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第12章 指導者・レイヤ【3】

ドアの隙間から見えるベッドの上の痴態から、レイヤは目が離せなかった。それはあまりにも衝撃的な光景だったのだ。

全裸のエリカは、その長い脚を折りたたみ自ら膝を抱えていた。性器を剥き出しにするあられもないポーズだ。エリカのそんな姿を見るのは、レイヤも初めてだった。

そして、その股間に顔を埋めているのは、パジャマ姿の晶だった。淡いブルーの可愛らしいデザインのパジャマを着た晶は、年齢よりもさらに幼く見えた。

しかし、ベッドの上で主導権を握っているのは、明らかに晶なのだ。

「あっ、あっ、そこは……、気持ち、いいです。もっと、もっと、お願いします、晶さん」
「こんなところが気持ちいいなんて、エリカは本当に変態ね。ちゃんと言ってごらんなさい。エリカはお尻の穴を舐められるのが大好きだって」
「あっ、ああん。エリカは、エリカは、お尻の穴を、舐められるのが、大好きな変態ですっ。だから、もっと舐めて、晶さんっ!」
「ふふふ、本当にいやらしい子ね」
「あっ、ああーっ」

レイヤは、二人の生々しい卑猥な会話が信じられなかった。まだ、二人の立場が逆ならば、納得できたかもしれない。しかし、レイヤの目の前で展開されているのは、あのプライドの高い美女エリカが、可憐な美少女である晶に性奴隷のように責めを乞うている姿だったのだ。レイアの前ではエリカに保護されているような愛らしくも弱々しい存在だった、晶がまるで別人のように、エリカを責め立てている。

やがてエリカは、ひときわ大きな声を上げ、抱え上げた脚をひくひくと痙攣させた。晶の舌技によって、絶頂に追いやられたのだ。

レイヤは我に帰って、ドアを静かに閉めた。音を立てないように、そっとその部屋を離れる。自分のベッドルームに戻ってからも、胸が激しく高鳴って、呼吸もできない。

まだ、自分が見た光景が、本当だったのか信じられない。これは淫夢の続きなのではないか。そんな気がしてならない。

ベッドに潜り込んで、目を閉じても、どうしてもあの光景が浮かんできて離れない。時間が経つにつれ、それはますます確固たるイメージとなっていく。

そして、いつしかそのイメージの中で、晶に責められて快感に悶えているエリカが、自分におきかえられていた。

レイヤは、あの小悪魔のような美少女に、全身を舐められ、今まで味わったことのないような快楽にのたうちまわっているのだ。

自然と指が、自分の敏感な箇所へと伸びていく。それが晶の指や舌であるかのように、乳首や肉芽を摘み、撫でる。身体が熱く燃え上がり、体内の奥から淫らな液が溢れていく。耐えようとしても、声が漏れてしまう。

ねっとりとした濃密な空気がレイヤの身体を包み込む。白い肌に細かな汗がにじむ。底なしの快楽の中に、レイヤは沈み込んでいった。


自分が女性に対して性的な感情を持っていることにレイヤが気づいたのは大学生の頃だった。硬質で端正な顔立ちのレイヤは、もともと目を惹く存在であり、声をかけてくる男性は少なくなかった。その中には気の合う者もいて、ボーイフレンドと呼べる関係の男性も何人かはいた。しかし、せいぜい手を握るまでの接触しか、レイヤは許さなかった。というよりも、男性が自分を性的な目で見ることに耐えられなかったのだ。

それは当然、女性権利運動家であった母親ロッタの影響が大きかった。物心ついた頃には両親はすでに離婚していたため、レイヤは父親の顔も知らない。周囲に男性の存在はなく、家に出入りするのは、ロッタが起こしたPTW関係の女性ばかり。性の商品化に反対する運動に関わる彼女たちの話を耳にして育ったレイヤが、男性から自分を性的な目で見られることを嫌悪するようになるのは、自然な成り行きだった。

その一方で、ショートカットでボーイッシュな美少女であるレイヤは、女生徒からの人気も高かった。ハイスクールでは生徒会長を務めていたレイヤを憧れの目で見る女生徒は少なくなかった。学園祭のイベントで、全女生徒による人気投票で、男子生徒や男性教師を押さえて一位に輝いたこともあるほどだ。

レイヤに愛を告白した女生徒も多かった。先輩も後輩も同級生もいた。しかし、レイヤはそれを全てやんわりと断わった。

その頃には、PTWが同性愛者の巣窟だと揶揄する声もレイヤの耳に入ってきていたのだ。ロッタも、その仲間たちも同性愛者ではないし、同性愛者に対する偏見もなかったが、そうした声に晒されていたレイヤが同性愛も嫌悪してしまうのも、また自然の成り行きだったのだ。

とにかく、レイヤは異性であろうと同性であろうと、性欲というものから距離を置きたいと考えていた。大学を卒業して、PTWの運営に本格的に参加する頃には、その意識はさらに先鋭化し、性の商品化に対してはひたすら攻撃的になっていた。

そんな時、PTWのメンバーとして加わってきたのがエリカだった。東洋の血を持ちながらも、美しいブロンドの髪と抜けるような白い肌。均整のとれたプロポーション。そして妖精のように現実離れしたその美貌。

男性はもちろん、同性でも思わず見とれてしまうような美女だった。

レイヤはエリカに強く惹かれている自分に気づいた。それは同志としての好意ではなく、恋愛感情であることにも。考えてみれば、それはレイヤが生まれて初めて抱いた恋愛感情だったのかもしれない。

そんなレイヤの気持ちを知ってか知らずか、エリカもまたレイヤに積極的に近づいてきた。エリカはレイヤとは違い、過去に男性との恋愛経験も豊富だったが、その美貌ゆえにトラブルに巻き込まれることも多く、男性に対して距離をおくようになっていたのだ。

