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“本”と私たちの新しい関係を巡って
同人誌にとらわれない自主制作文化の可能性へ向かってオンラインショップ「Lilmag」野中モモインタビュー
「どう見てもamazonで販売されるわけのない、独立出版専門店に卸すのすら面倒くさい冊子が何故か紹介されて、望めば買うこともできる場がネットにあったら楽しいのではないか」。ZINE、ミニコミ、アーティストブック、世界の同人誌、アートとサウンド、クラフトとD.I.Y等々、多種多様なインディペンデント・パブリッシングを扱うオンラインショップ「Lilmag」。いわゆる“同人誌”市場が肥大化するなかで、店主である野中モモさんが考える、小さな本たちと私たちの新しい出会い方とは?
――出版の危機、電子出版、ミニコミ2.0など方々で出版に対するアレコレが騒がれる中、実店舗のないネットショップという形でミニコミを販売する「Lilmag」という場所を開いたきっかけは何だったのでしょう。
野中:きっかけは、身近にミニコミやZINEを作っている人が増えてきたことですね。たとえばWEBスナイパーに連載しているばるぼらさん(※注1)ですとか。彼らの作品を置ける場所をほしいな、と。友達のものを置いていこうと思って。2007年に始めて、今年で3周年を迎えました。
――おめでとうございます。
野中:ありがとうございます。
――「bewitched!(※注2)」から15年ですね。
野中:20歳で創刊したから、16年かな。
――2008年からリルマグ漫画文庫として「少女と少年と大人のための漫画読本」を発行されていますが、ミニコミの活動を再開するよりも先にお店を始められたんですね。
野中:いずれ自分でも作りたいけどなかなかできないので、引込みがつかないところに自分を追い込もうかな、と。最初は『リルマグ』という雑誌を作ろうと思っていたんですよ。1999年から2005年までイギリスに住んでいたんですが、その頃からずっと。
――90年代後半はずっとウェブで活動されてましたよね。
野中:まわりを見てもミニコミから個人サイトに人が流れてきたのが、97、8年頃かな。新しいチャンネルができて、いろいろな出会いがあってすごく楽しかったわけですが、それがいまや普通になって。ネットがあって当然のものになったので、そこで何かしてもよっぽどのことじゃないと目立ちませんよね。ちゃんと読んでもらうためには、それなりのものを用意しなければならないという状況が訪れた。 その環境を前提としたところから作る紙で何かしら画期的なメディア体験ができるのではないかと思って、いま紙に注目しています。
――自主出版に対する、物や紙としてのこだわりはあるんでしょうか。
野中:ものとしての手触りにこだわりがないわけではないけれども、本当に大事にしたいのはギリギリまで削ぎ落とされた形態であるという部分です。ミニコミ、ZINEは色々な人の手を経ていないから、商品として流通させるのに最低限必要な体裁を整える必要がない。商業出版物は商品だから広告的な事情で載っているノイズが多い。それに対して、これを伝えたいという制作者の意志を荒削りでも直接に伝えたものに可能性を感じるんですよね。
――そこで現在では当たり前のものになったWebを使って、あえて紙を。
野中:Webを使って、ネットショップで買い物をして、ネットバンキングで決済して、郵便で小冊子が届く。現代の技術が確立したとても便利なサービスを使って、とてもアナログなものを手に入れる。そんな謎の体験をお届けしたいですね。
■「Lilmag」が惹かれるひとびと
――「Lilmag」は、委託されたものを全て置くのではなく野中さんによるセレクトショップだと思うのですが、どのようなものを選んでおいているんでしょう。
野中:「Lilmag」は小さい、個人的な繋がりだけで把握できるような規模でやっていきたいという気持ちがあるので、うちの店に並んでいるものをよいと思って、そこに自分の作品も並べたいと思ってくれる人を紹介していきたいと思っています。なので、単に売れれば何でもいいというのでは困りますね。
――サイトには委託の問い合わせについて特に案内されていませんよね。
野中:こうすればいい、という手続きが書かれていなくてもメールを出してくれるような人を求めてます(笑)。納品書の書き方などが懇切丁寧に説明されていなくても、自分から能動的に問い合わせてくれるような人。問い合わせがあったらまず聞くんですよ。「支払いは、うちに置いてある本とトレードでもいいですか?」って(笑)。実際はお金でお支払いしてるけど心構えとして。
――ミニコミを作れば無限にミニコミが手に入る! 無限ミニコミ!!
