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叙情マンガ家・今日マチ子、待望の処女作

『センネン画報(太田出版)

著者=今日マチ子


文=さやわか


柔らかなタッチ、淡い色づかいに、ちょっぴりスパイスの効いたストーリーが魅力の「叙情マンガ家」今日マチ子、待望の処女作。
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「空気系」「アンビエント系」と言われるような漫画はここ数年でよく見られるようになった。あずまきよひこ『あずまんが大王』『よつばと!』や、ばらすぃー『苺ましまろ』、美水かがみ『らき☆すた』など、いわゆる「萌え系」の作品においてはよく目立ったヒット作を生み出してもいる。明確な物語がなく、さりげない日常の持つ美しさ、周囲の人間との他愛のない接触などを感傷的なタッチで描いた短い断片は読者に心地いい読後感を与える。

個人的にはこのような空気系の作品の盛況は、60〜70年代から続き、その後も漫画のメインストリームとしてあった「劇画ブーム」の流れをついに終わらせるに至った事態であるように思われる。どういうことだろうか。これまで漫画はある意味で直線的な歴史を辿っていた。基本的に漫画というのは物語を描くものとして進化し、そうでない作品は例外的なものとして、つまりばポピュラリティを持たない芸術性を問われるような形でしか世に出ることはなかった。逆に言えば空気系の作品とは、従来的な漫画の商業システムにおいては全く主流として存在できなかった。

実際、90年代の初めには漫画の持つ物語の想像力はもはや限界に達したと言われていた。例えば『ユリイカ』90年2月号において米沢嘉博がそのことを指摘している。豊穣な物語を自由闊達に描くメディアとして漫画は一つの臨界点に達し、故に漫画全体が以後緩やかに衰退していくだろうという意見が当時にはあり、それは肯定されえた考え方だったのだ。

「空気系」の盛況はある意味でそのような言説に対するカウンターとして考えていいだろう。つまり90年代当時における臨界点の指摘とは、メインストリームである劇画的な漫画の限界、直線的な漫画史の終焉を意味するものでしかなかった。だがしかし、それは漫画全体が臨界点に達したという90年代の言説が誤りであり、それ以後に「空気系」の作品群がストーリー系、劇画系の作品を凌駕して成長していくのだということを意味するのではない。たしかに直線的な歴史の終焉は、イコール歴史の終焉を意味するものではなかった。しかし我々に訪れた「歴史の後」とは、従来ではポピュラリティを獲得できなかったはずの「空気系」のような漫画作品もまた一定のヒットを出すことができ、従来的な物語を描く劇画系の漫画作品と両立していくという時代だったのだ。

「萌え系」の作品においてこのような傾向の作品が多く現れたとき、従来的な漫画読者はそれらの作品がつまりは「萌え」、キャラクター消費に耽溺する特殊な読者層のためのものであり、一般的なものとしては定着しないと考えていた。しかしその考え方では今や今日マチ子『センネン画報』のようなスタイリッシュな「空気系」作品が根強く支持され、ヒットしているという事実を説明することはできない。「少年ジャンプ」的な従来型の漫画市場と「萌え」系の市場、そして『センネン画報』や『きょうの猫村さん』のような市場は、いずれも同時に並び立っており、それぞれの読者に消費されている。そこで各々の作品同士は拮抗していない。

我々がメディアから「このマンガがすごい!」「このマンガを読め!」と言われるとき、それに選ばれた作品こそが今ポピュラリティを獲得しているのだという盲信が生まれてしまうことは仕方のないことだ。しかし逆に言えばそのような作品ガイド的なメディアが必要とされる状況とは、我々が直線的な歴史の終わった後にいて、何を読んでもいい状態に置かれているということに他ならないのである。「空気系」の作品を特権化して語る必要はない。しかし劇画系の作品を特権化することもできない。我々は今、そのような時代にいる。

文=さやわか


『センネン画報(太田出版)
sennnengahou_s.jpg

著者=今日マチ子
ISBN:978-4-77832-059-1
価格:1260円
発売日:2008年5月14日
発行:太田出版

出版社サイトにて詳細を確認する>>


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sayawaka_prof.jpg さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。

「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/

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08.11.02更新 | レビュー  >