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アブノーマルな性を生きる全ての人へ
縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
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スペインの宮廷画家ベラスケスに
「鏡を見るヴィーナス」という名画がある。
全裸のヴィーナスが背面を見せて
ベッドの上に横たわっている絵である。
このヴィーナスの背面の全裸図はまことに美しく、また官能的であり、
生きている落花さんの裸身に酷似している。

八十三歳にもなって、こんな「猥褻快楽遺書」なんていう駄文を、毎月毎月いい気になって書き続けられるなんていうのは、考えてみれば、こんなしあわせなことはない。

それもこれも、落花さんという女性がいるからであって、彼女がいなかったら、とてもこんな前向きの助平ごころなんか起きゃしない。

彼女も多忙な社会人なのに、よくまあこんなうす汚いくそじじいにつきあってくれるよ。

ヒマをみてはあちこちの芝居やショーや映画を、一緒に観て歩いている(ただし彼女と私のことだから、観るのはすべてひと癖もふた癖もあり、ひとひねりもふたひねりもある芝居や映画ばかりである)。

落花さんは美人であり、着ているものも地味ではあるがセンスがいいので、はじめて入った店の人なんかに、映画・演劇関係に働く人間によくまちがえられる。

このあいだも、廃絶寸前の或る特殊な映画館に行ったとき、その館に隣接したカレーライス屋で、その店の主人に声をかけられた。

「いいえ、ちがいますよ」
と、私も彼女も首を横にふった。

「あなたは美人だから、芸能界の人だと思われるんだよ」
と、私は彼女に言った。

「先生にそういう雰囲気があるからですよ」

カレーライスを口に運びながら彼女は言い、また、
「私が先生、先生といって話しかけるから、何か芸能関係の人だと思われたんじゃないかしら」
とも言った。

「着ているものはこんなボロでも、そういうオーラみたいなものがおれにはあるのかもしれないな」





この連載の中でもときどき書いているが、現在でも私はアマチュア芝居の舞台に立つ。いや、それ以前に、かつてはSM映像の制作現場のカメラの前に何百回も全身をさらしている。

堅気の人とはちがう、いかがわしいオーラみたいなものが、埃のように体にしみついていても、ふしぎではないのだ。

そのように見られたとしても、私はべつに悪い気はしない。いい気分になることもなければ、後ろめたい気持ちにもならない。

考えてみれば、私はこれまで堅気といえるような仕事についたことがないのだから、仕方がない。

けれど私は生まれつき臆病者で、度胸なんてものはクスリにしたくてもないいくじなしなので、性格は堅気以上に堅気だと思っている。

落花さんは派手ではないがどこが底光りするような美人なので、一緒に電車などに乗っていると、見知らぬ他人から、じいっとみつめられていることがある。もちろんみつめるのは、ほとんど男である。

(いい女だなあ......)
というような目の色で、ときには呆然として表情で落花さんを見ている。

ふつうはそういうとき、その女性と一緒にいる男は内心得意になるらしいのだが、私にはない。凝視を長くつづけている男に対して(無礼なやつだ)とさげすんだりはする。

落花さんはその種の男の視線には慣れているらしく、いつも平然としている。

スペインの宮廷画家ベラスケスに「鏡を見るヴィーナス」という名画がある。全裸のヴィーナスが背面を見せてベッドの上に横たわっている絵である。

このヴィーナスの背面の全裸図はまことに美しく、また官能的であり、生きている落花さんの裸身に酷似している。首筋、肩、背骨を中心とする背中の肉づき、ウェストの細さ、尻からの脚の形までが繊細な陰影で緻密に描かれ、全体の雰囲気が落花さんそっくりなのである。

この絵を見ると私はいつも落花さんの裸を身近に感じて、たちまち欲情してしまう。


Wikipedia『鏡のヴィーナス』より
作者 ディエゴ・ベラスケス
制作年 1647年 - 1651年頃
素材 油彩
寸法 122 cm × 177 cm (48 in × 70 in)
所蔵 ナショナルギャラリー(ロンドン)


これまでに何度か書いてきたが、私は女性のぐちゃぐちゃに水分をふくんだ性器は好きではないのだが、その部分以外の女性の肉体は好きなのだ。人並み以上に好きなのだ。好きだからこそ、こうやって、直接女体に執念ぶかくまとわりつく仕事から離れられないのだ(女体のあのぐちゃぐちゃの部分だけが好きで、あとはどうでもいい、というのが大多数の男であろう。そういう多数派にくらべて私は明らかに少数派である)。

