special issue for happy new year 2011.
2011新春特別企画
東京都青少年保護育成条例改正案可決の意味すること2011年お正月企画第1弾は漫画研究家・永山薫さんに「東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案」問題を取り上げていただきました。一年の計は元旦にあり、粛々と進んでいくこの問題へ、 心新たに臨みたいものです。
前回の記事でお伝えした「東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案」問題。結論からいえば賛成多数で可決されてしまった。なんでこうなったのかをお知らせしよう。
身も蓋もない言い方をすれば、政治は数合わせのゲームである。数さえ揃えれば、無理が通って道理が引っ込む。今回は最大会派である民主党が、これまでの「反対」の立ち場から、「賛成」の立ち場に鞍替えした結果、こうなってしまったわけだ。
もちろん民主党にも言い分はある。今回の改正案は前回の継続審議→廃案となった改正案とは別のものだし、前回に比べて改善がなされている。反対するに足る理由がない。付帯決議を付けて、慎重な運用を求めれば充分だろう。これが、おそらく「公式見解」だろう。しかし、到底これでは都民、特に反対ないしは慎重な論議を求めていた人々、日本弁護士会、日本ペンクラブ、出版団体、漫画家団体、多数の漫画、アニメ関係者、さらに言えば、有田芳生、宮崎タケシといった民主党国会議員も納得しまい。何故なら反対論、慎重論のほとんどは都側の拙速を批判し、改正案自体が、前回の改正案よりも規制の網を拡大していること、曖昧な文言を残していること、道徳上のタブーだが違法ではない近親間の性行為の表現まで規制対象にしたことなどを挙げて反対していたからだ。しかも、2日前の総務委員会では民主党の松下玲子都議が反対の立ち場から都を追求していたのにもかかわらずである。
もう一つ、公式的ではない、言い訳もある。それが選挙対策だ。前回の、条例改正案反対に回ったことにより、民主党議員に対して「エロ議員」「子供の敵」などの悪口が浴びせかけられた。後援者からの異議もあっただろう。そこで腰が引けた。三年後の都議会議員選挙で議席を失うかもしれない。反対から賛成に回った都議は、
「今、廃案にしても、民主党が最大会派でいられなくなったら、簡単にひっくり返されてしまいます。だったら、今、妥協して、被害を最小限度に抑えた方がいい」
と自らの変針を弁明した。これに対し、別の反対派都議はこう批判する。
「三年後のことは三年後。今やるべきことは今やるべきでしょう。三年後に備えて、今から妥協するって、それは政治家としておかしい。政治家がやるべきことは今の問題にどう対処するかですよ」
最近の地方選挙を見る限りにおいて、国政での民主党への逆風がそのまま作用して、惨敗続きなのは言うまでもないだろう。三年後に政局が民主党にとって好転している保証はない。
いや、もっと切羽詰まった状況での判断だったという仮説もある。たとえば反対派の西沢けいた都議と河合幹雄教授(桐蔭横浜大学)はそれぞれ別の角度から都知事による議会解散の可能性を挙げている。いずれも仮説であり、議会解散のハードルの高さを考えると、可能性としては極度に低い。とはいえ、現時点で議会選挙となれば民主党に勝ち目はない。それを重く見た都議会民主党の幹部が多かったという見方は成り立つかもしれない。
元々民主党は条例改正案については、積極的な賛成派と反対派が拮抗していた。しかし、最大多数は中立または無関心層だった。はっきり言って青少年条例における表現規制問題は、多くの議員にとっては不案内な世界であり、築地移転問題などの懸案に比べれば小さな問題にすぎなかったと言えるだろう。一時は反対派都議の運動、蓮舫、海江田万里をはじめとする民主党国会議員の反対などが功を奏して廃案にまで追い込むことができたものの、「一度、廃案にしたのだから、それで充分」「非実在青少年などの文言が消えて、規制対象が明確になったから都民も納得するだろう」と中間派がブレてしまったのだ。
それでも採決直前の民主党総会では賛否が拮抗して決着がつかず、執行部一任にという形になってしまった。この時点で筆者は「ああ、これでは廃案どころか、継続審議も難しいな、民主なりの修正を加えて賛成か?」と考えた。なぜなら執行部では若手都議を中心とする反対ないしは慎重な審議を求める議員が少数派になってしまうからだ。結果は、修正どころか、付帯決議という法的拘束力のない「釘」を刺すにとどまった。
