WEB SNIPER Cinema Review!!
いつの頃からか我が家の食卓は、家の中を漂流する船のようでありました――
舞台は東京郊外の新興住宅地。失職の危機にある夫とは会話もなく、息子はアルバイト先と自室の往復を繰り返すばかり、マイホームを手に入れて幸せを掴んだと信じていた路子は、家族とのコミュニケーションのない孤独な日々の中で少しずつ追い詰められていく……。『症例X』でPFF審査員特別賞を受賞した吉田光希監督が描きだす、現代の核家族における危機の形。9月24日(土)、ユーロスペース他にて全国順次ロードショー!
いやあ、こんなに表情のない映画を観たのは初めてかもしれない。
ついこの間まで『マルモのおきて』を笑ったり泣いたりしながら毎週楽しみに観ていた私からすると、この家族映画は驚異である。いや「笑ったり泣いたり」どころじゃない。この物語の主人公である橋本一家には、喜怒哀楽がほとんど見られない。交わされるのは必要最低限の会話だけ。どこの家族にもあるちょっとした出来事なんてものは、ラスト近くまでまったく起きないのだ。
特に、言いたいことは全部飲み込み、一緒に食卓を囲むことのない夫と息子のために日々淡々と食事を作る妻・路子(南果歩)の生気のなさは天下一品。顔を見てるとこっちまでふさぎこみそうな、すでに人生を諦めてしまったかのようなどんよりっぷり!
いっそのこと浮気かギャンブルでもして、切った張ったの大喧嘩でも始めてくれないかという気になってくる。
めちゃめちゃ辛気臭い上に、たいしたストーリーもない。決して観ていて心地いい映画じゃないのだが、不思議と途中で席を立とうという気にはならなかった。それはきっと、橋本家の日常の辛気臭さに、なんとなく「わかる」と思ってしまう部分があるからだろう。
橋本家を構成しているのは、主婦・路子と食品会社に勤める夫・健一(田口トモロヲ)、そして日雇い派遣の肉体労働をしている息子の宏明の3人。郊外の新興住宅地にある一軒家に住んでいる。
家は狭いながらも一戸建てで妻は専業主婦。経済的には何の問題もないはずなのだが、なぜかこの家族、3人とも窓際感がものすごい。
健一は一応ちゃんとした会社に勤めているものの、PC化された仕事にいまいちついていけず親しい友人も趣味もない。必要もない残業をし、まっすぐ家に帰らないで喫茶店で夜中まで時間をつぶす毎日だ。一方息子の宏明はというと、就職に失敗し、時間の不規則な肉体労働。希望も楽しみもなくただ職場と家を行き来するだけ。
しかし、家以外に居場所のある男達はまだマシである。一番ひどいのは家庭以外に居場所がない窓際主婦の路子だ。いつからか、完璧に主婦業をしても家族は見向きもしなくなってしまった。せっかく作った食事も食べるのはいつも一人。がんばってもがんばらなくても、何も言われない。ストレス解消の場も愚痴をこぼす相手もない。これはかなりツライだろう。
タチが悪いのは、健一も宏明も決して不出来な夫や息子じゃないというところ。きちんと働いてるし、自分だけよそで楽しんでるわけでもない。ただ、向き合ってくれないだけだ。
路子も路子で、そんなにどんよりするんだったら宝塚か韓流スターのおっかけでもやればいいと思うのだが、ひたすら家で無表情に家事ばかりしている。どこまでも地味で真面目な女、地味で真面目な家族なのだ。
淡々と真面目に続いていく日常の中で、路子は少しずつ壊れていく。
冒頭では毎日何皿もオカズを作り、ランチョンマットの角度を一度単位で直すほどだったのが、徐々に家が散らかり、スーパーで大量の弁当やお菓子を買っては過食嘔吐をするようになる。主婦鬱のお決まりのパターンである。
このくだりの怖いのは、明らかにおかしな行動を取るようになっても、観ているこっちがなかなかそれに気付かないところだ。よーく見れば、お風呂に入ってないせいで髪の毛が脂っぽくなっていることや、挙動不審な態度に気がつくのだけれど、最初から表情がないからぼんやり観ているとあまり狂気がわからない。このへんの南果歩の抑えた演技は、非常にうまくて心底ゾッとさせられてしまう。
個人的に一番ウッときたのは、冷蔵庫の中の野菜を腐らせるシーンと、ご近所さんの付き合いで買ったウォーターサーバーの水にカビが生えるシーンだ。それまで日常だと思っていた場所に、いきなりバーンと真っ黒な非日常が現われる恐怖たるや……。抑えてきた何かが剥き出しになる一瞬だ。
『家族X』というタイトルは、たぶん“某家族”といったような意味なのだろう。
こういったズレ・崩壊は、どこの家族にも起こりうるということなのか。だとしたら怖すぎる!
これ以上言うとネタバレになってしまいそうなので、内容について書くのはこのへんでやめておくけれど、観終わった後にふと思い出したのは、この前『マルモのおきて』で阿部サダヲが子役の芦田愛菜ちゃんに言っていたこんなセリフだった。
「家族なんてそんな甘いもんじゃない。好きでも家族、嫌いでも家族」
明け方、家に向かって車を走らせる健一と路子、自転車をこぐ宏明。希望があるようにも見えるし、ないようにも見えるラストシーン。
一つだけ確かなのは、家族というのは、のっぴきならないものだということだ。
ちなみに、この映画を撮った吉田光希監督は若干29歳。第20回PFFスカラシップの権利を獲得し、この劇場デビュー作を撮り上げたんだとか。
本作が生まれるきっかけともなった『症例X』も、テーマは家族。老いた認知症の母親と、働きながら一人で彼女を介護する息子を描いた作品で、本作公開に続いてレイトショー公開されるらしい。これまた聞くからに凄そうで気になるところだ。
文=遠藤遊佐
もっとも近しい家族を、そして自分自身を見失ってしまった、
“家庭内行方不明者”。彼らがその果てに見るものとは……
FLV形式 6.40MB 2分23秒
『家族X』
9月24日(土)、ユーロスペース他にて全国順次ロードショー!
関連リンク
映画『家族X』公式サイト
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