ベラスケスの描いたヴィーナスは、スペイン人画家の情念がこもっていて、尻の肉がやや豊満に過ぎる。大きすぎて扇情的である。

落花さんのお尻はこの絵のようなオーバーな扇情味はなく、若々しく引き締まった理想的な丸みで、寸分の隙もなく美しい。ベージュ色のショーツでびっちりと包まれているその尻肉の眺めは、いつ見ても美しくエロティックで、それが目の前で呼吸していると陶酔感に襲われ、ボーッとなる。私は両手で撫でまわし、頬ずりしてしまう。このときの私は下着フェティシズムの快楽にどっぷりと浸っている。つまり下着をつけていたほうが欲情するのだ。

落花さんのウエストのくびれ加減、下腹部もやさしくなだらかに、理想的なカーブを描いて美しい。

前述の小さな映画館のそばのカレーショップで、映画の始まる前に、私の目の前でぺろりとひと皿のカレーライスを食べ終えるのを見ていると、私は思わず、
(食べすぎてお腹に肉がつきませんように)
と祈ってしまう。

腹の出た落花さんを想像すると、ちょっと悲しい。自分のメタボ腹を棚に上げて、私はそんなよけいな心配をする。

さて、こんなにも美しい、まだ三十前の若い女性が、なぜ私のようなむさくるしい、超高齢者で、しかも貧乏人のじじいにつき合って、芝居や映画を観たり、ラブホへ行ったりしてくれるのでしょうか。

みなさん、わかりますか?

え、そんなこと、とっくにわかっている?

そうです。彼女が、なぜ私のような足の短い腹のつき出た死に損ないの醜怪な老人とつき合っているか、それは、私が濡木痴夢男だからです。

頭のいい濡木痴夢男だからです。顔や体の格好よりも、やや偏ってはいるが、上質の頭脳の持ち主だからです。

外見にとらわれることなく、男の頭の中身の上等さを理解してつき合ってくれるというのは、世の中の常の女性たちとちがって、彼女もまた、私と同等同質の頭脳の持ち主だからです。

なんて偉そうなことを言っても、私の頭脳の中身なんて、SMを感覚的に理解するだけのものだからなあ。SM以外のことに関しては、まるきり阿呆みたいなものだからなあ(落花さんはSM感覚以外の才能も知識も豊富に持っている女性です。くやしいけど、とてもかなわない)。





ま、要するに彼女と私とは、ウマが合うということなのでしょう。

ウマが合う?

ウマが合うとよく言うけど、本当はどういう意味なのか。
調べてみた。

「気が合う、意気投合する」
だそうであります。かんたんでありました。

ま、それでもいいでしょう。

私にとって落花さんは、ベラスケスの描いたヴィーナスよりも美しく、エロティックであり、私に生命力を与えてくれる存在であります。

それでいい。それだけで上等であります。

じつはきょう「女王様」を職業としているらしい○○○○という未知のバカ女から、いきなり電話が掛かってきて、その女の言葉づかいの悪さにあきれ、あまりの愚鈍さに腹が立ち、くらべて(くらべてはいけないのだが)落花さんの頭脳の明晰さを、しみじみと反芻してしまったというわけであります。

(続く)

『濡木痴夢男の秘蔵緊縛コレクション1「悲願」(不二企画)


品番:KC-01
発売:2010年06月24日
収録時間:91分
販売元:不二企画

メーカーサイトで作品詳細を確認・購入する>>>こちら

『濡木痴夢男の秘蔵緊縛コレクション2「熱祷」(不二企画)


品番:KC-02
発売:2010年09月02日
収録時間:87分
販売元:不二企画

メーカーサイトで作品詳細を確認・購入する>>>こちら

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緊美研.com

濡木痴夢男のおしゃべり芝居

風俗資料館

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濡木痴夢男 1930年、東京都生まれ。SM雑誌『裏窓』『サスペンス・マガジン』の編集長を務めるかたわら、『奇譚クラブ』他三十数誌に小説を発表。1985年に「緊縛美研究会」を発足し、ビデオ製作や『日本緊縛写真史』(自由国民社)の監修にあたる。著書多数。近著に『緊縛☆命あるかぎり』(河出文庫)。
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