WEB SNIPER Cinema Review!!
バンド・デシネが絶賛したジャパニーズカルチャーの原点!
我々日本人の多くが知らない、しかし世界から認められている偉大な漫画家がいる。その名は辰巳ヨシヒロ。本作は2009年手塚治虫文化賞大賞を受賞した辰巳ヨシヒロの自伝的エッセイマンガ『劇画漂流』を基に、彼の代表的な5つの劇画短編作品をおりまぜて綴った、今まで誰も観たことのない「動くマンガ映画」だ。全国順次公開中
この映画はいい!音楽もいい! とくに泣かすのが、兄との確執のエピソードだ。彼は辰巳ヨシヒロと同じく漫画を描いていたが、家が貧乏なせいで学校に通えなかった。さらに肋膜炎をわずらって入院するが、それも家計のせいで家での療養になってしまう。そんなある日、ヨシヒロ少年が家に帰ってくると母親が泣いている。「お兄ちゃんを堪忍したってな」、見ると投稿しようと思って描きためていた自分の原稿を、兄がビリビリに破いているではないか!泣きながら河原にかけこむヨシヒロ少年、「マンガかなんかやめてやるう!」なんというやり場のない怒り! 俺は泣いた!
辰巳ヨシヒロといえば、「なんかガロの人」「フランスで人気がある」というぼんやりした印象しかなかったのだが、「劇画」の発明者だったとは知らなかった。しかし本作に収められた彼の5つの短編を観れば、その人間描写の深さ、漂うノワール感に、まさにこれこそ劇画の感を強くする。藤子不二雄や赤塚不二夫などと同じ1930年代に生まれ、同じように手塚治虫に憧れ、投稿マンガから頭角を現わして、一時代を築いた。フランスでは手塚治虫と並んで評価が固まっているが、なぜか日本では忘れ去られている作家......。本作は、そんな彼が2008年に出版した辰巳ヨシヒロ版『まんが道』ともいえる自伝『劇画漂流』(上・下巻、青林工藝社/講談社刊)を映画化したアニメ作品。辰巳自身のナレーションですすむ『劇画漂流』の合間に、別所哲也を声優として起用した5編の短編が挿入されている。監督はシンガポール人のエリック・クー。マンガのコマをそのまま動かしたような本作のアニメーションは、よく出来た深夜番組のようでもあるが、悪くない。
最初の短編は『地獄』。原爆をただ批判するだけに終わらず、辰巳ヨシヒロのノワール具合が遺憾なく発揮されている作品だ。原爆投下直後の広島に陸軍報道局としておとずれた男が、そこで記録した「地獄」を元にメディアの寵児となっていく。ところがやがて告発する者が告発される者へと変わっていく、そのねじれに一筋縄ではいかない辰巳ヨシヒロの目線が感じられる。「人間はねじれている」、それは、辰巳自身の悲しみでもあり、怒りと一体化した創作意欲の元となって、本作を貫いているのだ。
2つめ『いとしのモンキー』は、キャバレーの女の子が出てきて、純情な主人公がたぶらかされる話。その女があとで出てくる短編『男一発』のたぶらかし女と、まったく同じデザインなのがおもしろい。エロい目におかっぱ頭、辰巳ヨシヒロの描く「たぶらかし女」というのはいつも同じ顔なのか。過去によっぽど何か、おかっぱ女にヤラれてしまった思い出でもあるのかと思いながら観ていた。
その『男一発』は戦友に会うため靖国神社へと通う、しょぼくれたサラリーマンの話。参道に置かれたいまや弾を発射することのない大砲が、性器としては意味をなさなくなった主人公のチンポを代弁する。ここに出てくるのは実用施設としての靖国で、第一世代靖国ユーザーの日常としても興味深い。
一番おもしろかったのは4つめの短編『はいってます』だ。子ども向けマンガの連載を打ち切られた主人公が、自分の本当に描きたいもの、子どものリクエストに振り回されない作品を作ろうと七転八倒する。そのうちに、公衆便所の壁のエロ落書きに出会って......、という話。この短編のあとに、辰巳ヨシヒロ自身の口から、この時期不遇だった自分の境遇が語られる。映画に使われている5つの短編は、どれもその不遇時代に描き溜められたものだという。高度成長期に取り残される主人公たちの物語は、鬱屈していて、みじめで、今の日本の気分にもぴったり合う。そしてそれが、フランスや、イタリア、スペイン、オーストラリア、世界中で再評価されていったというのがおもしろい。
最後の短編は戦後すぐ、パンパンを主人公とした『グッドバイ』。菊池章子の「星の流れに」が流れる中、金をたかりにくる帝国軍人の父親とのやりとりが描かれる。辰巳本人が兄貴にマンガを破られたときに泣いた、あのやるせない、誰をも責められない悲しさ。その悲しさが、この主人公にもぞんぶんに濃縮されている。本作を観ていると、『劇画漂流』で語られる辰巳自身の人生と、彼の作品の登場人物たちは、分ちがたく結びついていることがよく分かる。
PTAによって、悪書追放運動が行なわれるなか「それなら子どもが読まないマンガを、はっきりさせよう」として考えだされたのが「劇画」という名前だった。やがてそれは手塚治虫ですら嫉妬させたという、劇画ブームを呼び込むことになる。高度成長期のおちこぼれの気持ちが、世界へと通じる辰巳のノワールを生み、PTAの悪書追放運動が「劇画」というより自覚的なジャンルの誕生を招く。「劇画漂流」の流れを見ていると、辰巳ヨシヒロという才能を通して、文化、芸術の力がもつ、価値を転倒させる力がまざまざと感じられる。
そんな彼がなぜか日本でだけ忘れ去られているというなか、こんどは自身が「シンガポール映画」になり、これからどうなっていくのか。本作では、マンガ版では語られなかった現在の彼の姿も語られる。その、まだ終わっていない辰巳ヨシヒロがうれしい。
文=ターHELL穴トミヤ
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