What is being questioned on?
より規制対象が広くなった東京都青少年保護育成条例改正案
18歳未満に見えるアニメやマンガのキャラを「非実在青少年」として表現規制の対象とした、東京都の青少年保護育成条例改正案。この二度にわたり否決された改正案の3度目の提出がなされます。ですが新たな改正案の内容は、大きな波紋を呼んだ「非実在青少年」以上に表現の自由をおびやかす内容となっているのです。一見してわかりづらい青少年保護育成条例改正案、その問題点を永山薫さんにレポートしていただきます。今回の改正案の問題点として、まず規制対象とされる図書の範囲が大幅に拡がっていることを挙げるべきだろう。たとえば「図書類等の販売等及び興行の自主規制」を定めた第七条第二号を読んでみよう。
漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの
つまり、前回の改正案で問題になった「非実在青少年=18歳未満のキャラクター」による性行為表現という限定がなくなった代わりに、大人同士の「刑罰法規に触れる」性行為の表現も「不当に賛美し又は誇張」していると都が判断すれば規制対象になると解釈できる。その判断の基準は不明瞭であり、主観的な、あるいは恣意的な運用がなされない保証はどこにもない。しかも、現状で対象になりそうな「ハードな作品」はすでに自主規制(成年コミック・マーク、区分陳列)されている。にもかかわらず、わざわざ条文化する意図はどこにあるのだろうか? 性器描写のない露出度が低い作品でも「強姦などの違法な性行為を賛美または誇張している」場合には不健全指定の対象になるというとだろうか? さらに、近親相姦の描写を規制の対象として明文化していることも問題だろう。都は、家族間の性的児童虐待を「賛美・誇張」することを規制したいのだろうが、条文にはそうした限定がなく、成人同士でも近親姦描写は規制対象になってしまう。近親婚は法律で禁止されているとはいえ、近親間の性行為自体は道徳的なタブーであって、法的に禁止されているわけではない。「違法な性行為」としての家族間の性行為と「道徳上のタブー」である近親間の性行為を並置することに大きな違和感を覚える。道徳倫理を条例に持ち込むことの是非は問われるべきだろう。さらに「不健全な図書類等の指定」についての第八条第二号は以下のように書かれている。
販売され、若しくは頒布され、又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等で、その内容が、第七条第二号に該当するもののうち、強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの
社会規範には、法的、道徳的、宗教的、慣習的な規範が含まれる。ここでは一応「強姦」レベルの性行為という条件をつけたつもりかもしれないが「著しく」の範囲を誰が線引きするのかという疑問が残る。法的規範はまだしも、道徳的、宗教的規範は人によって幅が違うし、慣習的規範はその人が置かれた環境によって大きく違ってくる。近親間性行為どころか、同性愛、婚外性行為を不健全だと判断する人もいる。条文に「社会規範」という、曖昧で、判断の幅が大きい基準を持ってくること自体問題だし、しかも規制の対象にしようとしているのは「非実在青少年」ではなく、全年齢のキャラクターである。
「非実在青少年」が完全に消えたのならば、これまでの都の説明、猪瀬副知事の「エロ規制はあったがロリ規制はなかった」発言は意味を失うわけだが、実は文言を変えてちゃんと残っている。それが「青少年を性欲の対象として扱う図書類に係わる保護者等の責務」を定めた第十八条六の三だ。
保護者等は、児童ポルノ及び青少年のうち十三歳未満の者であつて衣服の全部若しくは一部を着けない状態又は水着若しくは下着のみを着けた状態(これらと同等とみなされる状態を含む。)にあるものの扇情的な姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性欲の対象として描写した図書類(児童ポルノに該当するものを除く。)又は映画等において青少年が性欲の対象として扱われることが青少年の心身に有害な影響を及ぼすことに留意し、青少年が児童ポルノ及び当該図書類又は映画等の対象とならないように適切な保護監督及び教育に努めなければならない。
2 事業者は、その事業活動に関し、青少年のうち十三歳未満の者が前項の図書類又は映画等の対象とならないように努めなければならない。
3 知事は、保護者又は事業者が青少年のうち十三歳未満の者に係わる第一項の図書類又は映画等で著しく扇情的なものとして東京都規則で定める基準に該当するものを販売し、若しくは頒布し、又はこれを閲覧若しくは観覧に供したと認めるときは、当該保護者又は事業者に対し必要な指導又は助言をすることができる。
4 知事は、前項の指導又は助言を行うため必要と認めるときは、保護者及び事業者に対し説明又は資料の提出を求めることができる。」
2 事業者は、その事業活動に関し、青少年のうち十三歳未満の者が前項の図書類又は映画等の対象とならないように努めなければならない。
