法廷ドキュメント されど俺の日々
逆上と衝動の法廷ドキュメント、第八回をお届けいたします。
窃盗事件
第三の犯罪は窃盗であった。
窃盗とは言っても、正太の犯した罪はとてつもないものであった。
約一年間で、二〇〇件ほどの窃盗を働いたのであった。
正太のやり口は、バー、キャバレー、喫茶店、スナック等に早朝ドアを破って押し入り、置き忘れてある現金、あるいはレジをこわし中に入っている現金を盗み出すというものであった。
犯行場所は東京を中心に、東は水戸、西は名古屋にも及んだ。
被害総額は判明しただけでも五〇〇万円にもなる。
正太は、傷害で服役した後、流石に故郷の町には住みづらくなったものと見て、一ヵ月ほど母親の所にいただけで東京に出て来ていた。
当初、喫茶店のボーイやキャバレーのボーイ等の仕事をしていたらしいが、やがて盗んだ金で生活をするようになり昼間は映画館やパチンコ、ゲームセンターで時間を潰し、夜になると活動を開始した。
適当な店を物色し、あたりをつけると近くのサウナや公園のベンチ等で明け方になるのを待ち、それから用意、持参してあるバールを携えて、犯行に及んだものである。
警察では、頻繁に提出される被害届を集計しているうちに、その手口が共通しているところから同一犯人と推定し、密かに内偵を進めた結果正太の存在が浮かびあがったものである。
正太はこの一連の窃盗事犯により、逮捕、起訴され、懲役四年を言い渡された。
窃盗の罪で、懲役四年という刑はかなり重い方である。
窃盗の罪の法定刑は最大限が懲役十年であるから四年という刑はそれほど重くはないのではないかと思われるかも知れないが、単なる窃盗だけで六年、七年といった刑を言い渡されることは殆んどない。
四年という刑はかなり重い方である。
それも、正太には前科があり今回で三度めの起訴であることなどが考慮されたのであろう。
服役を終え、自由の身になった時、正太は既に三十歳を超えようとしていた。
流石の正太も今度は懲りたように見受けられた。
三度目の服役中、正太は美作次郎という囚人と仲良くなった。
次郎は手形パクリ屋、つまり詐欺罪を犯し実刑を言い渡され、服役しているところであった。
次郎に言わせると、詐欺こそが犯罪の王様であり、芸術品であるらしかった。
いかにして人を欺くか、又いかに簡単に人は欺かれるものであるかを次郎は正太に話して聞かせた。
正太はいかにも詐欺師らしい、次郎の絶妙な話し振りに感心はしたものの、俺にはやはり詐欺は向いていないなと結論を下した。
自由の身となり、何か仕事をしなければならない状況になった時、すぐ頭の中に浮かんだのは次郎のことであった。
詐欺には向いていないと自身に結論は出したものの、しかし、正太にとって次郎はどうやら唯一の友であった。
――次郎の所へでも行ってみるか――
確か次郎は正太よりも一ヵ月ほど早く出所しているはすである。
暇があったら訪ねて来いと、東京の住所を教えてくれていた。
――訪ねてみるか――
正太は四年ぶりに東京に向かった。
次郎の家は中目黒の駅近くのマンションの一室であった。
ドアをノックすると、聞き覚えのある声が、「おう、誰だ」と応じてきた。
「俺だ、貞野だ。ムショでは世話になったな。元気か?」
「おう、正太か。まあ入ってこい。よく来たな」
刑務所での友人は、いわば戦友みたいなものである。
次郎は正太の来訪をうれしがっているようだった。
もともと次郎は人の扱い方が上手であった。
人の気を逸らすということが無かった。
このあたりが次郎を詐欺師にさせた大きな理由であろう。
勿論、人を欺くことに異常な快感を覚えることも必要不可欠の要件ではあるが。
次郎が正太の来訪を心から喜こんでくれているのか、それともそのように見せているのかは正太にとってはどうでもいいことであった。
その晩遅く、女の来訪者があった。
どうやら次郎の愛人のようであった。
「あら誰か来ているの?」
「ああ、俺の友達で貞野というやつだ」
という声が隣室から正太の耳に届いてきた。
それから二十分もたたないうちに、男と女の荒い息づかいが正太の耳朶を叩いた。
息づかいは次第に大きくなり、時々、ぬかるみに足を入れた時のように湿った摩擦音が混じり、やがて絹を裂くような女の絶頂を告げる声が途切れ途切れに聞こえ、そして静かになった。
正太は自涜をした。
その晩、夢の中にまで女の裸は侵入して来た。
法廷ドキュメント されど俺の日々 第四回 文=法野巌 イラスト=笹沼傑嗣 次々と凶悪な犯罪を繰り返す正太の犯罪者的性格は中学の頃から如実に現れていた。 |
