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第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門、監督賞を受賞
現代社から隔絶されたアメリカ北西部の森深くにこもり、父親による厳格な教育方針のもと独自のルールで暮らしている家族が約2400キロ離れたニューメキシコを目指して旅に出る。すると行く先々で目の当たりにする現代社会と自分たちの大きなズレ......。戸惑いながら突き進む親子7人の行く末に待つものは!?同時に彼らは殺人訓練も行ない、ロッククライミングをし、それどころか鹿を素手で狩ってその場で肝を取り出して生のままかじったりしている。リベラルで、教養主義で、啓蒙主義で、開拓者精神に溢れ、政治信条はリバタリアン社会主義。そして堕落した帝国資本主義に耐えきれぬあまり、人との関わりを避けて山奥に住んでいる。彼らは、もっとも「正しい人間」を目指しているのだ。
そんなカルト家族を率いる父親を演じているのはヴィゴ・モーテンセン。一緒に暮らしている子供たちは、7歳から18歳までの男女織り交ぜた計6人で、中でも9歳の子が動物の毛皮を被っていてとんでもなくかわいい。ところがそこに母親がいない。やがて彼女は精神病院に入院していることが明らかになり、ついに自殺してしまったことが知らされる。モーテンセンを憎んでいる妻の父親(フランク・ランジェラ)は、彼が葬儀に来たら警察に突き出すと告げる。しかし「仏教徒として火葬してほしい」という遺言が無視されることに怒ったモーテンセンは、葬儀に乗り込むことを決意する。かくして一家はバスに飛び乗り、アメリカ縦断2400キロの旅にでる。
監督は、マット・ロス。前作『あるふたりの情事、28の部屋』は、予算をかけずに腕をみせた秀作という感じだったが、本作は堂々たる商業作品。そして一時が万事やりすぎな、リベラル・ギャグが面白い。家族はモーテンセンの方針にしたがって猛烈リベラルなため、堕落した記念日であるクリスマスは祝わず、代わりに偉大なアメリカの知識人ノーム・チョムスキーの誕生日を祝ったりしている。『リトル・ミス・サンシャイン』(ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス監督)と同じく、末の娘は家族の意思を最も素朴に反映して、ことあるごとに「腐敗した資本主義勢力のファシストが云々」とか、「土地の使い方が非倫理的だわ云々」とか、社会主義者botみたいなことを言う。
旅の途中でバスに警官が乗り込んで来るシーンがある。子供達を学校に行かせず、明らかになんらかの法令違反がありそうな彼ら。堕落した帝国資本主義社会によって家族が風前の灯になる瞬間だが、子供たちは機転を利かせて愛を讃えたり、賛美歌を歌い出したりする。すると警官がなんとなく気圧されてバスを降りていく、こういうの日本にもあると思う。古くは、僧兵が仏像をかついで突撃したりとか、法律のように明文化されてはいないけど社会で共有されている、敬して遠ざけたい気持ちを利用する戦略。それがアメリカではちょっとカルト入ったキリスト教なんだと、興味深かった。
そんなチョムスキー・ゲリラみたいな彼らが、旅の途中ダイナーに寄ると、そこにはコーラやホットドックが! 興味津々の子供たちだが、モーテンセンパパはもちろんそんな「堕落した帝国資本主義」してる食べ物は認めない。モーテンセンの妹夫婦の家に寄れば、そこには普通に育った思春期の子供たちがいる。生まれて初めてTVゲームを眺める、モーテンセン家の子供たちの顔......。この異文化衝突こそが本作の面白さなのだが、なんといっても18歳の長男(ジョージ・マッケイ)とゴスの入った女の子のキャンプ場での出会いこそが最高の瞬間だ。ネコのように人懐っこいゴスガールに、図書館から一歩も出ずに18年みたいな青年が出会ってしまったらどうなるのか!?足の親指どうしが触れてしまうことで激しく揺さぶられはじめる彼の世界。がんばれ!チョムスキーを暗唱しろ!しかし、まさかのぶっちゅっちゅ状態に!その瞬間、今までモンテーセンによって彼の中に積み上げられてきた18年分の知識、訓練、芸術が爆散する......、メリークリスマス!!!!!!!!!!!!ウェルカムトゥ、ぶっちゅっちゅワールド!!!!!!俺は心のガッツポーズが止まらなくなった。
その女の子から母親や家族について聞かれ、咄嗟につく嘘がまた愛おしい。そこには、彼が持っている全てのもの(森で読んだ本から得た知識)を使って、必死に組み立てようとした物語があって、それは稚拙で、でも切実だから。そこで、ニーチェの言葉を思い出す、「もし真理が女だとしたらどうだろう?」。それはなにも女の心理を知り尽くしたピンプこそがこの世の真理を知っている、って話じゃない。それは無視できない他者のことなのだ。それこそはこの映画のテーマで、彼はついに今まで得てきた知識は、他者がいなけりゃ意味がなかった!と気づく。夏の夜に、そんな天啓がキスとともにやって来るなんて最高じゃないの......、ニーチェにもそんな一夜があったんだろうか(俺は絶対あったと思う)。
ところがこの映画でただ一人、そのことに気づかない登場人物がいる、ヴィゴ・モーテンセンだ。映画が進むうち浮き上がってくるのは、自分を疑わない彼の傲慢さ。もしそこに思い至らなければ、この家族は破滅する。けれどそれを認めれば、彼はどこにも居場所のない負け犬だということがはっきりする。広大なアメリカの大地の中を一本道が伸び、葛藤を乗せバスが走って行く、本作ではそんなカットが繰り返される。撮影監督は、『預言者』のステファーヌ・フォンテーヌ。その一本道が、寄る辺なさの中に伸びる人生のようで、やはりアメリカはロードムービーが映える国だった。
文=ターHELL穴トミヤ
死んだ母の葬儀に出るべく、アメリカをバスで縦断
異文化衝突の魅力が冴え渡るロードムービー!!
『はじまりへの旅』
関連リンク
『Captain Fantastic - Official Site』
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