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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!全ての女は冷え性だ。こんな寒い日にタイツもソックスも穿かずにいたら、いっぺんに足が氷のようになってしまう。
藤原との電話を切った後、まゆりはセーラー服の短いスカートから飛び出したナマ足を一生懸命さすっていたが、しばらくすると諦めた。少しばかり頑張ったって、疲れて手を止めれば途端に元通り冷たくなってしまうと気づいたからだ。
冷えてくる体に少しでも体温をとどめようと、繭の中の蛹のように体をギュッと丸めて考える。
「繭さん、本当に大丈夫なの?」 藤原は電話口で何度もそう聞いた。監禁されてもう数十日が過ぎている。いくら“面白ければ何でもアリ”の浮世離れした人間でも、さすがに心配になってきたのだろう。いや、勘のいい人だから、もしかしたらまゆりの様子がおかしいことに気づいていたのかもしれない。
しかしそれでも「大丈夫。何かあったらすぐに連絡するから」と言うと、深く追及することなく納得してくれた。こういう、無理矢理入り込んでこない距離感が彼のいいところだ。
「でもさ、繭さん。できたらお姉さんにだけ電話してみてくれないかなあ。お姉さんが事情を知ってフォローしてくれたら、ご両親も安心すると思うんだ。彼女、やたら柔軟性ありそうだし、きっと味方になってくれると思う」
最後にさりげなくそう言われて、快く承諾した。
これまでだったら、絶対に拒否していただろう。まゆりは富子にコンプレックスと愛情がないまぜになった複雑な感情を持っていたからだ。思い返してみれば、監禁志願したのも富子の馬鹿にしたような言葉が直接の原因なのである。
大人気ないとは思うけれど、少し前なら藤原が富子を誉めるような言い方をするのさえ気に入らなかった。でも、今は違う。まゆりは彼に言われるまでもなく、富子と話をしたいと思っていた。タナベとも藤原ともできない女同士の話を。
窓の外ではついに雪が降りだしたようだ。
監禁されて以来この部屋のカーテンはずっと閉めきったままなので、窓の外を見ることはできない。でも、今は文明社会だ。どこにいたってテレビをつけさえすれば外の様子は手に取るようにわかる。40インチの液晶画面の中ではアイドル顔のお天気お姉さんが、しきりに「今夜は3月とは思えぬきつい冷え込みになりそうです」と告げている。
それを聞いたら、次第に歯の根が合わなくなってきた。震えが止まらない。心なしか熱が上がってきたような気もする。
「私なんて風邪ひいて死んじゃえばいいんだわ」
まゆりは、悲劇のヒロインきどりでそうつぶやいてみた。
いくら寒いとはいえ部屋の中だ。風邪をひいたって熱が38度か39度出るだけで死ぬはずはない。でも、高熱を出して苦しむ場面を想像すると、心細さを感じるより先になぜかワクワクした気分になった。
自分の不注意のせいでまゆりが生死をさまようことになったら、タナベはどんな顔をするだろう。きっとすごく後悔するに違いない。
ごめん、ごめんよ。寒かっただろ? こんなに冷え切ってしまって……僕が悪かったんだ。なんでもするから許してくれ。君は僕の宝物だよ。
昨夜、見知らぬ少女の代用品としてフェラチオ人形にされたばかりなのに、今目の前に浮かんでくるのは、監禁生活が始まった頃の優しいタナベだ。
「いいの、気にしないで。あなたがおっちょこちょいなのはわかってるから」頭の中のまゆりは、高熱にうなされながらも聖母のような微笑を浮かべて中年男を赦す。するとタナベは感謝で打ち震えながら何度も懺悔するのだ。
君みたいに寛大な子はいないよ、アリス。僕はどうかしてた。君に比べたらあんな女なんてたいしたことないのに。ああ、なんてバカだったんだろう! これからは君だけを大事にする。好物のミックスジュースもプリンもピザも冷蔵庫にたくさんいれておくよ。だから頼む、死なないでくれ――。
そんな都合のいい想像をめぐらせているうちに、意識が朦朧としてきた。ものすごく寒いけど、この感じは悪くない。まゆりは震えながら床にゴロンと横になった。
げほっ、げほっ。
慣れない酒の臭いに咳き込んで、目が覚める。
おそるおそる目を開けると、タナベが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
父親があまり酒を飲まない真面目一本槍の男だったから、まゆりは泥酔した人間の臭いに慣れていない。たまに富子の彼氏が深夜へべれけに酔って家にやってくることがあったけれど、無礼だし臭いし、なるべく近寄らないようにしていたものだ。そんな彼女にとって、アルコールと体臭が混ざり合った酔っ払い特有の臭いは悪臭としか言いようがない。
「お酒臭い……」
思わず顔をしかめると、タナベは「ああ、すまなかったね」と言いながら台所のほうへ歩いていった。入念に何度も歯を磨き、牛乳も飲んでいるようだ。
可哀想になるくらいよれよれの後ろ姿を見て、まゆりは余計なことを言ってしまったと後悔した。もちろん酔ってはいるようなのだが、いつも缶ビールを煽りながらねちねちと自分をいたぶるときの酔い方とは違う。ものすごく具合が悪そうなのである。
まゆりも寒気がするし喉が痛かった。けれど、気づけばソファの上に横たわり、何枚も毛布をかけられている。きっと家中の毛布をかきあつめてきたのだろう。完全な病人仕様だ。ご丁寧に額には冷えピタシートまで貼ってある。