逆上と衝動の法廷ドキュメント、第八回をお届けいたします。
窃盗事件
第三の犯罪は窃盗であった。
窃盗とは言っても、正太の犯した罪はとてつもないものであった。
約一年間で、二〇〇件ほどの窃盗を働いたのであった。
正太のやり口は、バー、キャバレー、喫茶店、スナック等に早朝ドアを破って押し入り、置き忘れてある現金、あるいはレジをこわし中に入っている現金を盗み出すというものであった。
犯行場所は東京を中心に、東は水戸、西は名古屋にも及んだ。
被害総額は判明しただけでも五〇〇万円にもなる。
正太は、傷害で服役した後、流石に故郷の町には住みづらくなったものと見て、一ヵ月ほど母親の所にいただけで東京に出て来ていた。
当初、喫茶店のボーイやキャバレーのボーイ等の仕事をしていたらしいが、やがて盗んだ金で生活をするようになり昼間は映画館やパチンコ、ゲームセンターで時間を潰し、夜になると活動を開始した。
適当な店を物色し、あたりをつけると近くのサウナや公園のベンチ等で明け方になるのを待ち、それから用意、持参してあるバールを携えて、犯行に及んだものである。
警察では、頻繁に提出される被害届を集計しているうちに、その手口が共通しているところから同一犯人と推定し、密かに内偵を進めた結果正太の存在が浮かびあがったものである。
正太はこの一連の窃盗事犯により、逮捕、起訴され、懲役四年を言い渡された。
窃盗の罪で、懲役四年という刑はかなり重い方である。
窃盗の罪の法定刑は最大限が懲役十年であるから四年という刑はそれほど重くはないのではないかと思われるかも知れないが、単なる窃盗だけで六年、七年といった刑を言い渡されることは殆んどない。
四年という刑はかなり重い方である。
それも、正太には前科があり今回で三度めの起訴であることなどが考慮されたのであろう。
服役を終え、自由の身になった時、正太は既に三十歳を超えようとしていた。
流石の正太も今度は懲りたように見受けられた。
三度目の服役中、正太は美作次郎という囚人と仲良くなった。
次郎は手形パクリ屋、つまり詐欺罪を犯し実刑を言い渡され、服役しているところであった。
次郎に言わせると、詐欺こそが犯罪の王様であり、芸術品であるらしかった。
いかにして人を欺くか、又いかに簡単に人は欺かれるものであるかを次郎は正太に話して聞かせた。
正太はいかにも詐欺師らしい、次郎の絶妙な話し振りに感心はしたものの、俺にはやはり詐欺は向いていないなと結論を下した。
自由の身となり、何か仕事をしなければならない状況になった時、すぐ頭の中に浮かんだのは次郎のことであった。
詐欺には向いていないと自身に結論は出したものの、しかし、正太にとって次郎はどうやら唯一の友であった。
――次郎の所へでも行ってみるか――
確か次郎は正太よりも一ヵ月ほど早く出所しているはすである。
暇があったら訪ねて来いと、東京の住所を教えてくれていた。
――訪ねてみるか――
正太は四年ぶりに東京に向かった。
次郎の家は中目黒の駅近くのマンションの一室であった。
ドアをノックすると、聞き覚えのある声が、「おう、誰だ」と応じてきた。
「俺だ、貞野だ。ムショでは世話になったな。元気か?」
「おう、正太か。まあ入ってこい。よく来たな」
刑務所での友人は、いわば戦友みたいなものである。
次郎は正太の来訪をうれしがっているようだった。
もともと次郎は人の扱い方が上手であった。
人の気を逸らすということが無かった。
このあたりが次郎を詐欺師にさせた大きな理由であろう。
勿論、人を欺くことに異常な快感を覚えることも必要不可欠の要件ではあるが。
次郎が正太の来訪を心から喜こんでくれているのか、それともそのように見せているのかは正太にとってはどうでもいいことであった。
その晩遅く、女の来訪者があった。
どうやら次郎の愛人のようであった。
「あら誰か来ているの?」
「ああ、俺の友達で貞野というやつだ」
という声が隣室から正太の耳に届いてきた。
それから二十分もたたないうちに、男と女の荒い息づかいが正太の耳朶を叩いた。
息づかいは次第に大きくなり、時々、ぬかるみに足を入れた時のように湿った摩擦音が混じり、やがて絹を裂くような女の絶頂を告げる声が途切れ途切れに聞こえ、そして静かになった。
正太は自涜をした。
その晩、夢の中にまで女の裸は侵入して来た。
(続く)
07.08.12更新 |
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