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『S&Mスナイパー』1982年7月号 読者告白手記
「一度だけのアバンチュール」
投稿者=良田博美
夫に言えない性癖――。鬱積した欲求不満は、ある日、人妻を危険な行動に駆り立てる。初対面の男に熟れた肉体を差し出し、マゾの悦びに溺れていく淫婦の長い1日は、彼女に何をもたらしたのか。『S&Mスナイパー』1982年7月号に掲載された読者告白手記を、再編集の上で全2回に分けてお届けします。
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【1】漏れ出し始めた変態性癖

今日も真紅の太陽が沈む。鈴掛の並木に、ちらちらと風に揺れる葉のなかに、燃えながら大きな円の美しい姿をしばらくとどめて。

仕事から家路につく私は、それがまるで自分自身の女そのものが、最後の輝きを見せながら精一杯悦びを歌っているようにみえた。

39歳。出産も終え、子供も手が離れ、今やっと女のよろこびが少しわかりかけできた。が、夫は長期出張のため外国に出かけている。

子供の頃から、なに不自由なく育った私。だが父母は、しつけや勉強のことについては、徹底的に厳しかった。

幼い頃、養女にきた私は、実の父母の顔を知らない。養父母は、なにごとにつけても潔癖な質(タチ)で、少しの嘘も許すことはなかった。

特に、挨拶は両手をついてきちんとしなくてはいけない。また文字をきれいに書くということをとても大切にして、小学校低学年でも、ノートは丁寧にきちんと書かないと一晩中でも書き直しをさせられたし、姿勢を正すことを厳しく言われた。少しでも勉強中に姿勢を崩すと、和裁用の長い物差しで容赦なくたたかれる。

小さい頃から養父母の言うとおりの道を、鞭に脅えながら馬のように調教されてきた私。日本舞踊、ピアノ、お習字と、私はそんな答のなかで一生懸命だった。

小学校6年の折、もっとも寒い冬の夜、参観日で学校に来た養母が、引っ込み思案の私が先生の質問に手をあげなかったことを怒って、私の衣服をはぎとり裸にして正座させ、冷たい水を頭から浴びせた。

3時間ほども正座させられたままでいた私は、なにかしら身体の内から、今まで感じたこともない興奮のようなものが自分をつきぬけてゆくのがわかった。

それは本当に恐いものだった。本当に興奮だろうか。これを何と呼べばよいのか。父母の顔も知らない自分、誰にも甘えられなかった私。すべてのものに耐えて、それを乗り越えてゆかねば生きられなかった幼い私の魂。

なぐられたり蹴られたりしているうちに、突然訪れてきた私の身体の変化。私は、自分がそういう喜びを感じる者であることを認めないわけにはいかなかったが、世間の人にはひた隠しにして生きてきた。優等生の私は誰からも後指をさされることはなかった。

今、39歳。結婚しても、表面的な愛しか感じなかった。淋しい私は、まるで孤独な太陽のように、「私はさびしい」と大声で叫ぶことができなかった。太陽は言葉が話せない。太陽はいつもひとりぽっち。

いつも優等生であり続けようとした私は、自分のなかに巣くう悪魔的なマゾの部分を見せないようにして、夫との夜の生活でも、本当には興奮か得られていなくとも、興奮したように演技してみせていた。

そんなふうに、夜の生活でもピエロとなるしかない私。なぜ、私だけがいつも耐え続けていなければならないのだろう。

もういやだ。これ以上耐えてゆくのなんかいやだ。胸の内で気狂いのようにわめきちらしているもう一人の私がいた。

裸の私になりたい。一度だけ、たった一度だけでも。世間のしがらみをふりほどいて、すべてを忘れて女の悦びを、ありったけの悦びを貪ってみたい。貪欲に、髪をふり乱して。

もう若くはない。美しくもない。すっかり所帯じみてしまった私。だが一度だけ、神様だって私に味方してくれないだろうか。

「男がなくては淋しくてならない女なのか」とか、「それほどまでに耐えることもできない女なのか」と、ののしるがいい。世間の者には言わせておけばいい。たとえ皮膚がたるんでいても、私は私の思うようにする。

私は毎日、鏡を見ながら自分とそんな話をしていたのだった。そして――。

ある日、私は動いた。それは春、暖かい日だった。どこからか、れんぎょうの花の匂いが漂っていた。花たちも私に味方してくれているように思えた。家の者は、みんな出はらっていた。そして、安心して私は家を出た。

髪もセットしてあった。太っているのは、仕方がない。もう、子供のことや家のことで憂いうことはひとつもない。自分のするべきことは、すべて果たしてきたから。

3時間も汽車に乗って、H駅にふらりと降りてみた。学生時代にかえったように、私は少し長めの白い編み込みの上下を着ていた。胸元の紫の花の刺繍が上品に見えて気に入ったので買いもとめたものだった。赤いハイヒールをはいていた。

駅舎から出るとタクシー乗り場があり、その向こうにすばらしく磨きたてた黒の車が停車しているのを私は見つけた。私は昂揚していた。その車の運転席に乗っている男が、ひと目で気にいったからだ。

髪は無雑作に左に流しているが、きれい好きに見え、少しやぶにらみの感じが、かわいかった。小柄だが、手足は強靭に見えた。きっと私と同じくらいの年か、ひとつ下くらいだろうか。

羽織っている黒の服が、ビロードのような柔らかい光沢を放っていた。黒がよく似合う男だ。が、それ以上に私を強くひきつけたものは、男の尊大な態度だった。まるで殿様のように見えるではないか。

この男しかない。私は男の車に近づいた。そして泣きそうな声で話しかけた。

「私、この街、よく知らないんです。旅行の途中なんですけど心細くて――。少しの間、御一緒させていただけません? 旅行仲間とはぐれてしまって、私ひとりで帰らなくてはならない羽目になってしまいましたわ」

こころもとない様子で、目に涙をためてみせる。私は男の名も知らない。ここでは仮にNとしておこう。

「お忙しいのでしょうね、きっと」

私の様子を見てなんと思ったのか、Nは丁寧な口調で、「ぼくは、今日は時間をもてあましています」と、きっぱり言いきった。

(続く)

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