THE ABLIFE July 2011
「あぶらいふ」厳選連載! アブノーマルな性を生きるすべての人へ
縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
いまで言えば、いわゆるM的妄想とよぶべきものなのだろう。
私1人に、三十人の若い女性の肉体が、いちどきに襲いかかってくるのだ。
そして、私は無抵抗なのだ。なんという甘美な無抵抗。
私は足をつかまれて倒され、引きずられ、のしかかられ、
腹にも胸にも、足にも腕にも彼女たちの肉体の重量を受けて、
みじめにおさえこまれるのだ。
私1人に、三十人の若い女性の肉体が、いちどきに襲いかかってくるのだ。
そして、私は無抵抗なのだ。なんという甘美な無抵抗。
私は足をつかまれて倒され、引きずられ、のしかかられ、
腹にも胸にも、足にも腕にも彼女たちの肉体の重量を受けて、
みじめにおさえこまれるのだ。
「ねえ、きみ。きみは、ぼくのように、自涜をしないの?」
と、あるとき、上級生の三上が、いつものように重苦しい声で私の耳元でささやいた。
校庭の片隅に立つ、古く黒ずんだ桜の木のねもとの、うす暗い場所だった。
顔じゅうを赤黒いニキビでふくらませた三上の容貌が近寄ってくると、私は忌まわしい気分になり、足をすくませてしまう。なにかの呪縛にかかったように、逃げることができなくなってしまう。
三上のニキビは、鼻の先端とその周辺に集中しており、そのために顔面の中央部だけが不釣合いに盛りあがって、私にせまってくるのだ。きみは自涜をしないのか、と重く暗い声で彼はささやいてくるのだが、私はいつも首を横にふるだけで、黙っていた。
「ウソだろう」
と、三上は赤黒く盛りあがった鼻の先をゆがめ、嘲るように笑った。
「正直に言えよ。ぼくがこんなに素直に告白してるんだからさ」
と、三上は言ったが、ウソではなかった。
七十年むかしの自分のあれこれを、いまたどってみても、中学一年生のときにオナニーを始めていたという記憶は乏しい。
少年時代のオナニーの経験を、恥ずかしいからここに書かない、というわけではない。
このときから数年たった戦後すぐの時代になると、私はいま思い出しても、あきれかえるほど強烈な、言ってみれば「オナニー地獄」とでも形容したいような行為に溺れこむのだ。そのことを、あとでこまかく書こうと思っているのだ(これを書かなかったら、快楽遺書などとは言えない、とまで思っている)。
オナニーの経験の有無は、このころの私の記憶に希薄なのだが、当時少年期の私の脳裏に棲みついていた妄想があった。
その妄想は、いまで言えば、きわめてM的なものであった。つまり、快楽妄想である。
「縛」という文字にとりつかれ、新聞活字の中の「縛」の一字だけを見ても股間を熱くさせてしまうこの時代の私が、同時に一方ではM的な妄想にふける。
こういう現象は、この心情世界に縁のない人たちには不合理な、不可解な、不自然なことのように思えるだろうが、多少なりとも、この性向をもつ人にとっては、男女を問わず、ある(女性のほうが顕著といってもよい)。
ないほうが不自然だと、私は思う。
性心理学のような学問的な奥深い分析をして明解に説明することは、私にはできない。
私に言えるのは、同じ性的嗜好をもつ多くの人たち(男女とも)と、過去五十年以上接してきた経験による現象的な事実だけである。
この時代の私の妄想情景は、つぎのようなものである。
畳敷き、ニ百畳ほどの広い和室がある。
私のイメージでは、そこは、柔道の道場なのである。
私は中学生時代、柔道部にいたのだ。
べつに柔道が好きだったわけではない。
学校の規約で、学生はすぺて剣道部か柔道部に入らなければならなかったのだ。
私は単純に殴り合いが嫌いだったので剣道部を敬遠し、柔道部を選んだだけであった。
私は柔道衣姿で、その二百畳敷きの広い道場の端の壁際に立つ。
そして、合図と同時に駆けだし、道場内を走って横切り、反対側の壁に到達しなければならない。その距離は百メートルほどであろうか。
だが、その広い柔道場の中央に、若い女性が約三十人、横一列に並んで、私が突進するのをさえぎり、妨害するのである。ただの妨害ではない。
私1人に、三十人の女性が列を乱していっせいに襲いかかるのである。
彼女たちも全員が柔道衣を着ている。すべて純白で、まぶしいような柔道衣である。
武器のようなものは一つも持っていない。素手である。もちろん、私も素手である。
彼女たちがならぶ列を突破し、走りぬけて、反対側の壁に到達できれば、私の勝ちである。
途中で、彼女たちに私の体がおさえこまれ、動けなくなれば、私の負けである。
つまり、これはゲームであった。
男一人・対・女三十人の単純な格闘ゲームであった。
単純ではあるが、なんと悩ましいゲームであったろうか。
私はこの時代、毎夜毎夜、布団の中で目を閉じ、一心に精神を集中させて、この妄想にふけるのだ。
まるで就眠儀式のように。
そして、その妄想に浸りながら、なんとも甘い、楽しい、しあわせな気分で眠りにつく。
いまで言えば、いわゆるM的妄想とよぶべきものなのだろう。
私1人に、三十人の若い女性の肉体が、いちどきに襲いかかってくるのだ。
そして、私は無抵抗なのだ。なんという甘美な無抵抗。
私は足をつかまれて倒され、引きずられ、のしかかられ、腹にも胸にも、足にも腕にも彼女たちの肉体の重量を受けて、みじめにおさえこまれるのだ。
顔面を彼女たちの足の裏に踏まれ、ぎゅうぎゅうねじられる。
目も鼻も口も、彼女たちの素足に玩弄される。
私は抵抗しない。彼女たちの蹂躙にまかせるままである。
眠りにつく前の布団の中でこういう妄想を抱いても、このとき私は同時にオナニーをしたという記憶がない。
そしてまた「性夢」というものも、あまりみたことがない。
彼女たちとの甘美な格闘技のつづきを夢にみて、その夢の中で「夢精」をしてもよかったのだと思うが、その記憶もない。
言ってみれば私は精神的な満足感を味わいながら、眠ってしまうのだ。
それはまだ私の体が、成熟前だったせいなのだろうか。
(続く)
『濡木痴夢男の秘蔵緊縛コレクション1「悲願」(不二企画)』
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