野中:とりあえず問い合わせのメールがきたらうちで買い物をしたことがあるか調べるんですよ(笑)。 やっぱり自分の本を置く店は、自分が行きたくなるような店じゃないと。自分が欲しいと思うような本のない店には置きたくないじゃないですか。注文してみてどんな状態で届くのか、どんな形で相手に届くのか、とか、気になるものだと思うんだけど……。そのくらい自分の作品とその発表のしかたに対して、熱意のある人と仲良くしたいですね。
――置かれている本のセレクトは悩みますか。
野中:はい(笑)。本の内容だけでなくて、たとえば持ち込まれた本が私の好みではなかったり、内容と値段のバランスからうちの店で売るのは厳しいなあと思っても、可能性を感じる人とか。ここで断わって、がっかりしてやめてしまったらどうしよう、とかすごく悩んで……それで何カ月も連絡しなかったりするんですけれども……ごめんなさい。
――編集者的な、新人発掘みたいな気持ちもあるんでしょうか。
野中:いまの時点ですでにあるネームバリューとは関係なしに、それ1冊で伝わる面白さを見極めようと心がけているという意味では、そうですね。おこがましくはあるんですが、ジョン・ピール(注3)はこういう気持ちだったのかな、とか思ったりします(笑)。まあ、ジョン・ピールがかけたら全国ネットで放送されるけど、うちの店で売れる数なんて本当に少ないので、はたしてそれを「発掘」とまで言えるのかどうか……。 有力者とコネを作ってもっと大きなステージで活躍するための手段としての自主制作というのも、あっていいし大事な要素だとは思いますけど、そういう人はたぶん他の店に行ったほうがいいです (笑)。「上にいきたい」より「横のつながりを育てたい」寄りで、すごく個人的な趣味や理念でもって動く人に興味があります。
■消費と創作のスキマ、その魅力と解放
――野中さん自身も今またミニコミを作っていますが、その熱意はどこから来るんでしょう。
野中:ミニコミを作るのが当たり前みたいな空気ってありませんか? 人は放っておくと作っちゃうものだと思ってたんだけど……違うのかな。もっと楽しいことしてるの?(笑)。
――放っておくとアニメとかニコニコ動画とか見てるんじゃないでしょうか……。
野中:映画が好きとか小説が好きとか、何かへの感動がまずあって、そこで次から次へと消費へ向かう人と、自分も人の心を動かすぞ!って思って創作へ向かう人がいる。そのどちらでもないファン活動というスキマに落ちてしまう人たちっているじゃないですか。その消費でも創作でもない、同時にどちらでもあるファン文化とかコミュニティが好きなんですよ。批評的創作とか創作的批評とか。他人に読んで欲しいという意識のある上で、借り物ではない自分のスタイルが追求されたものを見たい。……って、すごく漠然としてますけれども。
――同じ自主制作でも創作活動、たとえば、アーティストブック(※注4)には惹かれない?
野中:「Lilmag」ではオリジナルの画集や創作漫画同人誌も厳選して取り扱ってます。小説や詩はなかなか読んで評価する時間がなくて……。アーティストブックはアーティストブックで存在意義はあると思うんです。今や出版社は若手のアーティストの作品集なんてなかなか出してくれないわけですから、自主制作でどんどん作るべき。ギャラリーがプロデュースしてあげて出すというのも、あっていいと思うんですけれども、でもそれはZINEとは別物だと思ってます。私は限定部数ですごく高価なアーティストブックより、勝手にコピーしてばらまいて、みたいなやり方のほうにロマンを感じてしまう。
――商業印刷物でもなく一点物でもない。少規模印刷に感じる魅力ってなんなんでしょう。
野中:一番削ぎ落とされた形で、なおかつ広がりのあるところが好きですね。出版社やギャラリーにコネのない人でも出せるし、交換できる。そこにZINEの可能性を感じます。もちろん商業印刷物のように色んな人の力でブラッシュアップされたものも好きなんですけれども。どちらが上というのではなくて……。
日本って、同人誌の文化がすごく成熟してますよね。「Lilmag」では0円のペーパーもカートに載せているんですよ。本を買うついでに持っていってね、って。でもそういうのって、漫画同人誌の人たちは自然にやってきたことですよね。通販にしてもイベントにしても、感想のやりとりにしても、凄く濃密なコミュニケーションが日々行なわれている。そういう自主制作の手続きや営みが、実際上でもイメージ上でも二次創作や漫画だけに限定されてしまうのはもったいないと思っていて。ミニコミ、同人誌というような区別をいったん解除して「ZINE」という外国の概念を参照することで、大きな自主制作文化として捉え直すことはできないか、と思っています。
■「Lilmag」という場所、その在り方
――「Lilmag」という場を作ることで、目標みたいなものはあったんでしょうか。
野中:黙っててもおもしろい本が送られてくる立場になりたかったんですよ。いや黙ってたらダメなんですけど(笑)。情報は発信しないと集まってきませんよ、なんてビジネスっぽいことを言ってみたりして。なにか、「こういうのが好き」ってのをアピールしておけばそれに近いものが集まってくるし、近づくこともできる。blogだと更新を止めてしまうので、金銭取引が発生するという責任の在る立場へ自分を追い込めば続けられるだろう、と期待して……。そうしたら、続いた。blogは続けられないけれども、お店は続けられました(笑)。
――なるほど、自戒でもあるんですね。
