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特集『四コマ漫画とその周辺』
『四コマ漫画―北斎から「萌え」まで 』(岩波新書) 著者=清水勲

現代日本は漫画大国といわれるが、これは今に始まったことではない。江戸時代も同じで、あの『北斎漫画』には四コマ漫画の原点ともいうべき作品がある。以来、今日の「萌え」四コマまで、時代の世相・風俗を記録する四コマ漫画が描かれてきた。「サザエさん」「らき☆すた」など名作・話題作七六点を取り上げ、一九〇年の歴史をたどる。
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よい意味でも悪い意味でも、四コマ漫画の歴史を江戸時代からたどり直した教科書的といえる入門書である。あまたの作者名、掲載誌名の洪水には圧倒されると同時に、正直辟易する感もあったが、近年の萌え四コマ漫画の人気作『らき☆すた』にまで言及する徹底した博捜ぶりにはだれもが頭の下がる思いを抱くにちがいあるまい。また、普通の現代漫画ではそうもいかないだろうが、四コマというコンパクトな形態であるがゆえに、作品全体を多数掲載しているというのも読む側にとってはありがたいことである。

絵そのもののビジュアル的おもしろさは別にして、そもそも時事ネタの多かった古い時代の新聞掲載四コマ漫画は、時間の経過とともに何がおもしろいのか今一つ分かりづらい側面が強くなってくるが、著者はそれらのなかにも、描かれた時代の世相・風俗・事件に対する人々のこまやかな感情の記録という価値を見いだしている。

やがて、時事ネタを共有していた家族の成員の関心が分散・多様化し、その大衆的タイプ(型)が壊れ始めると、今度は、サラリーマンというもう一回り小さな社会集団にターゲットを絞ることになる。だが、ここまでが、制約の厳しい新聞掲載四コマ漫画の限界で、漫画家たちはもっと制約の少ない雑誌へと表現の場を移し、特定の読者層というさらに小さな集団に向かう。

四コマ漫画は、時事ネタに対して大衆に共有された思い・感情から日常のささいな人間心理へと扱う対象を方向転換し、さらには人間心理の謎めいた部分へとより深く突き進んでいく。いがらしみきおや吉田戦車の「不条理漫画」はその輝かしい結実といえよう。

無論、政治など社会現象に対する風刺がまったく必要とされなくなったというわけではなかろうが、大衆の心理が多様化し不明瞭になっていくにつれ、四コマ漫画がより小さなターゲットを目指すようになり、ついには無意識の領域にまで踏み込まざるをえなくなったというのも、本書を読めばおのずと明らかになってくる。

たしかにこの状況は、大衆の巨大男根(欲望)がばらばらに分解し、様々な方向へ伸び始めたことから、エロ・メディアが性的嗜好の小集団へと分裂していった現状と似ているかもしれないが、四コマ漫画は起承転結という強固な普遍的形式に支えられている強みがあり、しぶとく生き延びる可能性が大きい。この点は著者も、四コマ漫画の未来への希望と考えているようである。

文=相馬俊樹


『四コマ漫画―北斎から「萌え」まで 』(岩波新書)

著者=清水勲
価格=777円(税込)
ISBN-13=978-4004312031
発売=2009年8月
発行=岩波書店

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相馬俊樹 1965年生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒。 エロティック・アート研究家、美術ライター、美術評論家。 「S&Mスナイパー」「トーキングヘッズ叢書」「美術手帖」 その他にアート、漫画、文学などに関する文章を多数発表する。近著に『禁断異系の美術館1 エロスの畸形学』(発行:アトリエサード/発売:書苑新社)がある。

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