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連載「現場から遠く離れて」
第一章 ゼロ年代は「現場」の時代だった 【2】

ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、拡張された現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に、人々は特権的な受容体験を希求する――現場。だが同じ場所にさえいれば、同じ体験をしているのか。同じものを観ていれば、同じ経験と呼べるのか。そもそも「現場」とは何か。昨今のポップカルチャーがリアリティを獲得してきた変遷を時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。
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ただ「オタク」カルチャーの推移は興味深いテーマであるが、本論の主題はそれではない。本論のより強い関心は「オタク」界隈だけでなく、ゼロ年代に幅広いジャンルで現実空間を重視する傾向が出現していたことにある。先に挙げた音楽シーン以外では、例えば2004年以降に郊外型のシネコンを中心として映画館が大量に増えていることなどもこの例に当てはまるだろう。レンタルビデオ店の店舗数は1992年の11141店をピークに減少し、わずか8年後の2000年には半数近い6257店、2010年には4076店にまで減っている(※5)。これに対して映画館のスクリーン数は映画が黄金時代を迎えていた1960年の7457スクリーンをピークとして1993年には1734スクリーンにまで減少したものの、1998年には1年につき100スクリーン以上の増加に転じ、2010年には3412スクリーンまで回復している(※6)。これはレンタルビデオ店の減少傾向はもちろん、ビデオソフト全体の売り上げ金額が2005年以降に減少傾向にあること(※7)と比較しても特徴的な上昇推移であると言える。

レンタルビデオ店が減少傾向に入った90年代初頭とは、標準化されたパーツを組み合わせて作られる安価なパソコン、すなわち今日では完全なデファクトスタンダードとなったPC/AT互換機と呼ばれるパソコンが台頭し、1995年にWindows95が爆発的なヒットを巻き起こす前段階としてのパソコンブームとなった時代である。いわばネット社会の準備期から普及期という90年代にあって、映像メディアのパーソナルな消費がより拡大していくように感じられながらも、むしろ映画産業は室内よりも劇場での観賞傾向が加速していた。つまり観客は「ライブ回帰」する傾向にあったというわけである。

またゼロ年代の後半に演劇ジャンルが急激に脚光を浴びるようになったムーブメント、すなわち小劇場ブームについても簡単に触れておきたい。このブームは野田秀樹、鴻上尚史、渡辺えり子などを輩出した80年代の小劇場ブームとは違い、平田オリザが「現代口語演劇」を唱えて小劇場を中心に上演していた新しい傾向の演劇がゼロ年代半ばから後半にかけて広く注目を集め、さらに三浦大輔や岡田利規、前田司郎など平田の路線に連なる若手の劇作家・演出家が相次いで脚光を浴び、テレビや映画など幅広い分野でも活躍するようになったというものである。観客が現実空間へのコミットを求めるのであればライブパフォーマンスそのものである演劇は最適であり、やはりこのブームも現実空間の重視と同じ流れにあると見ていいだろう。さらに平田が提唱した現代口語演劇とは、今日的な若者の日常会話を主体とした脚本や演技を芝居のベースとするものであり、フィクション的な過度の演出性よりもその場に素朴なリアリズムを現出させることこそが尊ばれたのも見逃すことができない。

以上のように、ゼロ年代には現実空間を重視する傾向が複数のジャンルで同時多発的に起こっていた。これに対して次のような疑問を抱く人がいるだろう。「だがマンガや小説(あるいはそのほかのジャンル)にはこのような動きは見られなかったのではないか?」この疑問には2点の簡単な回答を述べることができる。まず、現実空間の重視とは各ジャンルの表現の内部にのみ起こるわけではなく、観客や読者といった受容者の態度として表われることがあるということを忘れてはいけない。したがって各ジャンルの受容者がネットにおいてソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などのコミュニティで結束しつつ、その延長として現実空間でマンガであればコミケ、小説であれば「文学フリマ」(※8)のような同人誌即売会、あるいは個人的なつながり/サークルとしての読書会(オフ会)などの形で交流を持ったことこそが着目すべき点となるのである。次にそもそも我々の目的は各ジャンルをつぶさに検証して、現実空間を重視する傾向を洗いざらい見つけ出すことではない。今やろうとしているのは、それがどのように成り立って、どんな意味を持つのか考えることなのである。

