法廷ドキュメント ハングリー国家 日本の悲劇
スナイパーアーカイブ法廷ドキュメント、第六回をお届けいたします。
事件の核心
その晩の巨との面接は、ごくありふれた話題を中心としたものだった。
最初から事件の核心に触れるような話をするのは、その後の経過に好影響を与えることはない。
何回か会って、相手との間に、この人にならすべてを話しても大丈夫だという安心感を与え、信頼関係をつくること――だと山崎調査官が考えた故であった。
山崎調査官が巨に最初に会ってから約二〇日間が過ぎ去ろうとしていた。
巨との間には徐々に信頼関係が築かれていった。
巨を知れば知るほど、彼の引き起こした強姦未遂事件は不可解なものに思えてきた。
巨は、担任の教師が言ったように確かに大人しいが、しかし、それは、彼が思慮深いためのようである。
自分か興味を持つことがらについては、少々度が過ぎる位饒舌にもなる。
だから陰気、陰険な性格とは考えられなかった。
何かが原因として横たわっている。
巨と被害者の桜井信子とは、中学時代の同級生であった。
調査官は、信子とも会ってみた。
美人であった。
あと二、三年もすれば、男であれば誰でも見とれるほどの魅力を持つことは確実だと調査官は信子の顔を見ながら考えていた。
伸び伸びと育てられたのだろう、山崎氏を裁判所の人だと知っても少しも物怖じする様子もなかった。
彼の質問には、じっと真っ直ぐに彼の目を見て答えてくれた。
その表情からは、強姦未遂事件の被害者を思わせる陰影を感じることは出来なかった。
冬休みもあと一日で終わるという日、信子はセーターを買うつもりで渋谷に出た。
そのとき突然すれ違った男から、
「桜井君じゃないか」
と声をかけられた。
神保巨だった。
中学時代の同級生である。
二年ぶりの出会いであった。
その間の信子の成熟が彼には眩しかった。
最初の数分間は、二人ともぎこちない会話をかわしていたが、やがて、昔の二人に戻ったかのように、あれこれと話が弾んできた。
「ねえ、僕の家に来ないかい。帰るところなんだろう、何か用事があるの?」
いかに二年ぶりの再会の喜びがあったとはいえ、男友達の家に行くのは少々気が進まなかった。
しかし、素適なセーターは買えたし、もうすぐ冬休みは終わってしまう。
そんなことが重なって、一六歳の少女が慎重な態度に欠けたとしても無理もないことだった。
「そうね。いいわ」
信子には、さすがに巨しかいない部屋に入ることは、気の重くなることであった。
しかし、ここまできて、巨の気持ちを傷つけるようなことはしたくなかった。
事件が起こったのは炬燵に入って三〇分ほど経過した頃だった。
法廷ドキュメント ハングリー国家 日本の悲劇 第五回 文=法野巌 イラスト=笹沼傑嗣 強姦未遂事件を起こした少年には母親との不倫の関係があった |
スナイパーアーカイブ法廷ドキュメント、第六回をお届けいたします。
事件の核心
その晩の巨との面接は、ごくありふれた話題を中心としたものだった。
最初から事件の核心に触れるような話をするのは、その後の経過に好影響を与えることはない。
何回か会って、相手との間に、この人にならすべてを話しても大丈夫だという安心感を与え、信頼関係をつくること――だと山崎調査官が考えた故であった。
山崎調査官が巨に最初に会ってから約二〇日間が過ぎ去ろうとしていた。
巨との間には徐々に信頼関係が築かれていった。
巨を知れば知るほど、彼の引き起こした強姦未遂事件は不可解なものに思えてきた。
巨は、担任の教師が言ったように確かに大人しいが、しかし、それは、彼が思慮深いためのようである。
自分か興味を持つことがらについては、少々度が過ぎる位饒舌にもなる。
だから陰気、陰険な性格とは考えられなかった。
何かが原因として横たわっている。
巨と被害者の桜井信子とは、中学時代の同級生であった。
調査官は、信子とも会ってみた。
美人であった。
あと二、三年もすれば、男であれば誰でも見とれるほどの魅力を持つことは確実だと調査官は信子の顔を見ながら考えていた。
伸び伸びと育てられたのだろう、山崎氏を裁判所の人だと知っても少しも物怖じする様子もなかった。
彼の質問には、じっと真っ直ぐに彼の目を見て答えてくれた。
その表情からは、強姦未遂事件の被害者を思わせる陰影を感じることは出来なかった。
冬休みもあと一日で終わるという日、信子はセーターを買うつもりで渋谷に出た。
そのとき突然すれ違った男から、
「桜井君じゃないか」
と声をかけられた。
神保巨だった。
中学時代の同級生である。
二年ぶりの出会いであった。
その間の信子の成熟が彼には眩しかった。
最初の数分間は、二人ともぎこちない会話をかわしていたが、やがて、昔の二人に戻ったかのように、あれこれと話が弾んできた。
「ねえ、僕の家に来ないかい。帰るところなんだろう、何か用事があるの?」
いかに二年ぶりの再会の喜びがあったとはいえ、男友達の家に行くのは少々気が進まなかった。
しかし、素適なセーターは買えたし、もうすぐ冬休みは終わってしまう。
そんなことが重なって、一六歳の少女が慎重な態度に欠けたとしても無理もないことだった。
「そうね。いいわ」
信子には、さすがに巨しかいない部屋に入ることは、気の重くなることであった。
しかし、ここまできて、巨の気持ちを傷つけるようなことはしたくなかった。
事件が起こったのは炬燵に入って三〇分ほど経過した頃だった。
(続く)
07.07.22更新 |
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