WEB SNIPER Cinema Review!!
第89回アカデミー賞脚本賞ノミネート
ギリシャのエーゲ海でクルージングを楽しむ中年男性6人組。彼らは船がアテネに帰港するまでの間に誰がストロングマン(最高の男)かを決めるゲームを始める。"ズボンのベルトの位置"、"コレステロール値"から"料理の知識"まで一挙一動をお互いに評価し、点数を付け合っていく彼らは、やがて意地とプライドを懸けた闘いに突き進んでいく。3月25日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
ヨットでヴァカンスを過ごしている、中年から初老にかけての、男ばかりの6人組。彼らがささいなことから「誰が一番の男か」を巡って、言い争いになる。そこである人間が提案したのが、「帰港までのあいだ、全ての行動を互いに採点しあってNO.1を決める」というゲームだった。そして手帳片手に、仁義なき男くらべが始まる!それは長老格であり、皆の雇用主でもあるらしき「先生」と呼ばれる医者に対しても容赦ない。食事中にゲップをすれば、どんなに言い訳をしても、皆の手が一斉に動きだす。誰が一番早く綺麗にできるか、突如はじまる掃除競争!!IKEAの家具組み立て競争はどうだ!?誰かが言い出す、「お前のチンポを昔見たが、小さかった......」「勃起すれば違う!」。寝相が良いと、男ポイントにはプラスになるのか!? 構図もおしゃれ、演技もシリアス、なのにやってることの程度は低すぎて、何なんだこれはという感じで時間が過ぎていく。
舞台となる高級ヨットには、給仕までいる。スピーカーからは定期的に案内(「船室内は土足禁止です」「ディナーのメニューが変更になりました」)が流れ、『ロブスター』で登場人物たちが泊まっていた、あの不気味なホテルと似た雰囲気が漂う。ギリシャ人って管理された空間のなかで、形而上学的な問題を云々して暮らすのが好きなのだろうか。やっぱり奴隷たちに支えられて哲学してた、ギリシャ時代からの習性なのか......。
映画には男しか出てこないため、競い合う内にホモソーシャルな雰囲気も漂ってくる。「お前が一番になるだろうな」「いやお前だよ!」コノコノー!とばかりにもつれ合う2人。男くらべは、上位の男同士のちちくりあいに、他の男たちが付き合わされる儀式でもある。勃起チェックの時に勃起できなかった男は、「女が車でトラブって、困ってるっていうシチュエーションなら勃つんだ!」と主張する。これは実在するフェチで、ドイツ人によって発見され、彼が立ち上げたポルノサイトcarstuckgirls.com/は優れたウェブに贈られるウェビー賞を受賞した。サイト創設者はMEL Magazineのインタビューで「登場する車が6気筒エンジンだと、8気筒エンジンの場合に比べて、課金者数が20%減る」と述べている。このエンジンが主体、女性は二の次感は、たしかに本作の世界に近いかもしれない。でもそこは、この映画オリジナルのもっとギリシャっぽいフェチをひねり出して欲しかった!たとえば、釣り上げた魚が思いのほか大きくてピチピチ暴れるのをあわてて押さえつける姿フェチとかどうだろう。車というオス感にいま一歩足りないだろうか。
そんな男たちの中に、ひとりだけハゲてて、太ってて、精神年齢も著しく幼い、最初から勝負にならない男がいる。だけど、こいつだけが他者を思いやる心を持ってるという、ハイきました!愚者だけが優しさを知っている『白痴』(ドストエフスキー)パターン!女性である監督はやはり、「男くらべとかしてないで、もっと大事なことがあるでしょーが」とばかりに、彼を出してきたのだろうか。途中から俺が女なら誰を選ぶかなーと思って観ていたのだが、やっぱ......全員ないよな。「誰が男としてNo.1か」っていう競争に参加しようとしてる時点で、もう全員なし。
この「参加しただけで、そもそもその競争からもう脱落してるのでは」という本作のズッコケ感からは、ツイッターとかフェイスブックで流れてくる「IQ診断テスト」を連想せずにいられない。これが解けたらあなたはIQ上位20%!みたいなポストが流れてくるたび、そんなテストに乗せられてる時点でIQ以前にアホだから!と思う。でも他人がそれやってるのを見るとすごい惹かれるんだよな!!!伝染してくるんだよ!!俺も受けなきゃって!証明してやるよ、本気を出したこの俺のポテンシャルを!!!!!で、クリックすると承認がどうとか言われて、忘れたころ周りの人々に「レイバンのサングラスを今だけ2499円」で売りつける羽目になったりする。お得なクーポン、IQテスト、本作の男くらべ、人類にはセキュリティホールがあり、それを狙ったウィルスは次から次へとやってくる。ではどうすればそこから自由になれるのか、ファストフード店で30円安くポテトを買うためにアプリをいじりながら、俺はいつも水木しげるを思い出す。彼の有名なエピソードとして「ああいうものを作ると、人生が複雑になりゃしませんかねぇ。」と言ってマイレージカードの発行を拒否したというのがある(出典:『本日の水木サン―思わず心がゆるむ名言366日』草思社刊)。お得なポイントを貯めなかった水木しげるは、出征先のラバウル島でも大日本帝国男くらべに乗らず、ダメな兵士として毎日ビンタされていた。結果、最も死亡率の高い最前線の見張り役を押し付けられてしまうのだが、部隊は背後から奇襲され全滅、ただ一人の生き残りとなって日本に帰ってくる。男くらべのシャレにならない罠を目撃した水木しげるだからこそ、お得なポイントにも釣られない!ここにこそ、人類のセキュリティパッチへのヒントがあるのだ。というわけでその先、詳しい内容を知りたい方は私の「ヒーマニズム宣言セミナー」に参加してください(今だけ2499 円)。
文=ターHELL穴トミヤ
『ロブスター』のスタッフが再集結! 奇妙でイケてる海上決定戦!
『ストロングマン』
3月25日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
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映画『ストロングマン』公式サイト
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