WEB SNIPER's book review
膨大な作品群から監督自らがセレクトした35本を詳細解説
3年連続入選を果たした「ぴあフィルムフェスティバル」時代、コアなAVファンを狂喜させたAV時代、『由美香』をはじめとする自転車三部作、そして『監督失格』まで――。平野勝之氏の軌跡を「映像作家」という視点から捉えた1冊。平野勝之と言えば、2011年に劇場公開されて話題を呼んだ『監督失格』、あるいはその前編とも言える1997年公開の『由美香』を真っ先に頭に浮かべる人も多いだろう。というか、そちらしか見ていない人のほうが多いのかもしれない。
しかし本書で触れられている大量の作品のほとんどがAVであり、筆者の認識もAV監督・平野勝之だ。
彼が1992年に撮った『水戸拷悶』は衝撃的だった。そのアナーキーな作風はAV業界にも衝撃を与え、当時はバクシーシ山下、カンパニー松尾、ゴールドマンといった監督と共にAVの新しい旗手として注目された。
以降も数々の異色作を発表。そのずば抜けた才能は高橋源一郎、庵野秀明といった他業界の鬼才からも注目された。
しかし、80年代の平野勝之はぴあフィルムフェスティバルで3年連続入選を果たすという自主映画界の風雲児であり、そして現在は『旅用自転車ランドナー読本』(山と渓谷社)などの著作も書く自転車ライターでもある。
そんな彼の軌跡をあえて「映像作家」という視点から、映画評論家である柳下毅一郎がとらえたのが本書なのだ。
メインとなるコンテンツは、高校生時代に8ミリカメラを手にして自主映画を撮り始める1982年から2011年の『監督失格』に至るまでの代表作について、柳下毅一郎が平野勝之に聞くロングインタビューだ。ネタバラシ的な要素も多分に含みつつ、どうしてあんな作品が生まれたのかが詳細に語られる。ここでは自主映画も、AVも、そして劇場公開された映画も、全て並列に扱われている。そしてそれらが全て密接につながっていることが、明かされていく。
ぴあフィルムフェスティバルで入選した『狂った触覚』(1984年)で自転車で走りながら夜景を撮るシーンは、『監督失格』のラストシーンにつながる。同じく二回目の入選作である『砂山銀座』(1985年)での、道路の真ん中で迫り来る自動車にカメラを向け続けるスリリングな映像は、その後の無謀なドキュメンタリー志向へとつながる。
ヒッチコックやペキンパーなどの映画を分析して意識的に手法を取り入れていることも、ここで語られている。前述の同期の監督たちが映画には距離をおいているのに比べると、やはり平野勝之は映画の人間なのだなと再認識させられる。
そして平野勝之の「作品」を作る強い信念は言葉の端々から伝わってくる。全ては「作品」のために。
平野自身による序文「図工以外全滅人生」では「実は『作家』という意識もない」と語られる。作りたくて作品を作っているのではなく、作ることしかできないから、作っているのだと。
「レベルの高いものさえ作っていれば、道は開けると、今でも信じている」
それが、平野の強さだ。いや、本来はそうした信念のない人間が創作をしてはいけないのかもしれない。
本書には平野勝之へのインタビュー以外にも、関係者による文章や座談会が収録されている。特に、林由美香や小室友里、そして元妻である平野ハニーなどの彼をめぐる女性たちの言葉は興味深い。
そして何よりも面白く感じられるのは、90年代のAV業界の異様なまでのおおらかさだ。「あ、カラミ入れるの忘れた」「(美人キャスターが台風の中でレポートするシーンは)5秒もあればいいから。そうしたらパッケージもウソじゃなくなる」といういい加減さ。だからこそ平野勝之のような才能を受け入れることが出来たのだ。
だからといって今のAVが間違っていると言う気はない。むしろ90年代のほうがおかしかったのだ。
しかし、平野勝之のようなスタイルの作品を代わりに受け入れる場が存在しないという状況だけは、なんとかならないものだろうか。
文=安田理央
『「監督失格」まで: 映画監督・平野勝之の軌跡』(ポット出版)
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