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『蟹工船 1巻(新潮社)

漫画=原恵一郎
原作=小林多喜二


文=さやわか


新潮文庫累計150万部突破、戦前の過酷な労働者たちの姿を、遂にバンチが緊急漫画化!!
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小林多喜二の『蟹工船』がコミックになった。たしかに、原作の小説が売れているというのは話題になっている。コミック版のオビによると「160万部突破!」とのことである。その前に小さく小さく「累計」と書いてある。何から数えて「累計」なのだろうか。調べてみたら「104刷138万部」とのことで、どうやら新潮文庫での初版から数えた数字のようである。しかしそうだとしたら、別に広告に偽りがあるとは言わないが、この本が今年の上半期だけで40万部売ったという事実を安く見積もらせるものになっているのではないか。派手な数字を躍らせたのと引き替えにして、この本がたった今売れる要素を備えているということを見失わせる、あまり質がいいとは言えない広告である。

もっともここで、この本はロスジェネとか格差社会がどうしたというような現代の労働問題に照らし合わせて読む価値があるのだというような話をする気は全くない。どちらかというとこのように政治的なテーマを持たされた小説が急にヒット作となり消費材化しその流れでコミック化されるという事態のキッチュさが面白いと思う。ようするに労働問題なんてほとんど興味がなくたって楽しめるように今この物語は流通しているのであるから、ならば読者も物語の思想的な部分に一切こだわらず、ただ楽しんで読んでしまうということができるのである。本に対するそのような態度が悪趣味なものかどうか分からないが、まあそうだとしても初版からの累計部数をオビに書くセンスと大差ないのではないかと思う。

さて、読み始めてみるとこの物語は、前半部分が『ナニワ金融道』(講談社/1990年)あるいは『闇金ウシジマくん』(小学館/2004年)のような「職業・お金モノ漫画」として読むことができる。社会には悪質な労働の実態がある、しかしそこで人々は虐げられながら頑張っている、というわけである。これはこれで面白く読める。ところがこの物語は今どきの職業・お金モノ漫画ではあり得ない面白い展開を見せる。まず労働の現実が一通り語られてすぐに、ロシア人が出てきて「お前達はプロレタリアートだ、金持ちを打倒すべきだ」という直球の政治的メッセージを語るのだ。ほとんど宗教の勧誘パンフ並みの乱暴さであって、ほとんどあっけにとられる。しかしこの物語が巧みなのはここで、主人公達は「これが『赤化』だ―――これで――この手で露西亜が日本をマンマと騙すんだ!!」と言って、労働運動をいったん否定するのだ。そして、その後も続く劣悪な労働環境に耐えかねたあげく「俺ァこれが本当だと思う」と言ってストライキに立ち上がるのだ。つまりロシア人から言われるがまま与えられるがままの思想ではなく、あくまで労働者達の自発的な行為として運動は発露するのだという運びになっている。このプロットはなかなかうまい。

しかし、このような巧みな流れで持ち出される政治的メッセージが今ひとつ胸に応えないのもまた事実ではある。なぜだろうか。この物語は「力を合わせる」「何があろうと仲間を裏切らない」「俺たちは一つなんだ」という具合に、最終的にはやけに強固な団結が必要だということを主張してくる。読者は蟹工船における労働者の問題に共感したり、ひょっとしたら自分の労働の現実に置き換えて理解することができる。職業・お金モノ漫画というのはそういうものであり、また原作の小説もその一種として売れているのではないかと思われる。しかし、だからといってその問題への処方箋として提出される「団結」もまた現代の読者にマッチするかといったらそうではない。今の読者に、この物語が奨励するような強固すぎる団結を求めるのは重すぎる。そのような団結はむしろ自由の制限、画一化の強制と見なされてしまう。現在の我々の社会は個人とその自由を認めるように発達しているし、またあらゆる人間の考え方を調停した団結などありえないということがもはや明らかになっているのだ。我々はもはやユートピアを夢想してそのくびきを逃れることはできない。そのような考え方を強いているのは資本主義や自由主義などという現行体制だからそれを打倒すればいいと安易に考えられる人は今や幸せではある。

文=さやわか


『蟹工船 1巻(新潮社)

漫画=原恵一郎
原作=小林多喜二
ISBN:978-4-10-603062-8
価格:620円
発売日:2008年11月21日
発行:新潮社

出版社サイトにて詳細を確認する>>


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「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/

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08.12.07更新 | レビュー  >