野中:ちょっとこれいいな、って興味をひかれても読まないで終わってしまうものって多いと思うんですけど、店をやっていればソレを言い訳に買ってみたり取り寄せてみたり……。ビジネス的な、これでお金を儲けようって考えはありませんね。儲かるわけないじゃないですか!(笑) 今はもう、注文してくれる人がいるのが奇跡だと思いますよ。温かく迎えられすぎだなって。「Lilmag」って本当に、びっくりするくらい見ている人は少ないですよ。でも、アクセス数に対して購入してくれる人の割合はすごいんです。
――今年からTwitterで入荷情報をアップしていますが、効果はありましたか。
野中:かなりありますね。新入荷情報をTwitterにアップするようになってお客さんが増えました。同時にこういう特殊なお店だってことをわかってなさそうなお問い合わせも増えました。
――「Lilmag」はネットショップですが、渋谷の「なぎ食堂(※注5)」にも棚を作っていますね。
野中:なぎ食堂は、ショーケースと言うか、なぎ食堂らしいものということで選んでいますね。もともと『map』という音楽雑誌兼レーベルからはじまった店で音楽の好きな人が集まる場だと思うので、場所にあった本を選んでいます。なぎ食堂があるおかげですごく助かってます。実物があるということの説得力はすごいですよ。妄想のお店じゃないよ、実在するんだよ!みたいな(笑)。
――ZINEを求める人、見せたい人たちにとっての「場」になりたいという思いはありますか。
野中:そうですね。大きなことを言えばみんながそれぞれ交換するような、「Lilmag」のいらない状態が理想だとも思います。それだと存在意義がなくなっちゃうんですけど。いまだにメインストリームのメディアは人にお金を落とさせようとする話ばかりに埋められてますよね。男性に都合の悪い女性の発言が載る場は15年たっても少ない。力を持たないこと、グラマラスでないことは、取り上げられる場がない。であるなら、自主制作でやる必然性はなくならない。
――メインストリームに対するカウンターという意識があるんでしょうか。
野中:うーん……ばるぼらさんのナイロン100%の本(※注6)で岸野雄一さんが「敷居の低さが敷居の高さになっている」とおっしゃっていて、これだ!と思ったんですけども(笑)。私は東京生まれ東京育ちなんですけども、東京の人ってぼんやりしていて何かを成さなければならないという気持ちが、良くも悪くも薄いですよね。派閥争いを避け、声高に抵抗をとなえるのでもなく、かといってフレンドリーすぎず、お高くとまりもせず、みたいな形にしたいんです。自然に正直にしていたらメインストリームとはズレてしまった。ただ生きているだけで、どこにも収まれない。人間とはそういうものではないだろうか、なんて思ってます。
――今後の展望は。
野中:わかりやすくオシャレなものしか置いてない店にはなりたくないな、と。そこに次のオシャレはないじゃないですか。でも、いい趣味に安住している人もどうかと思うけど、趣味なんていいほうがいいに決まってる、という思いもあり(笑)。微妙なラインを狙っているつもりなのですが、それが成功しているかどうかはわかりません。趣味の店だけど、好きなものばかりあるわけではない。自主制作だから何やるかわからないドキドキをお届けしたいですよね。そんな感じで、日々悩みながら楽しくやっていきたいです。
インタビュー・文=四日市
【註釈】
※註1 WEBスナイパーに連載しているばるぼらさん=WEBスナイパーにて青山正明の全貌を解き明かす記事を連載している日本のネットワーカー。密やかに、そしてさりげなくミニコミをばら蒔いており、「Lilmag」では2006年に発行された『BET vol.0創刊準備号』も取り扱われている。2010年3月現在、絶賛品切れ中だが著者に熱烈なアピールをすれば増刷してくれるかもしれない。
※註2 『bewitched!』=野中モモ氏が1993年に創刊した、音楽や様々な表現、文化を取り扱ったミニコミ。1996年よりWebを媒体としたe-zineとして刊行された。日本のネットワーカーばるぼらの「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」に詳しく載っている。
※註3 ジョン・ピール= ラジオの偉い人。有名無名ジャンルを問わず、自分がいいと思ったアーティストを番組で紹介し続けた伝説のラジオDJ。
※註4 アーティストブック=厳密な定義はないが、本の形で発表される芸術作品のこと。ここでは特に手作りに近い工程で作成された極めて少数のみ配布されるものを指す。
※註5 なぎ食堂=渋谷にある、おいしいベジタリアン料理(動物性食品不使用)を食べさせてくれるカフェ、定食屋。音楽レーベル「COMPARE NOTES」の運営などを行なっているmapによる経営。当然mapの音源や本を買うこともできる。からあげオススメ。
※註6 『NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』=かつて渋谷に存在したニューウェーブ喫茶「NYLON100%」の全貌に迫ったりしてる本。無数の関係者インタビューと資料によって構成される異常の書籍。これもネットワーカー兼周縁文化研究家ばるぼらによるもの。
「Lilmag Store」
「Lilmag store at なぎ食堂」
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