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『君と歩く世界』ジャック・オーディアール監督作
ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞を皮切りに、仏アカデミー賞(セザール賞)では監督賞を含む4部門、リュミエール賞では作品賞を始め3部門を獲得。黄金を見分ける化学式を見つけた科学者、それを奪おうとする権力者にやとわれた殺し屋兄弟と連絡係。絡み合う欲望の果て、待ち受ける目もくらむ結末とは......。TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
燃えあがる馬が、草原を走っているシーン、かっこいいです。舞台は19世紀、西部開拓時代のアメリカ合衆国。提督と呼ばれる権力者に雇われた兄弟の殺し屋「シスターズ・ブラザーズ」が、オレゴンから、ゴールドラッシュによって誕生した、出来たてホヤホヤのバビロンシティ・サンフランシスコへと標的を追って出かけていく。監督はフランス人のジャック・オーディアール(『預言者』『真夜中のピアニスト』)。本作は奇妙な西部劇で、まず第一にそれは「外国からきた旅行者が撮った日本の写真って、なんか違って見える!」のアメリカ版というところに起因している。
たとえばシスターズ兄弟の兄、ジョン・C・ライリーが、西に向かう途中の町で食堂に入る。その店は広場だか、往来の真ん中だかわからないようなところにあり、布張りの天井があるだけで、周りの人間も英語を話していない。ばあさんに何を話しかけても英語は全く通じず、「ボルシチ」しか返ってこない。アメリカ合衆国がまだ建設途中だった時代のコスモポリタンな雰囲気が、本作からいつもの西部劇っぽさを引き剥がす。
兄弟の標的として追われる化学者(リズ・アーメッド)は、ある町で西部行きの馬車を手配する。けれど「本当は馬車も信用できない」と食事相手に打ち明ける。文明が細長く西に向かって伸びていき、やがて切れ始める地点が旅の途中に出現する。『地獄の黙示録』でジャングルの河を、人外魔境へ向かって遡上して行くような妖しさが、観客にしのびよってくる。
提督に雇われている3人目の男(ジェイク・ギレンホール)は、兄弟に先行して標的を監視しつつ、その動向を手紙で兄弟に伝えてくる。彼はインテリ肌で、ソローを引用しながら日記を書いている。「私は3ヶ月前には存在しなかった町で、これを書いている。寝袋が、屋根付きになり、ホテルになり、そして2ヶ月後には、商店の前に野菜を値切る女たちが群がるようになる......」。アメリカがまさに鋳造されている瞬間の熱気は、すでに決まっているかのように見える彼らのミッションの未来すら、改変可能なのだという予感をもたらす。
ある時寄った雑貨屋で、ジョン・C・ライリーは当時、最新の風俗「歯ブラシ」と「歯磨き粉」というものに出会う。正しい方法をしらない彼のブラシの使い方はメチャクチャで、それでも彼は歯磨きを続ける。それは殺し一辺倒の生活をしてきた彼に生じる疑問や、今とは違う生活があり得るかもしれない未来、19世紀のアメリカ合衆国を覆う進歩や文明、啓蒙主義を象徴している。けれどなにより、開拓時代を「歯磨き習慣の黎明期」として感じられるのが面白い。
時代を感じさせる演出として、本作は発砲の演出も一風変わっていた。銃口からいつも火花が盛大に吹き出すのだ。まだ洗練されてない銃が、ガンマンという存在の洗練ではなく粗雑さをより際立たせる。
口下手でセンチメンタルな一面を持っているジョン・C・ライリーにくらべ、弟のホアキン・フェニクスは誰でも思いつきで殺してしまいそうな、歩く「さわるな危険」人物として描かれている。ホアキンが兄以外の誰かと会話を始めるたびに、たとえそれが店員であろうと不穏さが漂う。追われているリズ・アーメッドはいかにもひ弱そうながら「欲望が人々を駆り立てない、ユートピアの建設」という理念を持ち、ピューリタン的な底しれない胆力を秘めている。ジェイク・ギレンホールは芸術家肌で、今の仕事を腰掛けと思っている。この4人がいつ出会うのか。出会った結果、どんな化学反応が起こるのか。それがこの映画の導火線となって、その先の爆弾への期待感を高めていく。
そして出会った挙句の、ヒザカックンですよ!ハリウッド映画なら、そこでブチ上げでしょ~!!というところで、まさかのヒザカックン。西部劇的に、待ってました~!?な盛り上がり展開からも、ヒザカックン。この物語的なカタルシスをくり返し外してくる展開は、さすがフランス人監督ひねくれてますね!?ということなのかと思いきや、原作に忠実なんですね。そして本作のオチ、なんなの?!もはや、夢の中?このヒザカックン具合を通して原作者パトリック・デウィット、並びに監督ジャック・オーディアールは何を伝えたかったのか......。思うに、西部開拓時代ってめちゃくちゃだったよね。ビバ啓蒙主義!みたいな感じだと思う!これは決して、本作の提示する新しい開拓時代像のおもしろさと、エンディングのズッコケ感のギャップによって、思考力が奪われた結果として導き出された適当な考察とかではない!
しかしそうやって、物語的に割り切れずに、いきなり死んだり、ものごとがダメになったり、逆にうまくいったり。それこそ、人々みながめちゃくちゃで、元気一杯だった西部開拓という時代だった!!ということなんじゃないかな!?啓蒙主義万歳!本作を観て、君もジョン・C・ライリーが歯磨きを始めたみたいに、本作を観てなにか新しい習慣を始めちゃおう!俺もこの夏、ゴールデン・リバーならぬゴールデン・ボールを輝かせる、男のVIO 脱毛に挑戦するぜ!!!!
文=ターHELL穴トミヤ
決し手を組むべきではなかった4人の一攫千金ウェスタン・サスペンス
『ゴールデン・リバー』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
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映画『ゴールデン・リバー』公式サイト
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