そんな二人が、同志、そして友人の線を踏み越えるのに時間はかからなかった。と言っても、二人の間に交わされたのは一度のキスだけだった。

前指導者である実母のロッタが急死し、PTWのリーダーの任を引き継ぐことになったレイヤは、PTWが同性愛者の巣窟であるという偏見と戦わねばならなかったのだ。リーダー自らが、同性愛者であることを認めるわけにはいかない。レイヤは自らの心にブレーキをかけなくてはならなかった。

だから、レイヤは男性はもちろん女性ともセックスの体験はなかった。PTWのメンバーからは、レイヤには恋愛感情も性欲も、全く欠如しているのではと思われていた。

しかし、実はレイヤには人並み以上の自慰癖があった。

最初にその快感を知ったのは、まだ10歳にも満たない時期だった。ほんの偶然に股間に指が触れ、それが快感を呼び覚ますことを知ったレイヤは、こっそりと自分の部屋でその行為に耽った。それが恥ずかしいことだという認識は何となくあった。だからロッタの目から避けるように気を付けていたのだが、ある時、その現場を見られてしまった。ロッタは、その行為を忌むべきもののように叱咤した。レイヤは泣きながら、もう二度としないとロッタに誓った。

それでもレイヤは自慰をやめることはできなかった。ロッタに見つからないように細心の注意を払いながら、毎夜その行為に耽った。強い罪悪感はあったが、それはその快楽をさらに甘美なものとしていた。

そして、レイヤは自慰の時に淫らな妄想を思い浮かべるようになっていた。それは、いつも決して他人には話せないような不道徳な妄想ばかりだった。

大勢の男たちの前で、裸にされ、見世物にされる自分。汚らわしい中年労働者に力ずくで犯される自分。いやらしい上司ばかりのオフィスで、セクシャルハラスメントを受ける自分。性奴隷として、未開の地の王族に飼われる自分……。

それは、PTWの活動の中で、憎むべき敵として戦っているポルノの内容そのものだった。男性の独りよがりの性欲を形にしたポルノと同じような妄想をして、夜な夜な自慰に耽っている。もし誰かにそんなことを知られたら破滅だ。PTWのリーダーとしての立場は崩壊してしまうだろう。

それでも、レイヤは止めることができない。今、目にした淫らな光景を自分に置き換えて、妄想に耽り、指を動かす。

自分の愛するエリカが、あの少女に奪われてしまったという嫉妬心は、不思議となかった。むしろ、自分がエリカに変わって、あの少女に責められたい。そんな気持ちが強く沸き上がってくる。エリカのように、あの少女に淫らに責められたい……。

そんなことができるはずもないことを、レイヤはわかっている。だから、自慰に耽るのだ。レイヤには、それしかできないのだ。


「なんだか目が赤いわよ、寝不足だったんじゃないの?」

エリカに言われて、レイヤはドキリとする。昨夜、エリカと晶の痴態を覗き見してしまったこと。そして晶に自分が責められる妄想をしながら自慰に耽ったことを、知られてしまったような気がしたからだ。そんなことがあるはずもないとわかっていても、やはり後ろめたい気持ちになる。朝食のテーブルで向かいに座っているエリカと晶の顔を見ることができない。

「うん。なんか飲み過ぎちゃうと、かえってよく眠れなくなっちゃって……」
「ああ、確かに。でも私は久しぶりに熟睡できたわ。あんな素敵なベッドで眠ることができたのなんて、本当に久しぶりだったから。ね、晶」

エリカは傍らの晶を見て、同意を求める。晶は少し恥ずかしそうに小さく頷く。

そのおどおどした態度は、とても昨夜見た、晶と同一人物とは思えない。やはり、あれは現実のことではなかったのではないかと、レイヤは考えてしまう。

とりあえず今日は仲間の連絡を待つ以外に何もすることはない。寝不足だったせいもあり、レイヤはベッドルームに戻って、しばらくウトウトと微睡んでいた。

その時、ドアをノックする者がいた。絶対安全なジェニーの邸宅であっても潜伏中の身だ。レイヤは緊張しながらドアに近づく。すぐに鍵は開けない。

「誰?」
「あの……晶です」

思いもかけない来訪者だった。レイヤは内心慌てながらも、ドアを開く。そこには、あの小さくはかなげな少女が立っていた。

「あら、一人? エリカと一緒じゃないの?」
「はい。エリカさんは、何か調べることがあるって……」
「まぁ、いいわ。お入りなさい」

レイヤは、晶を部屋に迎え入れた。平静を装っていたが、胸がドキドキしている。喉がカラカラに乾く。

「どうしたの? 何か私に聞きたいことでもあるのかしら?」

大きなチェアに晶を座らせ、レイヤは尋ねる。悪趣味スレスレの、やたらとゴージャスなこのチェアに座ると、晶の華奢さがさらに際立って見える。

「あの、私でも、PTWに入れてもらえるでしょうか?」
「え、あなたが?」
「私たちみたいな目に遭う人たちを、もう増やしたくないんです。PTWに入れば、あの人たちと戦えるんですよね」
「あなた……」

こんな少女までが、戦おうとしていることに、レイヤは胸を熱くした。二度と関わりたくないと思うのが普通だろう。それなのに、自分から向きあって、戦いたいと言い出すなんて。

「もちろんよ、PTWは、あなたを歓迎するわ」

レイヤは手を差し出した。晶は、嬉しそうな笑顔を浮かべて、その手を握る。

細く、か弱い手だった。しかし、その手の感触にレイヤは何か違和感があった。それが何だったのか、その時にレイヤにはわからなかった。
(続く)

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11.08.22更新 | WEBスナイパー  >  赤い首輪
文=小林電人 |