第七条第二号及び第八条第一項第二号の規定の適用に当たっては、作品を創作した者が当該作品に表現した芸術性、社会性、学術性、諧謔的批判性等の趣旨を酌み取り、慎重に運用すること。
また、東京都青少年健全育成審議会の諮問に当たっては、新たな基準を追加した改正条例の趣旨に鑑み、検討時間の確保など適正な運用に努めること。
また、東京都青少年健全育成審議会の諮問に当たっては、新たな基準を追加した改正条例の趣旨に鑑み、検討時間の確保など適正な運用に努めること。
民主党都議の中には賛成は声なき多数の意見という、とんでもない強弁を唱える者さえいたという。その背景には求められてもいないのに、PTA団体を中心に81回も条例改正の必要性を訴えて廻った(もちろん今回の改正案が公開される以前の話だ)東京都青少年課の「声なき声を作る」努力がある(このPTAへの「説明」時に、「『ドラえもん』と過激な性描写を含むコミックが児童の手の届く棚に並べられている」と事実を歪曲した証言を行ったという報告もあって、現在問題になっている)。
民主党の転向は「表現の自由」「子供の人権」といった大命題以前に、政治的センスのなさを露呈したように感じられてならない。少なくとも、反対・慎重の立場から民主党に信頼を寄せていた市民の多くは裏切られたと感じているだろうし、その失われた信頼を取り戻すことは容易ではない。都政民主党が、こうした「この、声ある少数派」の意見を舐めていたとすれば、それならそれで結果をご覧じろというところか。
都政民主党が信頼を取り戻すとすれば、それは、現在のズレたセンスの執行部が大幅に世代交代を果たした時だろう。
■今後の課題
採決直前の動きとして、角川書店が、石原都知事が実行委員長をつとめる東京アニメフェア(TAF)、ボイコットを決定、続いてコミック10社会がボイコットを宣言。明確に反対派に対する援護射撃である。
また、なかのZeroで開催された反対集会には定員550名の会場に1500名が詰めかけるという盛況だったが、ここにも反対派国会議員(民主党、無所属)や都議(民主党、共産党)が飛び入りでエールを送るというシーンも。内閣総理大臣自身が官房の総理ブログに、アニメ漫画産業重視の文言を織り込むなど、様々な方向からの援護射撃が続いた。
また朝日新聞などの社説も反対の立ち場から意見を表明した。
だが、そのいずれもがなんの効果ももたらさなかった。
吉田康一郎都議(民主党)によれば、そうした反対の動きが出る以前に、執行部の考えは固まっていたらしく、それを動かすには遅きに失したのではないかということだ。しかし、条例改正案が公開される前に、「この改正案のどこがどう問題なのか?」を指摘し、反対することは不可能である。原理的には、新しい改正案が正しい意味での「改正」案である可能性だってあるのだから、せいぜい、「慎重な論議を要望する」程度のことしかできない。都側の狡猾なところは、ギリギリまで情報を遮断し、都民の見えないところでマスコミ対策や根回しに力を注いだ点だろう。何しろ、読売新聞が「曖昧な文言などを修正した新しい改正案が12月都議会に提出され、民主党が賛成に廻るだろう」という趣旨の記事を掲載したのが11月16日で、改正案の内容が公開されるのが22日、本会議開会が30日という電撃作戦だった。ここで顕著だったのは16日の読売報道を後追いするような報道が亜新聞を中心とするマスコミを賑わしたことだ。では、16〜22日の間、報道関係者は改正案の内容を知悉していたのだろうか? これはありえない。恐らく、都庁記者クラブに所属する記者たちは、都の言い分「改正案は前改正案よりも指定範囲を明確化し、対象を限定したもの」という説明を鵜呑みにし、その情報をベースに都議会民主党の腹を探ったと思われる。
残念ながら都庁も、都議会民主党も、マスコミもどこまで信用していいのかわからない。放置しておけば、自分たちの都合で動いてしまう。これを抑止するには、メディアリテラシーに裏打ちされた持続的な監視と異議申し立ての継続しかない。だが、それはあくまでも理想形であって、潤沢なリソースを持つ「市民運動組織」ではない、個々の市民が根気よく続けることは困難だ。
これは、指導組織を持たない超草の根的な運動だった「改正反対運動」の弱点そのものだが、この組織のない異議申し立ての「運動」こそが、従来型の市民運動とは一線を画してきたわけだし、それ故に盛り上がったとも言えるわけだ。
ここで、短兵急に「市民運動組織」を立ち上げ、ロビイイングを強化することは、こうした新しい波の否定にも繋がってしまうのではないか?
