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特別寄稿・「S&Mスナイパー」休刊に寄せて

「S&Mスナイパー」の射程と
雑誌内雑誌「あぶらいふ」の行方

文=「あぶらいふ」責任編集者・フリーライター
井上文

1979年創刊の月刊誌「S&Mスナイパー」。休刊にあたり、「あぶらいふ」責任編集者・井上文さんに、スナイパーの遺した課題、今後について文章を寄せていただきました。
S&Mスナイパー2006年1月号
「あぶらいふ」扉絵『歩行燭台』
イラスト=室井亜砂二

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こんにちは、「S&Mスナイパー」で雑誌内雑誌「あぶらいふ」の編集をしている井上文です。「WEBスナイパー」では初めてお目にかかる方がほとんどだと思いますが、この文章は「S&Mスナイパー」の読者諸兄だけでなく、多少なりともアブノーマルな嗜好に引っ掛かりを持つ方全員に向けて書きたいと思います。ちなみに私はワイレア出版の社員ではありません(過去に在籍していました)。フリーランスの立場でこの雑誌に関わっています。会社の中の人ではありませんが、「S&Mスナイパー」の歴史のおよそ半分(15年くらい)に作り手の一人として参加してきました。今もすばらしい著者たちのお世話になっている経緯を踏まえて書かせてもらいます。

すでに告知されていた通り、「S&Mスナイパー」は2008年11月28日発売の号までで休刊となることが決まりました。目下制作中の最終号(廃刊ではありませんがアピールする意味でこう書きます)では、これまでの約30年の歴史を総括する特集が組まれる予定です。豪華執筆陣による時代考察から懐かしい企画や女優の振り返りまで、見逃せない感謝祭的誌面で大きな花火を打ち上げられる手はずだとか。『少年ジャンプ』ではありませんが、往時にハマッていた連載や名物プレイヤーをもう一度見てみたいという、熱い思い入れを持って下さっている方もいるのではないでしょうか。興味はありつつも未読の方や、最近になってアブノーマルな嗜好に目覚めてきたという方も、前世紀から続く性的異端者オンリーの宴はきっといい刺激になると思います。この機会にぜひ、楽しんで下さい。

ところで、紙媒体としての「S&Mスナイパー」は一旦お休みとなりますが、この「WEBスナイパー」は続きます。そこで「S&Mスナイパー」の雑誌内雑誌「あぶらいふ」は、「S&Mスナイパー」の持っていたマニア誌としての射程を意識した上で、「WEBスナイパー」での新展開を計画しています。まだいつからとは明記できませんが、ここで「S&Mスナイパー」という雑誌の性質を改めてなぞる形で、「あぶらいふ」の説明と方向性を示しておきたいと思います。それは来たる休刊とどう相対するか、ひいては「S&Mスナイパー」をどう見るかというスタディの一つのモデルを示すことにもなると思います。

まず端的に書いておきますと、「あぶらいふ」は現・渡邊編集長の発案で5年前に生まれた、読者参加型のアブノーマル専門メディアです。立ちあげの際にベンチマークとしたのは、戦後に一時期を築いて以後のマニア誌に大きな影響を与えた、元祖変態総合誌「奇譚クラブ」でした。ただしこれは、昔のSM雑誌はよかった的なノスタルジーによる判断ではありません。

「S&Mスナイパー」は、創刊時から意図的にSMの「新しい」魅力を模索してきた雑誌です。人の嗜好は千差万別、「SMとはかくかくしかじかである」という一つの考え方に覇権をゆだねず、かつ団鬼六的な(創刊当時、勢いのあった)ファンタジーからも距離を取り、人の性の混沌としたありようを多方面から見直そうとしてきた雑誌です。「S&Mスナイパー」に向けられる批判に「あんなもの(あそこで掲載されているもの)はSMじゃない」というのがありますが、それはナンセンスで、そもそもあらゆる独占的な思考(色)を手放したところにこの雑誌の特色があったのです。

だからこそ、「S&Mスナイパー」の歴史の中には、正しい(?)SMなど知らない、若くて舌ったらずでも自分なりの表現をした女の子たちがたくさん登場します(極めて独創的なキャラクターを持った男性たちも! 次回、往年の記事を振り返る記事をここで書きます。「S&Mスナイパー」本誌の特集の予備としてお楽しみ下さい)。その表現には時代ごとの文化や流行が映し出され、しばしばSMに求められる「情緒」のような「型」とはまったく別の「今」があり、その人自身がありました。「S&Mスナイパー」は「型」も否定しませんでしたが、私ははっきりと、この雑誌の風通しのよいスタンスがなければ表現され得なかった貴重な事象が(同時代のどのSM雑誌よりも抜きん出て固有に)あったと思っています。

