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80年代から10年代までの性産業の実態に迫る!
風俗、出会い系、大人のオモチャ。日本には多様なセックスが溢れている――。80年代から10年代までの性産業の実態に迫り、現代日本の性と快楽の正体を解き明かそうとする1冊。
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本書は、「セックスメディア」に関するふんだんなデータと、著者自身の足による調査や聞き取り、そして恐らくは著者自身の経験から裏打ちされた、現場の熱気を非常に生々しく伝える書物である(※註1)。かような仕事としてどうしても想起せざるを得ない先駆けに宮台真司のブルセラ・テレクラ研究があったものの、男性の性欲という問題設定を正面から引き受け、伝言ダイヤルからアダルト動画配信サイトに至るこの30年の性的産業の変遷をメディア論的観点から捉えたこの仕事は、今後の性産業研究において必須であることはもちろん、社会的コミュニケーションの変化を捉える上でも極めて有益な一冊であると言えるだろう。

というのも、筆者は本書を読む中で、明確には語られていないある種のメッセージを受け取らずにはいられなかった。それは口に出してみれば陳腐ではあるのだが、言うなれば「セックスとはコミュニケーションなのだ」という強い確信である。ゆえにこそ、セックスメディアには社会の、というよりも社会を形成する人間のリアルが現われる。実際、本書を貫くコンセプトは、コミュニケーション・メディアのダイナミズム、具体的には、電話から――その間にはポケベルや携帯電話も挟みながら――インターネットへの移行過程における人間"性"の変容を描くことだと見受けられる。それは必ずしも内面の吐露として現われるものではない。むしろ、ここにおいて内面は、消費動向において見出されている。たとえばそれは、消費者の変動するニーズと、そのニーズを捉えようとする性的サービス事業者の反応においてはっきりと現われている。

この一貫した仕事は、もしかしたら荻上チキという人でなければできなかったのではないか――と、ふと思う。人によっては、なるほどよく調べられているし、ラブドールやTENGAといったオナニーグッズまで分析されていてかゆいところに手が届いており、おまけに末尾にはシステム論的な社会分析によって、全編を単なるルポルタージュに留めることなく、いっぺんの理論的研究としてまとめている――とはいえ、セックスメディアについて考えるのなら、誰でもこのような仕事の形に行き着くのではないか、などと考えるかもしれない。しかし、そうではないのではないか。

というのは、本書に限らず荻上が強く主張してきたのが、電話というメディアの重要性だからだ。それは前著にあたる『社会的な身体――振る舞い・運動・お笑い・ゲーム』(講談社現代新書、2009)や、論考『日本型情報思想の<起源> ――「電網空間」と「電話空間」の20年』(小説トリッパー、2009年夏号)などではっきりと示されている。電話の重要性はほぼ自明だが、それがあまりにも自明すぎるがゆえに、電網空間という(かつての)新しいリアルの台頭に際して無視されたことの致命性を彼は指摘する。そのことの是非は本書評の主題ではないが、少なくとも問題をコミュニケーションだと考える限り、電話の重要性はやはり明らかである。それは極めて直感的な水準で身体(聴覚)を拡張したのだから。

この拡張を前提に暴論をぶち上げると、セックスがコミュニケーションならば、コミュニケーションがセックスであるということが考えられないだろうか。これは普通に考えれば単なる論理的誤謬だし、ラディカルにそのようなことを主張するつもりはむろん筆者にもないのだが、しかし、コミュニケーションには確かにセックス的側面があるのだと考えると、なぜ電話がセックスメディアとして重要なのかを捉えやすくなる。荻上自身も強調するように、電話は単なる道具ではなく、それ自身が「コミュニケーションそのものの快楽」であり、「繋がりへの欲望」の表象だった。しかし「繋がり」とは何なのか。筆者の考えを言えば、少なくともその一つは、純度の高い=ノイズの少ない交換である。少なくとも電話回線が「繋がっている」状態は、私秘的かつ密室的な環境である。そこには定義上、二人の話者以外の誰もいないことになっている。この環境はあるタイプの欲望を充足させている、そしてそれがゆえに欠如を強烈に意識させるだろう。何の欠如? それは身体の欠如だ。電話では伝達されない要素が満ち溢れていること、電話のコードが、さながら一種の電気抵抗(電話抵抗?)として、情報を強力に制限していることが、ここにおいてはっきりする。従って、本書でも指摘されているように、当初はテレフォンセックス的要素も強かったテレクラがより近接的な肉薄を、というよりも体温的な接触を求めて出会い系と化すに至ったのは自然な事態である。