ではどうすればいいのか? 答えは簡単に出ない。恐らく個人ができることを総てやっていくしかないのだろう。その意味でカマやんの提案する小市民団体(1〜数名)を乱立させてネットワークを作るという運動論も解答の一つだろし、代弁者候補の都議の後援会に入って対話と説得の回路を作っていくというのもアリだろう。もちろん、直接請求としての署名運動、請願運動などもあり得るし、既存のロビイイング団体(ここではコンテンツ文化研究会)へのカンパやボランティア参加なども有効だろう。そこで重要なのは、知識・情報の共有と蓄積だろう。今回の動きの中でTwitterによる情報伝播は極めて大きな意味を持つ。どの報道機関が何を報じ、何を報じなかったのか? 都知事がどんな発言をしたのか? 集会がいつどこで行なわれるのか? そうした情報はすぐに拡散し、多くの人々の坑道の契機となったことは事実だ。都議や都への意見の発信時におけるノウハウやマナーが拡がったことも大きい。しかし、その反面、デマや誤情報、感情的なバッシングという好ましくない作用も露呈した。クリック一回で情報を拡げることができるという安易な達成感に溺れず、クリックする前にニュースソースを精査するワンクッションを置くことが必要だろう。もちろんそれでも万全ではないのだが、それだけでも随分違ってくる。
今回の騒動の渦中に、コミック10社会が断行したTAFボイコットは、これまで「抗議声明」を公開するレベルに止まっていた出版社団体が、一歩を踏み出して具体的な抗議行動に出たという意味では特筆すべき事柄だろう。それだけに、それだけに業界の危機感も切実だったわけだが、ボイコットに至る動機中最大のものは「1964年以来営々と積み重ねられてきた都と業界の信頼関係を都が一方的に破棄」したことに対する反発であろう。「表現の自由」という「原理」からいえば、決して正しいとは言えないかもしれないが、事実上、都と出版団体は暗黙の紳士協定の下に出版の秩序を維持してきた。いわば「大人のリアリズム」である。「これを反故にされた以上、もはや信頼関係は雲散霧消したと取りますよ」という強烈なアピールである。そこまでやっても都は引かなかった。これはもう戦争状態である。さらに追い討ちをかけるように、TAF開催の同日にアニメ制作会社を主軸とするアニメコンテンツエキスポなるイベントの立ち上げが角川書店により公表された。
こうした出版社サイドの戦いを支持する声は大きい。だが、戦争である以上、傷つくのは東京都だけではない。イベント関連会社、弱小のアニメメーカー、薄給のアニメーター、それこそTAFが開催されるビッグサイト内外の飲食店、コンビニが蒙る経済的損失は小さくない。もちろん、TAFに訪れようとしている海外のバイヤーの迷惑なども考えると、被害は東京都都知事のメンツだけではすまない。
これを単純に勝ち負けを見て、野次馬的に面白がるのは自由だが、漫画アニメ業界とそれ連なる産業界全体への負の波及効果はきちんと考えておく必要がある。この戦いの熱気に水を差すつもりはさらさらないが、10社会のみならず出版業界はあくまでも企業の団体であり、企業は利益を上げる義務があることを忘れないで欲しい。「表現の自由」という理念だけで動いているのではない。
■前向きに評価できることも多い
今回の騒動では、多くの落胆と不信が生まれた。行政も議会も議員も報道もどこまで信頼できるのか? だが、絶望するには早すぎる。そうした「他人任せ」だったことが、一つ間違うとどんな結果を生むかという理解が拡がったことは無駄ではない。都のPTA団体の総意であるかのように振る舞ってきた社団法人東京都小学校PTA協議会が実は都下の小学校PTAの18.9%の代表でしかなかったこと、パブリックコメントという民意がかくも簡単に無視されてしまうこと、石原都知事の差別発言連発についてマスコミが「いつものこと」のように黙過していること(都知事の好きなグローバリズム=欧米基準からいっても異常な発言なのだが)等々が白日の下に晒されたことも今後を考えると「有意義」だと言えるだろう。
また、業界と市民の反発の予想外の高まりは、新しい規制の暴走や、行政が「表現規制」に踏み込むことへの抑止にもなるだろう。筆者は施行後の都の行動シナリオを幾つか想定してみたが、指定図書が増加すれば「恣意的運用」という批判を覚悟しなければならないし、現状通りなら「不要な改正」と批判されるだろう。もちろん、都はそれぞれに反論を用意するだろうが、いずれにせよ厳しい業界・市民の「目」を意識せざるを得ないだろう。皮肉な話だが、今回の条例改正を巡るドタバタ劇では、短期的な意味で「得をした人」はどこにもいない。