そういう意味では、よくも悪くも時代の影響を受けやすい雑誌です。ちっとも無難な作り方ではありません。かつてはよく(今もかな?)「SMマニアは世の中に一定数いるのだから、そのマニアが喜ぶ内容にすればSM雑誌が潰れることはない」と言われましたが、「S&Mスナイパー」は船出の時点からそうはしないことに(むしろ独占的思考を手放すことに)価値を見出しているのですから。2000年代に入り、web上に千紫万紅のマニアサイトが割拠するようになった今は、もともと混沌とした状況を内包することで批評性を獲得してきた「S&Mスナイパー」の方法に大きな変化が求められる時でした。これがピンポイントな嗜好を繰り返し扱うタイプのマニア誌であれば、ひたすらにクオリティを上げる(テーマに沿って純度を上げる)ことで存在意義を保つ道もあるのかもしれません。しかし「S&Mスナイパー」の場合には、スタイルそのものが効力を問われる時代になったのだと思います。

これはwebのせいで雑誌が売れなくなったという話ではありません。多くの人がインターネットに接続し、自らサイトを立ち上げて写真や文章を発表し、コミュニティを作ったり、その中で濃厚なやり取りをすることが雑誌を含む大きな力を借りなくてもできるようになった今、その状況にメディアとして有効に関わるにはどんな方法が考えられるかという話です。そんな折、雑誌内雑誌「あぶらいふ」が「S&Mスナイパー」の中で担うことになった役割は、webに限らずあちこちに形成されている小さなコミュニティの一つとして機能しつつ、世界に点在する個人や他のコミュニティとリンクしていくことでした。そのアプローチにおいては、雑誌にステージとしての象徴性はありません。ですから「あぶらいふ」は、提示したいものを内部以上に外の世界に置き、己を介して何と何を繋ぐかという態度を編集方針として持ちました。それは能動性のある駅のような存在と言えるかも知れません。「あぶらいふ」が読者(あるいは読者予備軍)の立ち寄るキーステーションになることを目指すことで、現在の状況そのものに象徴性を持たせるページを「S&Mスナイパー」の中に作ったのです。

駅はそれ単体では意味を持ちません。つまり象徴としての形を手放し、世界に溶けてしまう態度をとれば、今はむしろ覇権や独占が意味を持たない、流動的な創造性のうごめきを多く提示できる時代だという判断です。この模索は「S&Mスナイパー」の性質上、必然性のあるものでした。また、マニア誌において性癖は一般的なエロの文脈に回収されてはならないものです(正確を期すれば自然と一般性はなくなります。それを地味と言う奴はクソを食べて下さい)。その意味でも、商業誌の文脈とは無関係に掘り下げられた個人的な言説にアンテナを張り、価値を見出し、場をゆだねることは、マニア誌編集者の創造的仕事として今も昔もなく前向きです。これが雑誌としては『奇譚クラブ』と近いモデルになるわけですが、今は今なりのアプローチの可能性があることはお察しの通りです。

「S&Mスナイパー」の射程の中にweb(を包括する今の状況)があり、「WEBスナイパー」もまた世界に開かれた場としてあります。「あぶらいふ」はその中で、新たな可能性に期待しながら模索を続けたいと思っています。「S&Mスナイパー」の総頁が徐々に縮小を余儀なくされ(1年前に「あぶらいふ」のページも半減し、多量の読者投稿を掲載することが困難になってしまいました)、ついに休刊が言い渡されたことは残念ではありますが、世界に溶けたその一部は無限の網に接続して改めて読者に向き直り、残された課題を継承できるのではないかと思うのです。言うまでもなく、想定されたキーステーションとしての機能は、雑誌よりもはるかにwebで効力を発揮するものですから。

私たちはエロティシズムのうごめきに畏怖を覚え、探さなければならない言葉を常に持ち、迷いの中で日々を更新しています。こんなに楽しいことがあるでしょうか。「あぶらいふ」を立ち上げた時、連載をお願いした方々には「原始の海の生命のスープのような誌面を作りたい」と手紙を書きました。その実現は、誌面という形では続けられなくなりましたが、原始の海そのものは目の前に広がっていて、私たちはずっと以前からすでにその中にいます。「あぶらいふ」は広大な海の全体像をイメージしながら、改めて駅そのものの構築も目指していくつもりです。活動を再開した暁には引き続き多くの方のコミット(執筆、意見、感想、etc.)を求めます。「S&Mスナイパー」の休刊決定をこえて、やれることは、他の道も含めてまだまだあると思っています。

文=井上文


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井上文 1971年生まれ。SM雑誌編集部に勤務後、フリー編集・ライターに。猥褻物を専門に、書籍・雑誌の裏方を務める。発明団体『BENRI編集室』顧問。

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08.11.22更新 | 特集記事  >  休刊に寄せて