WEB SNIPER Cinema Review!!
愛とユーモア溢れるハートフル・ストーリー
大好きな『スター・トレック』の脚本コンテストのため500ページの力作を抱えてハリウッドを目指す、自閉症のウェンディ。初めて体験する一人旅には、誰にも明かしていない本当の目的が秘められていた――。 2018年9月7日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
『500ページの夢の束』は、「ひたむき」というものを過去に置き忘れてきた筆者に、温かい感動と涙する機会を与えてくれた作品。大人になると多忙な日々に追われ、夢や希望といった若かりし頃に抱いていたことさえ、思い出す間もないのが現実だ。
意を決し、自立支援ホームから愛犬のピートと共に旅立った、ヒロイン・ウェンディ(ダコタ・ファニング)。目的地は、数百キロ離れたパラマウント。胸に500ページにも及ぶ大切な脚本と夢を抱えて......。いったいどのくらい遠いのだろう、バスはどれに乗ればいいのだろう、いくら必要なのだろう、些細なことでさえ、ウェンディには理解できないまま、行かなくちゃという思いだけで旅へ。時々出会う愛情豊かな人々に見守られて順調に旅は進もうとするが、その反面、コミュニケーションがうまく取れないウェンディに悪さをする輩にも遭遇する。一歩進んで、二歩後退。行く先々で不運に見舞われ、その都度、独特の発想でその壁を打ち破って行く。その発想がユニークで大胆で、一つひとつにハラハラドキドキ、頑張れ! 大丈夫!って、思わず拳を握ってしまうのだ。
自閉症のヒロイン・ウェンディは本当に純粋で、一途な少女。自閉症というと、決められたルーティーン以外のことをすれば、突如パニックを起こすことも多い印象だ。頑固で偏屈といった偏見を持たれてしまうことが多いが、実は、大の『スター・トレック』好きで、その知識は誰にも負けないという自信も彼女のバックボーン。彼女の趣味は『スター・トレック』の脚本を書くこと。ニュースで『スター・トレック』誕生50周年を記念した脚本コンテストが開催されることを知り、これは私にとってチャンス!と一念発起するわけだ。自分なりの最高作品を仕上げ、後は期日までに送ればいいだけなのだが、そんな簡単なことを日常に組み込んでいく作業がまた難関なわけで......。自立支援ホームからウェンディとピートが突如姿を消したことで大騒ぎ。オードリー・スコッティ・ウェンディの3つの旅が並行するという物語だ。それぞれの旅路とスリリングな展開は、旅に同行している錯覚を起こしながら一喜一憂して見入ってしまう。
姉・オードリー(アリス・イヴ)は、幼い頃から妹との付き合い方で悩んでいる人物。それでも愛してやまないたった一人の妹。幼少期の姉妹がピアノで遊んでいるビデオをオードリーが鑑賞するシーンは、冒頭だが、オードリーの抱える葛藤が瞬時に脳内を駆け巡って、思わず目頭が熱くなる。肉親だというのに、ウェンディを理解してあげられない、受け止めてあげられない、分かり合えない、そんな自分が嫌なんだろうな。嫌いになれたらもっと楽なのに、でも愛しているから......。近寄れば遠ざかる、離れればもっと遠くなる、そんなせめぎ合いの中で二人は生きてきたに違いない。筆者にも姉がいる。姉に対して憧れもある一方、姉と自分は違うんだという反発心や劣等感もどこかにあるものだ。だからこそ、距離感への戸惑いも生まれてくる。感受性豊かなウェンディなら尚更、姉との違いをもっと痛いくらい感じているのだろう。
ウェンディを支えるソーシャルワーカーのスコッティ(トニ・コレット)。彼女もまた、思春期の息子に手こずる人物だ。献身的にウェンディの世話をする一方、家庭を犠牲にせざるを得ない部分もある。登場人物それぞれが異なる葛藤を抱え、失敗と達成を繰り返しながら前進して行く。目標を掲げれば、そこへ向かって一直線に行けばいいのかも知れない。けれど、自閉症という障がいのため、一直線に行くことでかえってややこしい結果にもなりかねないわけで、わざわざ遠回りして糸が絡まるのを回避しようとするのだ。それがいい結果に結びつくこともあれば、やっぱりこじれてしまうことも......。見ててもどかしい。
筆者は『スター・トレック』について正直詳しくない。最初はそこの部分で不安を感じていたけれど、その辺りは全く心配なし。登場する『スター・トレック』好きたちが発する不可思議な言葉の数々に、知らないからこそ「え? なんだって?」と、クスッと笑っちゃったというのが本音。ガンダム好きがガンダムを熱く語りまくるように、『スター・トレック』を愛する人たちの団結力に笑いが止まらない。愛犬ピートも物語の鍵。ピートがいたから頑張れる、けれど一緒だから起きる災難もある。チワワのピートがいつも泣きそうな瞳をウルウルさせてて本当に可愛いんだけど、ウェンディに優しくすり寄ったり、困らせたりで、要所要所でとんでもない大物感を出しているのだ。トコトコついて来たかと思えば、バスでおしっこをしてウェンディをどん底に突き落とすし、ピートが『スター・トレック』の服を着ていたことがきっかけで、ウェンディを探す手掛かりになることもあるし、何だか憎めないヤツなわけです。
バス・徒歩と一向に距離が縮まる気配を見せない旅路を、ひたむきにパラマウントまで歩むウェンディ。脚本を届けるという大任務を遂行する単純な物語のように感じるが、実はウェンディにはそれを達成することと同時に、ある願いがあった。自分の殻を破るって難しいけれど、すごく大事。大人になるにつれ、理性でいろんなことをコントロールするようになるが、人にどう見られるかより、自分がどうありたいかを考え、時には常識を打ち破って進む勇気も必要。閉鎖された世界から無我夢中で飛び出す勇姿は本当に感動する。常識やルールというものさしに縛られている自分の日常が妙にダサく感じてしまった。上映後は、涙と鼻水で、とてもじゃないけど顔を上げられなかったが、心が浄化されて体が軽くなった気がする。デトックス効果抜群のハートフルストーリーは必見。
文=角由紀子
「500ページの脚本」をリュックに、「ある願い」を胸に――
愛犬と共にハリウッドを目ざす初めての旅の行方は!?
『500ページの夢の束』
2018年9月7日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
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