ある民主党都議は「私の判断が間違っているというのなら、次の選挙で私を落選させればいい」と大見得を切った。しかし、この問題で一番の影響を蒙る「青少年」にはそうした意志表示が封じられているのだ。これまで楽しんできた漫画とアニメを制限され、都の義務づけるフィルタリングによって通信を制限され、推奨携帯を持たされることになるかもしれない子供たちには意見を述べる権利すら与えられていない(推奨携帯については、都側は子供の意見を聞いていないし聞く必要もないと考えている)。
そうしたことを含め「青少年健全育成条例」そのものの是非について、改めて考えてみる必要があるだろう。すでに都議会会派の一つである生活者ネット・みらいは、条例自体の撤廃を求めるとともに「子どもの権利条例」制定を求めている。64年の条例成立からすでに46年。社会情勢も、青少年を取り巻く環境も、社会全体も大きく様変わりしている。ツギハギ的に屋上屋を架す規制を加えるよりも、ここは一度根本的な見直しを、若い世代の意見も採り入れつつ行うのが妥当ではなかろうか?
参照URL
■東京都青少年治安対策本部
「東京都青少年の健全な育成に関する条例及び規則について(平成22年12月22日公布)」
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/08_kaiseijourei_kisoku.html
■コミック10社会(秋田書店 角川書店 講談社 集英社 小学館少年画報社 新潮社 白泉社 双葉社 リイド社)声明
「『東京国際アニメフェア2011への協力・参加を拒否する緊急声明につきまして』」
http://www.kadokawa.co.jp/shop/20101222_info.html
■朝日新聞社説(12月3日付け→期限切れ→有料)
http://astand.asahi.com/column/editorial/?iref=editorial
「都の漫画規制―手塚、竹宮の芽を摘むな」(TOKYO ANIME CITYによる引用)
http://tokyo-ethno.jugem.jp/?eid=3515
■毎日新聞社説(12月10日付け)
「漫画規制都条例 依然残るあいまいさ」
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20101210ddm005070158000c.html
■togetter
「西沢都議都政報告会(12/19)」
http://togetter.com/li/80676
■河合幹雄の発言のブログ
「東京都青少年健全育成条例(6)都民主党はなぜ賛成したか」
http://kawaimikio.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/6-86e2.html
■カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記
「『組織を作りなさい』の意味/『表現規制反対』サークルの奨め」
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20101220
「実務先行か、観念先行か/何をお手本として『運動』を考えるか」
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20101226
■Gigazine
「日本動画協会(AJA)、東京国際アニメフェアが『実質的には実行不能な事態』と声明を発表」
http://gigazine.net/news/20101221_aja_taf2011/
■アニメコンテンツエキスポ準備委員会
「『アニメ コンテンツ エキスポ』開催に関するお知らせ」
http://www.kadokawa.co.jp/shop/20101228_info.html
■『マンガ論争4』
http://d.hatena.ne.jp/pecorin911/20101228
※初刷分完売。増刷分はAmazonなどで1月中旬より発売予定。
文=永山薫
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永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。主な著書に長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)、昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』『マンガ論争勃発2』(マイクロマガジン社)がある。