WEB SNIPER Cinema Review!!
エレイン・コンスタンティン初監督作品
1960年代にイングランド北部のワーキング・クラスの若者から生まれ、後のレイヴ・カルチャーなどに影響を与えた音楽ムーヴメント"NORTHERN SOUL"。その最盛期である70年代を舞台に、"NORTHERN SOUL"に魅了された青年たちの成長を描く青春物語――。新宿シネマカリテ他、全国順次公開中!
去年、Youtubeにアップされていた竹内まりやの『Plastic Love』が2100万再生、36万いいねになっていたのをご存知だろうか。残念ながら当該URLはすでに削除されてしまったが、そのコメント欄の多国籍ぶりと熱狂ぶりたるや凄まじいものがあった。ここ数年、Youtubeで日本の古くマイナーなシティ・ポップのコメント欄に、驚くほど大量の外国語のコメントがついている。その原因はVaperwave繋がりでアルゴリズムが拾い出したからとか、そもそも80'sリバイバルだからとか、オランダのレーベルがリイシューして火がついてとか諸説あるが、一旦忘れ去られた曲が、時を経て、地球規模に離れた場所で、突如愛を注がれ始めるという現象は、1970年代のイギリス北部ですでに起きていた。それが「ノーザン・ソウル」だ。
60年代後半から70年代中盤にかけて、イギリスの北部で勃興したこのシーンは、「労働者階級から始まった最初のアンダーグラウンド」とか、「今日のクラブカルチャーを生み出しDJを進化させた」などと言われている(『そして、みんなクレイジーになっていく―DJは世界のエンターテインメントを支配する神になった』ビル・ブルースター、フランク・ブロートン著、プロデュースセンター出版局刊より)。DJたちがかけるのは60年代のアメリカのソウルレコード。それも、ほとんどは本国アメリカでヒットせずに、忘れ去られていたものばかり。なぜそれが大西洋の反対側、それも潰れかけた工場以外、何もない田舎町で熱狂的な支持を集めたのか。
高校生のジョン(エリオット・ジェームズ・ラングリッジ)がくすんだ街を歩いていると、頭にサッカーボールが直撃して、くわえていたチョコバーが地面に落ちる。近よって来た男は謝るでもなく「それ、食わないならくれよ!」「骨が折れちまったんだよ!足を踏まれて」などと言って、へらへらしている。この街角における心温まるちょっとしたやりとりだけで、「ああここって、クソ溜めなんだな」と伝わってくる演出がいい。監督は写真家、MV監督として活動しているエレイン・コンスタンティン。70年代に自身が身を置いていたノーザン・ソウルシーンを描く本作で、映画監督としてもデビューした。
ジョンは学校では教師からバカにされ、家庭では嫌味を言われ、どこにも居場所がない。そんなある日、母親に命じられ、しぶしぶ出かけていった公民館のユースクラブ(若者たちの集い)で奇妙な光景を目撃する。一人の若者が、トイレでDJを捕まえ、「最後に1曲だけ持参したレコードをかけてくれ」と懇願していたのだ。ヒットチャートとはまるで違う音楽で踊るその青年、マット(ジョシュ・ホワイトハウス)と仲良くなったジョンは、彼の家でミックステープと錠剤をもらう。すぐにその魅了にはまり、やがて一緒に、ノーザン・ソウルパーティを開くことを計画しはじめる。
本作、あらすじとしては、田舎で退屈している若者がストリートで兄貴分に出会い、カルチャーに入っていき、やがてその中で喜びと苦味を味わう......、というイギリ青春映画あるあるの枠を出ていない(例えばシェーン・メドウス監督の『ディス・イズ・イングランド』)。しかしその背景が、ノーザン・ソウルシーン、というのが今までにないわけです! 幅広のバギーパンツをはき、タンクトップで朝まで踊りまくっていたダンサーたちの、体操のような動き。フロアの誰もが曲を知り尽くしていたからこそ可能だった、全員のタイミングがピタッとハマった手拍子。そして朝まで踊るために飲んでいたというアンフェタミン・カプセル(覚せい剤)の功罪。本でしか読んだことのない、いにしえのノーザン・ソウルシーンが、ついに映像となって目の前に再現されている!
やがて工場で働き始めたジョンは、またもや落ちこぼれ、「お前は(この工場で一番やばい社員と二人きりで地獄の)窯焼き作業だ~!」と地下室に押し込められてしまう。ところが、そこでさらなるハードコア・ノーザン・ソウル・マニアと出会ってしまったのだった~!という展開がまたアツい。だがこの男、さらなるハードコア・覚せい剤・ユーザーでもあった。AKIRAの鉄雄みたいに錠剤をジャラジャラ飲みながら、パーティ会場に向かう主人公たち。行きの車の中ですでにギンギンになっており「このミックステープは最高だな!」「もっとイケよ、あと4錠イケるだろ!!!」と、大変な勢いになってくると同時に、「あいつは、秘密警察に違いない......」とアウト感も漂ってくる。
ノーザン・ソウルを背景としながら、この映画で最も印象的だったのは、高校生である主人公が、教室で試験を受けているシーン。誰もがテスト用紙に目を落とす中、主人公は窓の外を横切る飛行機を眺めている。自分は今閉じ込められていて、そしてこの外には広い世界があるという感覚。そして、そこへと飛びだしてきたいという渇望。これこそ、青春の苛立ちではなかったか!(そんな主人公の前に立ちはだかる嫌味なクソ教師を、マンチェスターの音楽映画『24アワー・パーティー・ピープル』で主人公をやっていたスティーヴ・クーガンが演じているのがうれしい)。そしてその苛立ちは、ある日、思わぬ場所に、もう一つの窓を見つける。それはユースクラブで偶然耳にする1枚のノーザン・ソウルのレコードかもしれないし、ある日Youtubeが突然リコメンドしてくる竹内まりやの『Plastic Love』かもしれない。
ノーザン・ソウルを知ったジョンは、「古いアメリカのレコードの歌詞が、なんで、こんなに俺の気持ちを代弁してくれるんだろう」と呟く。日本語シティ・ポップ(例えば、間宮貴子『真夜中のジョーク』)のコメント欄には、「なぜかは分からないが、日本のファンクは俺をとても穏やかで切なくさせる」(2889いいねがついている)とか、「この音楽のジャンルを教えてくれ」というような英語の書き込みであふれている。いつの時代にも、ふと窓の外を眺めてしまう人間を、待ち受けている音楽がある。そしてその窓の先には、新しい世界が待っているのだ。居場所のない人間たちに、幸あれ!
文=ターHELL穴トミヤ
1974年、イギリス。若者たちは60年代のソウルで激しく踊り狂った。
『ノーザン・ソウル』
新宿シネマカリテ他、全国順次公開中!
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