3 知事は、保護者又は事業者が青少年のうち十三歳未満の者に係わる第一項の図書類又は映画等で著しく扇情的なものとして東京都規則で定める基準に該当するものを販売し、若しくは頒布し、又はこれを閲覧若しくは観覧に供したと認めるときは、当該保護者又は事業者に対し必要な指導又は助言をすることができる。
4 知事は、前項の指導又は助言を行うため必要と認めるときは、保護者及び事業者に対し説明又は資料の提出を求めることができる。」
13歳未満と「非実在青少年」より年齢を5歳引き下げていることは評価すべきだろうが、その基準が児童ポルノ法で問題視されている「3号ポルノ」とほぼ同文の曖昧な規定で、しかも「これらと同等とみなされる状態を含む」とさらに曖昧化している点は問題だろう。また「2」の事業者に対する責務は「13歳未満」のキャラクターの性表現を事実上規制しようというものだ。青少年保護を目的とした条例だから、明記する必要なしとの判断なのかもしれないが、条文には購買者や購読者の年齢規定は書かれていない。解釈次第では「成年向け」であっても規制の対象となる可能性がある。また、「3」「4」が規定する知事権限での指導・助言、「説明又は資料の提出」要求は、自主規制の枠を超えて、企業や家庭に介入することを目的としているとまで解釈できるだろう。自主規制とは本来、規制逃れの方便ではなく、あくまでも「見たくない者の権利を守る」「不意打ちを避ける」ための「善意」によるものだ。そこに行政が介入することは事実上の規制と言わざるを得ない。都はあくまでも「表現規制ではなく、売り場規制だ」という立場を貫き、毎日新聞の取材に対して「違法な性行為を不当に賛美や誇張したアニメや漫画が対象。表現の自由は侵さない」(11月23日付、東京朝刊)と話しているが、そんな単純な話ではないだろう。
今回の改正案には、漫画・アニメに対する規制以外に、フィルタリング使用を事実上強制する青少年のネット利用に関する規制も含まれる。この件について詳述する余裕がないので割愛するが、これもまた大きな問題であり、山口貴士弁護士はブログで「『第3章の4 インターネット利用環境の整備』は憲法第94条に違反すること」と厳しく批判している。
現行の東京都青少年保護育成条例自体、不健全図書の基準が曖昧であり、また異議申し立ての手段が訴訟以外にないなどの問題を含んでいる。そもそも、「健全」という価値観を行政が主導すべきものであるのかという根本的な疑問もある。そうした議論を棚上げして、短期間に規制強化につながる改正を進めようというのは一体どういうことだろうか?
25日には日本ペンクラブが「東京都青少年健全育成条例の修正改定案に反対する」声明を阿刀田高会長の名で発表、同日には東京弁護士会が「『東京都青少年の健全な育成に関する条例』の一部改正案に対する会長声明」を若旅一夫会長名で発表、26日には出版4団体(日本雑誌協会、日本書籍出版協会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会)で構成する出版倫理協議会も鈴木富雄議長名で「私たちは、再提出される『東京都青少年健全育成条例改正案』に反対します!」を発表。12月1日の18:30〜20:30に、文京シビックセンター5C会議室において、出版労連が反対集会の開催を予定している。筆者としては、こうした反対の動きを注視しつつ、賛否双方が対話のテーブルにつくこと、そこで議論が尽くされることを願い続けたい。
文=永山薫
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関連リンク
『東京都青少年の健全な育成に関する条例』
『第百五十六号議案 東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例』
『弁護士山口貴士大いに語る』 「第156号議案「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」の条文の検討
『河合幹雄の発言ブログ』(桐蔭横浜大学法学部教授) 「東京都青少年健全育成条例改正案の問題点と対案(1)」
『渋井哲也/てっちゃんの生きづらさオンライン@Ameba』
「12月議会提出の「青少年健全育成条例」改正案と、旧改正案、現行条例との比較」
「東京都青少年健全育成条例・新改正案は、漫画規制を拡大する(1)」
「東京都青少年健全育成条例・新改正案(2)児童ポルノ規定の後退は漫画規制拡大との取引材料か?」
「東京都青少年健全育成条例・新改正案(3)ネット整備の項目も緩めたが、狙いは?」
『日刊サイゾー/「非実在は消えても……青少年課長も「前と言っていることは変わらない」と認める「新・健全育成条例改正案」の中身』
メディア社会が拡がる中での青少年の健全育成について - 東京都青少年問題協議会の答申
永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。主な著書に長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)、昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』『マンガ論争勃発2』(マイクロマガジン社)がある。