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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!窓から見える景色が、どんどん変化していく。
ついさっきまで目に映るのはニョキニョキそびえ立つビルばかりだったのに、ぼんやり考えごとをしているとあっという間に住宅街になり、山の中になる。
タナベは新幹線や高速バスで移動するのが好きだ。
一旦席に座ってしまえばそこは家の中にいるのと同じ自分だけの空間だ。落ち着いて読むことの滅多にない推理小説をじっくりめくったり、缶ビールでほろ酔いになってウトウトしたりできるのがいい。普段はさほど魅力を感じない駅弁や冷凍みかんを味わうのも楽しかった。ときには隣の席に座ったおばちゃんがひっきりなしに話しかけてくることもあるけれど、早々にiPodのイヤフォンを着けてしまえばそれも防げる。
毎日乗っている満員電車と違い、基本的に新幹線にはプライバシーというものがある。それはとても重要なことだ。あまり人付き合いが得意ではなく、旅先の繁華街を一人で飲み歩くことも好まないタナベにとっては、“出張の楽しみ=新幹線に乗ること”と言っても過言ではなかった。
しかし、今日は少し勝手が違っている。
東京駅から東海道新幹線に乗るときにはいつも買うことにしている、シウマイ弁当とスーパードライとおやつのアルフォートの三点セットを買わなかった。喉を潤すためのお茶さえも。
朝、家を出る前にまゆりと一緒に朝食を食べたからお腹が空いていないというのもあったが、くつろぎの時間を楽しむ余裕などないというのが正直なところだった。こうしていても、知らないうちに昨夜のことが脳裏に浮かんできてしまう。
登校拒否のひきこもりだった、という告白を聞いたとき、タナベは少なからず驚いた。
「へえ。君みたいにきれいで真面目な子でも、いじめられたりするんだな」
思わずそう言って、まゆりの失笑を買った。こっちに非がなければいじめられないなんて、昭和の時代の幻想だ。しかし、その何もわかっていない呑気な発言は、まゆりをほっこりとした温かい気分にもさせたようだった。
人生も半ばを過ぎた独身男と、ひきこもりの女子校生。一見まったく逆のように思えるけれど、最近では、なんとなく通じ合うものがあるような気がしてきている。居場所がない感じが似ているのかもしれない。
あの心細げに潤んだ目を思い出す。
タナベはまゆりの中の欲望に気がついていた。これまでAVや官能小説の中でしか見たことがなかったけれど、実際に目の前に現われたらすぐにわかった。あれは欲情した女の顔だったと思う。
――もし、あそこであの子を抱いていたら、どうなっていただろう。
タナベは一瞬頭に浮かんだ甘い妄想を振り払う。
いかんいかん、一体何を考えてるんだ。現実の俺はご主人様なんかじゃない。
運よくひきこもりの美少女を監禁した、冴えない独身のロリコンサラリーマンじゃないか。
今日の出張は、半分仕事、半分プライベートだ。
目的地は新大阪。来月から勤務することになる大阪営業所に顔を出し、挨拶と職場の下見をしてから、大急ぎで新居を探す予定でいる。本当ならもっと早い時期に決めておくべきだったのだが、急にまゆりを監禁するというイベントができたので、延び延びになっていたのだ。
小心者の彼は、獲物を残したまま泊りがけで部屋を空ける勇気がなかなか出なかった。それに、少女と濃密な時間を過ごしていくうちに、先のことを考えたくない気分にもなっていた。でも、いつまでもそんなことを言ってはいられない。もう時間的にギリギリだ。
どうせ一人暮らし。条件のいい物件を探そうとしなければ、3月下旬の今の時期でもなんとか部屋は見つかるだろう。ワンルームでも高くても古くてもいい。
今のタナベにとっては、一刻でも早く部屋を決め、一分でも早く少女の待つ部屋に帰ることが何よりも大切だった。あの可愛いらしいほっぺたや白く柔らかいオッパイと一緒にいられる時間は限られているのだ。
大阪営業所の副所長が懇意にしているという不動産屋に到着時間を知らせる携帯メールを打ち、顔をあげると外はすっかり田舎に変わっていた。
どこまでも続く空と山は、まるで作り物の風景画のようだ。
それと同じように、これから行く場所で新しい部屋を探し、二週間後にはそこで暮らしている自分の姿も、作り物のようでまったく現実感がなかった。
――今さらとりやめることなんてできっこない。でも……本当にいいのか。
満員電車に乗って会社に行き、灰色の作業服に着替え、四六時中「もうかりまっか」とか「ぼちぼちでんな」とか言っている人達に混じって働く。これからずっと、そんな毎日を繰り返していくのだろう。
