WEB SNIPER Cinema Review!!
2013年 アイルランド・アカデミー賞 作品賞ノミネート
2014年 英国アカデミー賞 英国デビュー賞ノミネート(脚本)
THE UNDERTONES、RUDI、THE OUTCASTS、PROTEXなどのロック・バンドを世に送り出した北アイルランドのレコード店でありレコード・レーベル<グッド・ヴァイブレーションズ>の創設者・テリー・フーリーの実話に基づく物語。日本では劇場公開されていなかったが、2018年に自主上映企画<アイルランド映画が描く「真摯な痛み」>で上映されたのをきっかけに一般公開へ!2014年 英国アカデミー賞 英国デビュー賞ノミネート(脚本)
8月3日(土)より新宿シネマカリテにて上映 以降全国順次公開!
実話を基にした本作。主人公は親子二代で負けまくっているテリー・フーリー(リチャード・ドーマー)。親父は社会主義者の万年泡沫候補で、生涯で落選した数は12回。息子は音楽マニアのDJに育つが、時は1970年。北アイルランドでは、カトリックとプロテスタントの宗教対立が、政治的にも分離・独立派と英国統合派に分かれ、血で血を洗う内戦状態へと突入していた。当然、踊りに出かけるような人間などおらず、フロアにはいつも閑古鳥。レゲエ好きの主人公は「北アイルランドはジャマイカに似ている」と幼なじみに話しかける。「ジャマイカでも人々が分断され、無駄死にし、貧困に襲われている。でも彼らにはレゲエがある。一体俺たちに何がある!?」「最高のヤクがある......」とか言いながら、日々ラリって負け犬人生は続くのだった......(完)。
いや、(完)じゃない!テリーはめげなかった!!社会がどん底の状態だからこそ、チャンスがある。彼はレコード・ショップの開店を決意する!!!場所は、当時テロ発生率でヨーロッパ堂々の第1位を誇っていた、通称ボム・アレイ(爆弾通り)。てっぺんが禿げてないザビエルのような髪型をして、胸元にヒッピーバッチとマリファナバッチをつけたままのテリー・フーリーが繰り出す狂ったビジネス・プランに、それでも銀行は資金を(家の抵当権と引き換えに)融資してくれた。道には装甲車が止まり、周囲はバリケードだらけ。それでもこうしてテリーのレコードショップ「グッド・ヴァイヴレーションズ」は開店にこぎつけたのだ。やっと大好きな音楽に囲まれた生活が始まる、売るのはシャングリラズやレゲエのレコード。今日もデブった中年マニアがシャングリラズのレコードを買ってくれ、3ポンドの売り上げがあった!YES!!たしかにしょぼくれてはいるが、ベルファストはロンドンとは違う、田舎にすればよくやった方!!!そうして、テリー・フーリーは無名ながらも末長く幸せに暮らしましたとさ......(完)。
いや、(完)じゃない!そんな彼の前にある日、受精卵からまだ分化しきれていないようなクソガキがやってきて尋ねる、「ダムドないの?」。「店を間違えてんじゃねえのか!?」と返すテリー・フーリーに「レコード屋だと思ったのに」と返すクソガキ。「......取り寄せよう」と折れたところで、彼らは自分のバンドのポスターを残して行った。なんとなく気になったテリー・フーリーがそのギグに行ってみると......、ライブハウスがクソガキでパンパンになっているではないか!!中でも、警官に「ポリ公帰れ」ソングをたたきつけたバンドの演奏はすごかった。気づけば、飛び跳ねる周囲の少年たちに混ざってポゴダンスを始めているおっさん(ここで音にはエコーがかかり、画面はスローに......。人生における決定的瞬間が、スロー・モーションで演出されているとグっとくる)。これこそベルファスト生まれのハンク・ウィリアムズ・ファン、テリー・フーリーに70'sパンクの波が到達した瞬間だった。早速、彼らのレコードを仕入れようとした主人公は、「ベルファストのバンドなんて誰も聴かない」との理由で、彼らがまだレコードを出していないことを知る。そんなバカな!なんとか金を工面し、3000枚の7インチをプレスし、早速イギリスはロンドンに乗り込んだ!!!しかしやっぱりベルファストのバンドなんて誰も聴かないし、どのメジャーレーベルからも無視されてしまったのだった......(完)。
いや、(完)じゃない!そのあとも、家庭生活に危機が訪れたり、田舎の少年たちにヒかれまくったり、カッコつけたあげく破産の危機に直面したり、今やレーベルとなった「グッド・ヴァイヴレーションズ」の奮闘は続いていく。でもテリー・フーリーは3歩進んで3歩戻ってばかり。お前、金儲けること考えろよ馬鹿野郎!と思うんだけど、社会主義者でパンクスの彼は青臭い経営をやめない。最終的にはハッピーエンドなんだかどうなんだか分からないまま、エンドロールでさえ気が抜けないのだが、どれだけ儲かったのか?何百万枚売れたのか?何枚チャートインしたのか?数字で成功が計られる資本主義社会で、テリー・フーリーは間違いなく最後まで負け犬のままなのだ。
けれど、この映画には最高の瞬間がいくつかある。レコーディングスタジオのやる気ゼロのロン毛PA(リーアム・カニンガム)がバンドの録音を終え、マジ顔でセリフを言う瞬間。雲が割れ突然、光が差し込んでくるかのような、UK音楽界のラスボス、ジョン・ピールからの助け舟の瞬間。そして、ギグの景色。
地元では人々が殺し合いをし、ロンドンでは無視され、しかしそれでも、主人公は人生の岐路において、必ずキーパーソンに出会う。彼らは、人種、イデオロギー、年齢、性別、社会的地位、すべてがバラバラながら、しかし唯一ある点で共通していた。みなが音楽を愛していたのだ。その出会い、その反応の軌跡こそがテリー・フーリーの負けまくりブチ上がり人生の秘訣に他ならない!!!! やつは「Teenage Kicks」の歌詞さながらに、人生がスロー・モーションになった瞬間を手放さなかった。すると、資本主義社会でも社会主義社会でもない、音楽という世界の扉が開く。人生がときめくグッド・ヴァイヴレーションの魔法......、音楽こそがテリー・フーリーの勝ち取った真実なのである。
文=ターHELL穴トミヤ
その音楽は、1970年代の北アイルランド(ベルファスト)で、若者達と1人のレコード店主に生きる理由を与えた。
『グッド・ヴァイブレーションズ』
8月3日(土)より新宿シネマカリテにて上映 以降全国順次公開!
関連リンク
映画『グッド・ヴァイブレーションズ』公式サイト
関連記事
ハーバード大学の人類学者が佐川一政を撮影した本作は、途中退室もありあえるほどの嫌悪感ながら、人間というものの幅を見せつける 映画『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』公開中!!