話を戻すが、かように現実空間を重視する風潮はネットの広範な普及と密接な関係がある。ネットがどのように影響して実際のシーンを成り立たせているのかを、ここでは「DOMMUNE」を例に見てみよう。DOMMUNEは現在、日本で最も人気のあるライブストリーミングコンテンツの一つで、2010年の3月に開始され、週末以外は毎日配信が行なわれている。コンテンツ内容はミュージシャンやライターなどが登場するトークショーによる前半部分と、国内外の有名なアーティストのDJプレイを楽しめる後半部分で構成されている。主催者の宇川直宏は雑誌のインタビューに答えて次のように語っている(※9)

DOMMUNEは現場(スタジオ)に実際訪れるオーディエンスの身体的なコミュニケーションと、その現場をラップトップから覗き見るビューワー達のヴァーチャルなWEB上での意識交流を核としたものです。そういったソーシャルな入れ子構造の共同体、またはそれを通じて連帯した意識体、この共時性を伴った実態こそがDOMMUNEです。

SNSが広まりだした05年頃から、日常会話にあまり登場しなかった『コミュニティ』という言葉や概念が急速に広がりましたよね? でもSNSでのコミュニケーションは僕にとって希薄に感じた。ここに足りないものは「身体」だと気づいたんです。もちろん既にオフ会とかは存在していましたが、そんな合同お見合いみたいな会合にどのツラ下げて出ればいいのか? そのツラガマエが整わなかったことと(笑)、オンラインに対してのオフライン=『現実世界での交流』としているその発想に中指を立てたかったからです。

そしてすぐ僕は06年にオフィスをクラブに改良して、ダンスを通じてフィジカルな人間の交流を復権させようと考えた。それが06年から08年まで渋谷で運営していた『Mixrooffice』というオフィス兼クラブです。これがDOMMUNEの母体ですね。

「リアルタイム・ウェブの台頭 事件はDOMMUNEで起きている」
プロデューサー宇川直宏氏・1万字インタビュー
(『TV Bros.』2010年5月15日号、東京ニュース通信社)より引用

かくして誕生したDOMMUNEは2010年11月には同時視聴者数が2万人を突破し、現在は配信に用いられるネットサービス「Ustream」の中でも有数の人気コンテンツとなっている。つまり「身体」の欠如したネットに「現場(スタジオ)」を持ち込むという宇川の試みは成功したのだ。実は先にゼロ年代の音楽シーンを象徴する出来事として挙げたロックフェスの観客動員数はゼロ年代後半以降に頭打ちになったのだが、入れ替わるようにして登場したUstreamのようなライブストリーミングメディアによって、現実空間を重視する風潮は引き続き観察できるだろう。

しかしここで注目すべきなのは、宇川の計画を成功に導いたのが小規模なシステムでも膨大な視聴者にコンテンツを配信できるUstreamというネット技術であったにもかかわらず、宇川はその価値ばかりを尊重して「現場」を軽んじる態度に「中指を立てたかった」という言葉で不快感を表しているということである。我々の最大の興味である「現場」という言葉は、このような形でようやく姿を現わす。
文=さやわか

【註釈】
※5 社団法人日本映像ソフト協会「JVAレンタルシステム加盟店数推移」(http://www.jva-net.or.jp/report/joiningshop.pdf)より。

※6 一般社団法人日本映画製作者連盟「日本映画産業統計」(http://www.eiren.org/toukei/data.html)より。

※7 社団法人日本映像ソフト協会「統計調査(1978年から2009年)の売上金額の推移」(http://www.jva-net.or.jp/report/videomarket_2.pdf)より。

※8 文学フリマ「群像」2002年6月号(講談社)に掲載された「不良債権としての『文学』」を発端として、大塚英志が発起人となって開始された小説・評論系の同人誌即売会。

『TV Bros.』2010年5月15日号、東京ニュース通信社
※9「リアルタイム・ウェブの台頭 事件はDOMMUNEで起きている」プロデューサー宇川直宏氏・1万字インタビュー(『TV Bros.』2010年5月15日号、東京ニュース通信社)より。

関連リンク

文学フリマ - 文学フリマ公式サイト-お知らせ
http://bunfree.net/

DOMMUNE (ドミューン)
http://www.dommune.com/


さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)等に寄稿。『Quick Japan』(太田出版)にて「真説 空想少女学論考」を連載中。また講談社BOXの企画「西島大介の ひらめき☆マンガ 教室」にて講師を務めている。
「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/
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11.03.13更新 | WEBスナイパー  >  現場から遠く離れて
文=さやわか |