web sniper's book review 私だって『青春』したい!! 神大寺サキ、高校では仮面かぶります! 『青春パンチ(上) (集英社)』 著者=小藤 まつ 文=さやわか
神大寺サキ、高校1年。目つきが悪くてヤンキー顔。悪い噂を流されたり、怖がられたり。でも高校では恋したり友達作ったり、『フツーの青春』したいなぁ。憧れの『青春』にまっすぐにサキは突き進みます! |
最近の少女漫画の傾向として、「主人公が学校コミュニティにおいて自分のポジションを変革する」というテーマを持ったものが多く見られるようになっている。
具体的には以下のような内容のものだ。過去においていじめられていたり、あるいは逆に粗暴だったりした主人公が、たいていは進級や引っ越しなどの契機を得て、それまでの自分のあり方をリセットし、「新しい自分」として学校内での生活を円滑に運ぶことに挑戦する。それが主なテーマとなってストーリーが進行する。
例えば椎名軽穂『君に届け』(集英社・2006年5月発行)や河原和音『高校デビュー』(集英社・2004年3月発行)はこのような作品例として典型的なヒット作だと言えるだろう。前者は陰気だった少女が健全な青春を謳歌するようになっていく話で、後者は部活一筋だった主人公がモテる女を目指すというものだ。これら二作品と同じ『マーガレット』『別冊マーガレット』系では、あいだ夏波『スイッチガール!!』(集英社・2007年1月発行)なども同系列に連なる作品だといえる。
また年齢層のより低い雑誌、例えば『ちゃお』にも、これまた上記のようなテーマ性を典型的に持つ作品『ぐっと極上!!めちゃモテ委員長』(小学館・2006年6月発行)などがあるし、『美少女戦士セーラームーン』(講談社・1992年7月発行)『カードキャプターさくら』(講談社・1996年11月発行)など非日常的な「変身もの」を長く掲載し続けている『なかよし』においてすら、PEACH-PIT『しゅごキャラ!』(講談社・2006年7月発行)では、タイトルからして象徴されるように自分の「キャラ」を変革して「なりたい自分になる」ということに作品の主眼が置かれている。
小藤まつ『青春パンチ』もまた、これらの作品に連なるものとして典型的であると言える。中学時代にヤンキー気質だった主人公が、高校入学を契機に「フツーの青春」を手に入れるべく、真面目そうなキャラとして学校内での自分のポジションを得ようとする。ちょっと意地悪な言い方をさせてもらえば、このようなテーマを扱った作品として突出している点はほとんどない筋書きと言えるほどだ。しかし、この作品は極めて典型的であるがゆえに、これらの作品群が何を目指そうとしているのかを分かりやすく浮き彫りにできている。
どういうことか。これらの作品群はつまり、『青春パンチ』がタイトルにおいてすら明確に示すような「青春」などのポジティブな現実を衒いなく認め、それを目指そうとするものなのだ。『青春パンチ』の冒頭には次のように書かれている。「あの時直感したんだ/あたしにだってできるんじゃないかって…/例えば/辺ではしゃぎ回ったり/自転車で2人乗りしたり/夕日に向かって叫んでみたり/星空の下で愛を語り合ったり…」
もちろん現実とはそんなステロタイプなものではない。むしろ、物語の中だからこそ、そのような青春が「現実」として存在しうるのだ、しかし、物語によって慣らされた我々は、物語に典型的であるような現実を本来的なものとして求めたがる。そして、物語のように生きるのならば、我々は「そのような物語の登場人物がそうであるように」自分の「キャラ」を付加し直せばいい、そうすることで、自分はあの物語のような「フツーの青春」を謳歌することができる。これらの物語が説き付けるのはそのようなことである。
実際、我々の現実はそのような「キャラ」の入れ替え可能性に満ちていて、自己実現の契機はいくらでも広がっていると言えるだろう。だからこれらの物語が言っていることは間違いではない。積極的に我々が日常生活でこのような物語が教唆する努力を試みれば、人生を幸福に生きることができるかもしれない。
しかし同時に言えるのは、これらもまた読者に望まれた物語に過ぎないのだ、ということだ。つまり「キャラ」の入れ替えによってコミュニティにおける新たな立場を獲得するという物語がこれだけ大量に生み出されているということは、そのように肯定的に現実を変えていく若者が多いということではなく、逆にそのような物語、そのような夢が切望されている、という事実に他ならないのではないだろうか。我々、とりわけ少女漫画の主な読者層である少女達は、所属するコミュニティでの関係性に縛られ、自分の「キャラ」を入れ替えてそこから抜け出したいという願望を抱きながらも、しかしそれを実現できずにコミュニケーションの呪縛に捕らわれて生きているのではないか。そしてその願望を「夢」として漫画に託すことしかできずにいるのではないか。「キャラ」の入れ替えによって安易に自己実現が成るという幸せな物語の氾濫を見れば見るほど、そのような息苦しい現実が背景としてあるように感じられてならない。
文=さやわか
『青春パンチ(上) (集英社)』
著者:小藤 まつ
ISBNコード:978-4-08-846348-3
判型/総ページ数:新書判/184ページ
定価:420円(税込)
発売年月日:2008年10月24日
出版社:集英社
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さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
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