ところで、それは「セックスメディア」の記録なのだからしょうがないといえばしょうがない上に、ここまでの記述はそれを肯定するものでしかないのだが(※註2)、本書でかなり冷淡に扱われているのが「オナニーメディア」であることは指摘せねばならないだろう。もう少し厳密に言えば、コンサマトリーなセックスメディアである。いやいやまてまて、本書は「オカズ系」メディアとしてエロ本にも言及しているし、インターネット時代の無料アダルト動画はそういうものだし、なによりオナホールやラブドールなんていう極めて物質的な「オナニーメディア」を取り上げているではないか、とおっしゃる向きもあるだろう。しかし、無料動画以前のアダルトビデオに関する記述や、近年も議論喧しかったエロ漫画、また古典的なエロ本であるところの官能小説に関する記述は巧妙に避けられているのだ。本書では、このタイプの研究は老舗アダルト専門書店である芳賀書店や、「オレンジ通信」編集長への取材で代補されているように見えるが、それは「メディアのメディア」調査に他ならない。従って、少し前の言葉遣いで言えば、本書からはコンテンツ分析が抜け落ちている。残念と言えば残念なのだが、そのこと自体に著者が自覚的であることは巻末の参考文献を見れば窺うことができる。この辺は、永田守弘や永山薫の仕事で補完して頂きたいといったところだろう。

筆者がコンテンツ分析に少し触れたのは、当然ながらコンテンツを媒介にしたコミュニケーションがあるからである。漫画でもAVでも構わないが、作者の欲望のストレートな表現であるところの作品と、それがどのようなトレンドを形成したかの分析は本書のような探究に当然寄与することと思われる。まあ、このような指摘は筆者の作品論に対する欲望が現われているだけのところがあるのかもしれないが、しかし、それだけではない。たとえばMMORPGの中でも最大手だった「ラグナロクオンライン」というゲームがある。これは膨大な二次創作を生み出したことでも知られているが、と同時に、ゲームを介したオフ会やネットナンパ(※註3)などの出会い系的側面も非常に強く存在しており、実際エロスと密接な関係にあったことは間違いないだろう。

またMMORPGの次にやってきた「繋がり」トレンドであるところの「mixi」や「モバゲータウン」などのSNSの出会い系サイト的側面も、セックスメディアとしては見逃せないのではないだろうか。さらに近年では携帯で撮影した卑猥な動画を投稿しあう携帯サイトや、「2ちゃんねる」などを舞台に他人の求めに応じて露出写真を公開するような、アマチュア風俗とでも言うべきコミュニケーションすらも登場している。筆者の私見では、その最先端が、「ニコニコ生放送」に代表される生放送コミュニティにある気がしてならないのである。確かに、それらは「商品」でないゆえに本書の視点からは脱落してしまう。しかし「メディア」としてこれらが重要な位置を占めるのは間違いない。とりわけ商品化されていないがゆえに俎上に上がりにくい対象群だが、いずれセックスメディア史にこれらの記録も追加されることを期待したい。

文=村上裕一

※註1 「絶対に許さない」(29頁)など、かなり実感的な言葉遣いがある。とってもユーモラス。
※註2 実際「『あれがないこれがない』といった類の批判はご勘弁を」(8頁)と前置きされている。
※註3 女キャラを使っているとそれだけで女子であると勘違いされて声をかけられることがしばしばであり、これを逆手に取ったネカマの続出などという事態も起きていた。

『セックスメディア30年史欲望の革命児たち 』(ちくま新書)

著者=荻上チキ

価格:861円
ISBN-13:978-4480066060
発売:2011年05月11日
出版社:筑摩書房

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村上裕一 見習い批評家。「東浩紀のゼロアカ道場」優勝。例の本については2011年中に出版予定。
twitter/村上裕一
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11.06.12更新 | レビュー  > 
文=村上裕一 |