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monologue in the night
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実。女子のリアルを見つめるコラムです。
ゆみちゃんは年上のお姉さんで、小さな劇団で役者をやっていた。ゆみちゃんも私もそんなに仕事ができるほうではなかったけど、カウンターの中は若い女の子のほうがいいと店長が言うので、シフトがかぶると、よくふたり一緒に狭いカウンターの中に押し込められた。
ゆみちゃんはカウンター席に男のお客さんが来ると、私に洗い物を押し付けて接客に夢中になった。店長が見ていない隙に思わせぶりなことを言って、劇団のチケットを買わせようとするのだ。私は急に甲高くなったゆみちゃんの声を聞きながら、排水口に指紋が流れてしまいそうなほどグラスや食器を洗った。だから私はゆみちゃんが嫌いだった。
ゆみちゃんはしっかり者で、年下の私のことを可愛がっていた。高校生だった私は22時に退勤すると、カウンター席でまかないを食べながらゆみちゃんが働くのを見ていた。お客さんが少ない時は、時々話しかけてくることもあった。
ゆみちゃんの話すことはだいたいふたつで、「有名な女優になりたい」ってことと、「芝居のチケットノルマがきつい」ってことだけだった。一向に距離が縮まることのない理想と現実の話を、一年ほどまかないを食べながら聞き続けた。だから私はゆみちゃんが嫌いだった。でも、話を変えたり、遮ったりすることはできなかった。
ゆみちゃんの写真が小さく載った劇団のポスターを見ながら開店準備をしていた。ゆみちゃんは綺麗だから、普通に就職してOLになったら職場のヒロインになるだろうな。私は足を踏み入れたことがない会社のオフィスというものを想像しながら思った。
ゆみちゃんは昨夜、お店に遊びに来た。いつか劇団のチケットを買っていたお客さんと一緒だった。カウンターからゆみちゃんと男の人にメロンをサービスした。男の人がお手洗いに立つと、ゆみちゃんはこちらの顔色を窺うようにしてきた。だから私はゆみちゃんが嫌いだった。そういうことを気にするほど潔癖でもなかったのに。
ゆみちゃんはその日から店に出勤しなくなった。
ゆみちゃんは舞台の本番が近いから稽古が忙しいのだと、店長から聞いた。私は相変わらず仕事が遅かったので、ゆみちゃんの代わりに、店長がカウンターに立った。こんなおっさんが立ってもなあと店長は白髪交じりのヒゲをさすりながらぼやいていた。
ゆみちゃんが久しぶりに店に来た。店長とふたりでカウンターに立つのも慣れてきた頃だった。舞台の打ち上げなのだという。酔っぱらった役者たちの間を、演技論や花束が飛び交うのをカウンターから見ていた。大きな花束は地上波のドラマに出演が決まった女優さんへの贈り物らしい。
ゆみちゃんは可愛らしいキャラクター柄の缶詰を片手に、ひょこひょことノルマを回収していた。蓋をしめたお金入りの缶詰をマラカスのように振りながら、ゆみちゃんがふらふらとカウンターに向かってきた。ゆみちゃんは「やっと回収できたよー」と笑いながら、私のすぐ傍までやって来て、流しの下に崩れ落ちた。
ゆみちゃんは泣いていた。流し台の下で体を丸めて、誰にも見つからないように。私はグラスと食器を洗い続けた。だからゆみちゃんが嫌いだった。
それからしばらくしてゆみちゃんは店を辞めた。結婚して旦那さんの実家に嫁いだのだと、店長から聞いた。打ち上げの日に花束を受け取っていた女優さんは、早起きした日の朝に偶然ドラマで見かけた。
ゆみちゃんからは旦那さんの実家があるという岡山から、手紙と一緒にきびだんごが届いた。手紙の内容は忘れてしまった。
あれからゆみちゃんとは会っていない。私はあっという間にお姉さんだと思っていたあの頃のゆみちゃんと同い年になった。
成人してから不思議とあの頃みたいに人を嫌うことがなくなった。10代の頃は、何もかもが気に障って、許せなくて、仕方なかった。その代わりあの頃より人を好きになることも減ったように思う。
ぬるっと生温かい20代の膜に覆われながら、時々流しの下のゆみちゃんを思い出す。綺麗なゆみちゃんの頬に流れたマスカラのダマダマを、きっと忘れないでおこうと思う。
文=姫乃たま
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