敗北は決したとも言われている。そして彼はゲイであり、イギリスでもやはりゲイは違法だった。ナチスはアラン・チューリングによって戦争に負け、フリッツ・バウアーによって忘却の影からひきずり出されたことになる。その二人ともが戦後、寂しく死んでいるのが悲しい。
文=ターHELL穴トミヤ
アウシュビッツ裁判へと繋がる"極秘作戦"が半世紀を経て初めて明かされる
『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか絶賛公開中
関連リンク
映画『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』公式サイト
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