「……これ、頭に貼るの、わざわざ買ってきてくれたんですか」
うん。タナベは血の気のない顔でソファの横に座ると(臭いを気にしているのか、やや離れて座った)、もう一度「すまなかったね」と言った。
「いえ、もう臭くないから大丈夫です」
「いや、そうじゃなくて……君に風邪をひかせてしまって本当にすまなかった。エアコンを消したまま出かけるなんて……いい年したオッサンなのに、うっかりにも程がある。二日酔いで……ぼうっとしてたんだ」
よく見るとダラダラ汗をかいている。まゆりのために部屋の温度をずいぶん上げているらしい。
辛そうで見ていられないので「もう少し暖房を下げてください」と言ったのだけれど、タナベは「風邪が悪化するから」と頑として聞き入れようとしなかった。
「会社で気がついたんだけど……大事な接待があってどうしても途中で帰ってこれなかった。いっそ酔いつぶれてしまえば早く帰れるかと思ったんだが……もう若くないな。ちょっと飲み過ぎてしまったみたいだ」
ごめんな。ドジで獲物に風邪をひかせるなんて、ご主人様が聞いて呆れるよな……僕にできることならなんでもするから許してくれ。泣き上戸なのだろうか。うつむいてそう話す目には涙が浮かんでいる。
まゆりは、さっきの幸せな妄想を後悔した。あんな勝手なこと考えなければよかった。確かにタナベを後悔させたいと思ったけれど、こんなにしょげかえった姿を見るくらいなら、エラそうにふんぞり返って“売女”と罵ってくれたほうがまだマシだ。
「ネットで調べたら……そう遠くないところに24時間営業の薬局があるらしいから行ってくるよ。タクシー飛ばせばすぐだろう。帰ってきたらお粥と卵酒を作るから……それを食べて薬を飲んで」
そう言い終えると同時に、小走りにトイレに駆け込む。酒臭さを消すために飲んだ牛乳でさらに気分が悪くなったようだ。それすらも自分のせいのような気がして、まゆりの胸はズキンと痛む。
一応「薬は明日でもいい」と言ってみたものの、ナイチンゲール魂に目覚めてしまった中年男は止まらなかった。
僕は大丈夫、頼むから君はおとなしく寝ててくれ。胃の中のものを吐いて少し元気を取り戻したタナベは、再び雪の降る寒空の下に出かけていった。
あんなに苦しいんなら、大人になっても絶対にお酒なんて飲まないわ。背中を丸めてヨロヨロとリビングを出て行く姿を見送りながら、まゆりはそう心に誓った。
それから一昼夜、タナベの看病は涙なしでは語れないほどに甲斐甲斐しかった。
ドラッグストアから帰ってきたとき、彼はスーパーに買出しにでも行ったのかと思うくらいの大きなビニール袋を下げていた。中には、あらゆる種類の風邪薬、咳止め、栄養ドリンク、ポカリスエット、そしてどういうわけだか生理用品まで入っていた。
お粥と卵酒を食べ、取り上げられていた下着と温かいパジャマに着替えると、心の底からくつろぐのがわかった。熱すぎるお粥をそのまま口に入れようとしたり、汗だくになっているのにさらに夏物のタオルケットを引っ張り出してきて毛布の上に重ねようとしたり、パーフェクトと言えない部分もあったけれど、フラつく体で一生懸命に動きまわってくれるのが嬉しかった。
――やっぱり、彼は悪い人じゃない。
そう思ってから、いかにも姉の富子が言いそうなセリフだと気づき、心の中で苦笑した。でも、別にかまわないと思った。こんなに心配してくれている男の前でつまらない意地を張るなんて、バカバカしくて子供っぽいことだ。そうよね、お姉ちゃん。
昨日までのひどい仕打ちが嘘のように消えていく。まゆりは今、母親に看病してもらっているかのような安らかな気分でいた。部屋は温かく、目を開ければ枕元にはいつでも自分専用の誰かが控えてくれている。こんな気持ちはいつ以来だろう。
夜通し世話をやいてくれたおかげで、一時は38度まで上がった熱も夜明けには下がった。あまりにあっけなく平熱に戻ってしまったので、申し訳ない気分になった。いかにも健康優良児みたいで、少し恥ずかしくもあった。
タナベは心底安心したようだったが、それでも「今日は念のため会社を休んで家にいる」と宣言した。
まゆりは慌てて、もう熱は下がったから会社に行って欲しいと言った。
「私なら大丈夫です。それにほら、今会社を休んだらいろいろ問題あるんじゃないですか。転勤前で忙しいんでしょう?」
「いいんだよ。風邪をひかせてしまったのは僕の責任だし、休みをとるのはサラリーマンの当然の権利なんだから。君は心配しないでゆっくり寝ててくれ」
ゆっくり寝るべきなのはタナベのほうだ。やつれきった顔。無理もない、二日酔いのうえに昨夜は看病で一睡もしていないのだ。
「でも……」
「……なんなら、大阪転勤なんてやめたっていいんだ」
え? まゆりは驚いて目を丸くした。転勤をやめる? 私のために?
「い、いや、すまない。そういうわけにはいかないよな……」
タナベはバスルームから熱いお湯の入った手桶とタオルを持ってくると、固く絞ってまゆりに渡した。
「これで体を拭くといい。僕はあっちへ行ってるから、終わったら呼んでくれ」
そう言うと台所へ行き、何やらカチャカチャと作りはじめた。湯気に乗って食欲をそそる生姜の香りが漂ってくる。
いつもなら私が嫌がっても体の隅々まで拭きたがるのに。まゆりは少しがっかりしながら汗を拭った。
(続く)
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