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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!――うう、気持ち悪い……。
この部屋は暑すぎる、ちょっと暖房が効きすぎじゃないか?
机の前に座ったタナベは、少しイラつきながら今日2本目のポカリスエットをごくごくと飲み干した。
3月にしては驚くほど寒く、社内は真冬のようにしっかりと暖められているが、暑すぎるというほどではない。やけに体が熱いのは二日酔いのせいだった。今にもアルコールをたっぷり含んだ汗が、体中の毛穴から吹き出してきそうである。
朝になったら真っ先にまゆりにすべてを話して謝ろうと思っていたが、そうはいかなかった。瓶に半分ほどあったウイスキーを空にしたあとそのまま眠り込んでしまい、目が覚めたら朝。時計は8時半を指していた。どう頑張っても遅刻は避けられない時間である。しかも頭がガンガンする。
仕方ない、謝るのは夜にしよう。そのほうがゆっくりと話ができていいかもしれない――。タナベは半分ホッとした気持ちで懺悔を諦め、大急ぎで身繕いを済ませて出勤した。体が重く、熱いシャワーで酒臭い体をなんとかしようという気力も湧いてこなかった。
取るものも取り敢えず家を飛び出したおかげで、会社には1時間ほどの遅れで着いた。
今日は急ぎの案件も打ち合わせも特にないはずだ。会社に来て自分の席についてしまいさえすればなんとか格好がつくのがサラリーマンのありがたいところである。
しかし、汗をかきながらぼうっとパソコンのモニタを見つめているうちに、大変なことに気がついてしまった。
――……あっ。
しまった。もしかしたら、エアコンのリモコンを台所に置きっぱなしで出てきてしまったかもしれない。
二日酔いなうえに遅刻しそうだったから、今朝は自分は食べずに大急ぎでまゆりの朝飯だけを用意して置いてきた。レンジでチンしたミルクとバタートースト。その途中、リモコンを台所に持ってきて暖房を切った。彼女を監禁してからというものリビングの暖房はほぼ一日中つけっぱなしにしていたが、今朝はアルコールが体内にたっぷり残っていたせいか、暖房の温かさがやけに不快に感じたのだ。
その後、あのリモコンをどうしたっけ――。
ああ、やっぱり間違いない。無造作にテーブルの上に置いて、そのままだ。
どうしよう。あれがないと、まゆりが風邪をひいてしまう。タナベは青くなった。
右足を鎖で柱につないであるため、彼女の行動範囲は半径2メートルほどだ。頑張っても台所のテーブルには届かないだろう。今にも雪が降り出しそうなこんな雲行きの日に、いくら室内だとはいえ、暖房もなくセーラー服一枚でいられるわけがない。
今夜は遅くなると伝えるのもすっかり忘れていた。こんなことなら、思い切って足の鎖を外してやればよかったと後悔したけれど、後の祭りだ。薄暗いリビングで丸くなってガタガタ震えているまゆりの姿が目に浮かぶ。
体調が悪いと言って早退させてもらおうか――。
そこへ、課長が「おい、珍しいな。二日酔いで遅刻だって?」と言いながら近づいてきた。
「夜の懇親会はもちろん出られるんだろうな」
へ、懇親会? 間の抜けた声でタナベは答えた。
「大阪の研究所から副所長がいらっしゃるんだよ。向こうに行ったら君の直属の上司になる人だ。顔合わせをするからって言ってあっただろう」
そうだった。昨日も帰り際に念押しされたはずなのに、痴漢騒動やその後のまゆりとの時間が濃厚すぎて、すっかり忘れていた。
――くそ、よりによってこんなときに……。俺はなんてバカなんだ。
「なんだ、無理なのか」
課長が呆れ顔で言う。当たり前だろう。数週間後には栄転が決まっている男が、偉いさんとの重要な飲み会を欠席するなんてありえないことだ。
「おまえ、何かあったのか。入社してから20年間、遅刻したことなんて一度もなかったじゃないか。しかも二日酔いだなんて。いや、酒を飲むななんて野暮なことを言うわけじゃないが……」
「いえ、すみません……大丈夫です」
顔だけは出さないと先方も課長も納得しないだろう。急いで2、3杯飲み、酔っ払ったとか体調が悪いとか言ってできるだけ早めに帰ろう。それしかない。
タナベは、いよいよ雪が舞い始めた灰色の空を見つめ、ため息をついた。
くしゅん。
さっきから何度目のくしゃみだろう。赤くなった鼻をゴシゴシとこする。
――いくらなんでも寒すぎだわ。
まゆりは、午前中からずっと薄いブランケットにくるまって、繭玉のように丸くなっている。元々我慢強いほうだけれど、さすがにこの肌寒さはきつい。このままだと間違いなく風邪をひくだろう。いや、だんだんくしゃみの間隔が短くなってきたところをみると、もうひいているのかもしれない。
くしゅん、くしゅん。
今度は二連発のくしゃみと同時に背中に悪寒が走った。ああ、間違いない。風邪確定だ。