もちろん、その新天地にまゆりはいない。
まゆりはセーラー服でも男物のTシャツでもない、洗いたての温かいパジャマを着て床に寝転がっている。
監禁40日目にして、ようやく自由の身になった。
朝、一緒に冷凍のマルゲリータを食べた後、タナベはあの鬱陶しい足枷をはずしてくれた。そして、大事な用事があるから2日ほど留守にするよと言った。
「4月から勤務する大阪の営業所に用事があるんだ。食べ物は冷蔵庫に入れてあるし、風呂にも好きなときに入ってくれてかまわない。南京錠をかけてあるから外には出られないけど、このリビングの中でなら何をしててもいい。好きなように過ごしててくれ」
キッチンのテーブルの上には、ご丁寧に、観ないまま取り上げられていた『24』のDVDまで置いてある。
私が逃げ出せないよう、これまであんなに念入りに気を配っていたのに、どういう風の吹き回しだろう。
登校拒否兼ひきこもりの訳アリ少女だと知って、逃げっこないと安心したのだろうか。それとも監禁生活もあと10日ほどだと思った途端、気がゆるんだのだろうか。
いずれにしてもツメが甘い、とまゆりは思う。これがもし将棋の対局だったら、渾身の一手が出た途端簡単に勝負をひっくり返されてしまうはずだ。
しかしそう思いながらも、ここを出ようという気は起きなかった。それどころか、部屋の中を動きまわったり窓の外を覗いたりすることさえ億劫だ。風邪はすっかり治って体調もすこぶるいいというのに、まるで見えない鎖で繋がれているようだ。
一応、『24』のDVDも再生してみたけれど、まったく頭に入ってこない。物を食べる気にもならず、ぼんやりとしているうちに一日が過ぎて深夜になってしまった。
することもないのでそろそろ眠ろうかと目を閉じると、知らず知らずのうちに昨夜の出来事が頭に浮かんでくる。
丁寧に言葉を選び、自分の過ちをポツリポツリと告白するタナベの姿は、まるで小学生の子供のようだった。肩を落としていると、小柄な体がさらに小さく見える。
大人の男の人もこんなふうに謝るのだと思うと不思議な気がしたけれど、そうすることのできるタナベを凄いと思った。私にはあんなこと、きっとできない。諦めたかのように自分はダメな人間なのだと言う彼を、慰めたかった。
「そんなことない、立派だわ」と。
着古して首のまわりが伸びたスウェットスーツ。油っ気がなくパサついた髪。体のわりに太い二の腕と大きな手が脳裏に浮かぶ。
一人の夜は寂しい。
いつもなら、あの手にいたぶられている時間なのに――。
まゆりは、自分で胸の膨らみをまさぐった。あのひとの手とは違うけれど、なんとなく気持ちが落ち着く。みるみる固くなった乳首をギュッとつまむ。
「ああっ……」
ぽってりした赤い唇から甘い吐息が漏れる。パンティの中に指を滑り込ませると、汗と愛液でもうじっとり湿っている。タナベはよく「ここに来てから感じやすい体になった」とからかうけれど、もしかしたらそれは本当なのかもしれない。指を動かすと、ピチャピチャと卑猥な音がする。
たまらない気持ちになり、部屋の隅に転がっているオモチャに手を伸ばした。まだ自分でこれを使ったことはない。スイッチを入れて割れ目に当てると、突き抜けるような快感が走った。敏感な突起に優しく歯を立てるときのあの感触。
「おじさま……ああ、気持ちいい……おじさま……!」
思わず、声に出してそうつぶやく。
いつもタナベがそうするように、クリトリスの皮を剥きローターを懸命に押し付ける。内股がヒクヒクと痙攣する。
ああ……イキそう……イク、もう少し……。
そのときだ。何か気配を感じて手を止めた。
うっすらと開いた目に飛び込んできたのは、背広の上にネズミ色のジャンパーを羽織ったタナベの姿だった。
――ど、どうして? 帰ってくるのは明日のはずじゃ……。
タナベは無表情でじっとまゆりの手元に見入っていたが、やがてコートと上着を脱ぎながら近寄ってきた。
まゆりは半泣きの表情で男の顔を見る。
スイッチが入ったままのピンクローターが、けたたましい音をたてて床を跳ね回っている。
「俺の名前を呼びながらオナニーしてたのか」
上半身裸になったタナベの肌は、少し汗臭い。なんとか日帰りできないだろうかと一日中足を棒にして歩きまわっていたせいだ。
「いい子だ。待たせてすまなかったね。さあ、続きをしよう」
中年男のすえた息ともに、生温かい舌がすべりこんでくる。
異性とキスをしたのは、生まれて初めてだった。口の中を生き物が這いずり回るような快感。秘部からトロリと熱いものが流れ出すのがわかる。全身の力が抜けていく。
まゆりは男の腕をしっかりとつかみ、目を閉じた。
(続く)
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