タナベは大人のくせにおっちょこちょいなところがある。と、まゆりは思う。
今朝は、いつもより2時間も遅くバタバタ起きてきた。浮腫んだ顔。うつ伏せで寝たのだろうか、脂っぽい前髪に強烈な寝ぐせがついていて、見るからに二日酔いの中年男という感じである。
「飲み過ぎた、完全に遅刻だ」とつぶやきながらも、大急ぎであったかい朝食を用意し、テレビまでつけていってくれた。まゆりと目を合わせようとはしなかったけれど、昨夜のひどい扱いの後だけに、胸がジンとするくらい嬉しかった。でも、どうしてエアコンだけ切っていってしまったんだろう。よりによって、3月にしては記録的な寒さだというこんな日に――。
――まったくもう、ツメが甘いんだから。
なんとかキッチンテーブルの上のリモコンを手にできないものかと、もう一度チャレンジしてみたが、やっぱりダメだ。足の鎖が邪魔して、到底届きそうにない。
まゆりは諦めてリビングの定位置に戻ると、床に無造作に放り出された学生鞄を引き寄せた。
昨夜、見ず知らずの美少女の代わりにフェラチオ人形にされたことは、少なからず彼女の心を傷つけた。しかし、逆にいいこともあった。寝坊で焦ったタナベは、コスプレのため彼女に持たせた学生鞄をそのままにしていったのだ。学生鞄につけたクマのぬいぐるみの中には、藤原との唯一の通信手段である携帯電話が隠してある。怪我の功名というやつだ。
売女扱いされ身の回りのものを取り上げられてしまってからはずっと携帯を手にするチャンスがなかったけれど、これで久しぶりに外部と連絡がとれる。いざとなれば藤原に助けを求め、ここから連れだしてもらうことだってできるだろう。ただ、それはタナベを凶悪犯罪者にしてしまうことにもなるのだけれど……。
寒さに震えながら携帯の電源を入れると、メールが2件来ていた。どちらも藤原からである(アドレスを知っているのは彼以外いないのだから当たり前なのだが)。
一通は「最近連絡ないけど元気? 便りのないのはよい知らせだと思ってるよ」という簡単なもの。もう一通は、何かあったんじゃないかと心配してる、家族をごまかすのももう限界だからとにかく一度連絡してほしいという少し長めの内容だった。「2、3日待っても返事が来なかったら、家まで様子を見に行くか警察に連絡するつもりだ」と書いてあるのを見て、大慌てで日付を確認した。受信日は今日の早朝になっていた。
よかった、間に合った。
まゆりはホッと胸をなでおろした。そして同時に、こんな状況でいるのに警察に連絡されなくて安心している自分を不思議に思った。
とりあえず、藤原さんに電話しなくちゃ。そう心に決めて震える指で通話ボタンを押す。
これまではタナベの目やバッテリーの残量を考えてメールで連絡をとりあっていたけれど、もはやそんなことを考えている余裕はない。
プルルルルル――。
相手が出るまでの時間がやけに長く感じられる。緊張しながら呼び出し音を何回か聞いた後、やっと電話がつながった。
「……もしもし?」
藤原さんだ。
と思ったが、なかなか声が出てこない。こんな声してたっけ。
それもそのはず。実を言えば、彼の声を聞くのは中学生時代、将棋の奨励会に通っていたとき以来5年ぶりなのだ。ひきこもりになり、ネット将棋の対戦相手として再会してからは、もっぱらメッセンジャーでやりとりしていた。
考えてみれば、奨励会時代もそれほどたくさん会話をしたわけではない。唯一の友達なのにもかかわらず、まゆりは彼の顔をはっきり思い浮かべることさえできないのだった。
「もしもし……ま、繭さんだよね?」
とはいえ、ボソボソとくぐもった声を聞いていると、昔の記憶が徐々に蘇ってきた。
「藤原さん?」
うん、僕。メール読んだ? 連絡ないから何かあったんじゃないかって心配してたんだよ。大丈夫なの? 藤原はボソボソとそう言った。オタクっぽい早口の喋り方。でも、まゆりには彼が心配してくれているのがよくわかった。久しぶりに聞く優しい声に思わず泣きそうになってしまう。
凍えそうな部屋。こうしている今も、寒さのあまり体中に鳥肌が立っている。凍えそうな部屋。シャワーも浴びられずトイレにも自由に行けない監禁生活。私が目の前にいるのに見知らぬ美少女への欲望を嬉しそうに話すタナベ――。
藤原なら、この状況をなんとかしてくれるに違いない。
しかし、口から出てきたのは、まったく逆の言葉だった。
「うん、大丈夫。元気だよ」
セーラー服の上に薄いブランケットを被っただけの“大丈夫”とはおよそ程遠い姿で、まゆりはそう答えた。寒さで声が震えないよう、ぎゅっと膝を抱えながら。
(続く)
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11.02.05更新 |
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