WEB SNIPER Cinema Review!!
大人になってしまった人、やがて大人になる人たちへ
あの頃、何よりも君に心奪われていた。でも、どうしても想いを伝えられなかった――。2011年に台湾で大ヒットを記録した同名作品が、舞台を日本に移し、旬の若手俳優たちにより新たな物語として生まれ変わる。
10月5日(金) TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
誰しも、高校時代にはいろいろなエピソードがあるだろう。大学受験を控え、勉強だってしなければならない大事な時期だが、友人たちと意味のないことで盛り上がる時間も大切だ。単なるクラスメートだった女子が急に特別な存在に感じることだってある。筆者も高校時代が一番充実していたし、現実味のない夢をぼんやりと思い浮かべ、どんな大人になるのだろうなんて想像もしていた。今が楽しくて、ずっとこのままでいたいという思いがどこかにあったのも事実。当時の思い出を振り返ると、やることすべてが幼稚で動機などなくて、いかに人として未完成な時期だったのかを知り、恥ずかしくなる。
本作は、性格も容姿も違う男女7人の仲間が、それぞれの青春を精一杯謳歌する物語だ。主人公の水島浩介(山田裕貴)は、代々続く地元の小さな豆腐店の息子。中国武道に打ち込んで1年、鍛え上げてきたつもりだが、友人のナルシスト・町田健人(國島直希)にはどうしても敵わない。武道に熱を上げる根性はあっても、大学受験を控えているとは思えない成績。特に数学が苦手で、受験も半ば諦め気味だ。遊びには手を抜かない一方、どうしても勉強では行き詰まる。学校は校則が厳しく、天パーの浩介は生活指導の教師に目をつけられてしまう。そんな浩介を見かねた教師が取った策は、クラスでも評判の優等生・早瀬真愛(齋藤飛鳥)の前の席に移動させることだった。
真愛は地元でも有名な開業医の娘で、凛とした眼差しと意思の強さを持った人物。性格も過ごした環境も真逆な二人。滑稽なのは、お互いに面倒な奴に関わることになってしまったという感情がちらほら垣間見えるシーンだ。
いい加減な性格だと思われていた浩介だが、ある日教科書を忘れた真愛に、さりげなく自分の教科書を渡し、自分が罰を受けるという予想外な行動を見せたことから、真愛の浩介に対する見方に変化が出てくる。「数学のテスト作ってきたからやってみて」と強引に渡し、浩介の手助けをしようとし始める。しかし、浩介は面倒そうにしぶしぶその手作りテストを始めたものの、間違いばかり。授業中、眠っていたら青いペンで背中のワイシャツを突かれ、勉強せよと真愛に目で訴えかけられる。自分には何ら利益のないことなのに、浩介の数学の面倒を見続ける真愛の熱心さに後押しされるように、毎日手渡される手作りのテストに浩介は次第に向き合うようになっていく。そして、真愛には到底勝つことなどできないのに、成績を争って、やってやろうじゃないかと奮起する決意を表明し、机に向かってひたすら真愛から借りた参考書で勉強とようやく向かい合うようになる。
高校時代は、どちらかといえば女子のほうが大人びている。男子はいつまでも悪ふざけが大好きで、心の成長が女子に比べて圧倒的に追いつかないのだろう。そのバカさ加減や仲間とのじゃれあいは、社会に出るとそうした関係も徐々に変化していかざるを得ないからこそ、いつまでも鮮明に残るものなのかも知れない。筆者も同じ。高校時代はやっぱり一番戻りたい時間だ。大人になって自立することへの憧れはあっても、夢やなりたい大人像にどう向かっていけばいいのか分からない葛藤や自分の限界に苦しんでいた。今は、あの頃なりたかった大人になっているかと聞かれれば、きっとそうだとは自信を持っていえない。だからこそ、彼らが自分の将来像をきちんと考えようとしている姿は、とても眩しく感じた。そして、決めた目標に向かって、ひたすら突き進んでいく姿は、どれも光輝いている。浩介の言葉が一番印象に残っている。「俺がいるだけで、少し世界を変えられるようになりたい」。謙虚だけど、芯のあるしっかりした思いが胸に刺さった。
浩介と真愛は、朝と放課後に二人で勉強をし始め、やがて距離を縮めていく。気が合わないと思っていた相手に対して友情が芽生え、やがて異性としての特別な感情を持ち始めるのだ。だが、思春期真っ只中で素直になれず、浩介は思いを打ち明けることができない。卒業という期限が迫ってくるのを感じていても、身動きできない浩介は、真愛をとても大切に思っていたのだろう。恋愛ばかりにうつつを抜かしていられず、乗り越えなければならない受験という現実もある。どこか間抜けで、でも根っからいい奴で、みんなにとってムードメーカーという存在の浩介が、好きというシンプルな言葉さえも伝えられずにもがく姿は、好感が持てたし、無性に応援したくなった。
浩介の飄々とした性格が培われたのは、家庭環境の影響が大きいのだろう。物語の序盤から登場する浩介の家族は、実に愉快だ。浩介と父親は、母親がいようと家の中では全裸。パンツ1枚すら穿かない。オープンで何でも話せて過干渉しない両親の元で、素直でのびのび育ってきたのがよく分かる。浩介宅のシーンはどれも思わず笑ってしまうし、ツッコミどころ満載。真面目なお嬢様の真愛にとっても、そんな自由な環境で育ってきた浩介は、きっと衝撃的で新鮮な存在だったに違いない。
徐々に近づきつつあった浩介と真愛だが、真愛は東京の医学部へ、浩介は地元の大学へ進学することになる。離れても二人は電話や真愛の帰省で接触する機会があった。しかし、まだ自分が本当にやりたいことを見つけられずにもがく浩介は、本当にこれが正解なのかと自問自答を繰り返す。一方、真愛は勇敢にどんどん新たな道を切り開き、自分の夢を叶えようと前進していた。そこで起こる二人の価値観のズレ・一向に変化のない距離感・まだまだやりたいことがあるという思いなどもあり、近づきかけた二人の未来予想図には大きな変化が現われる。
大人になると打算的になり、自分にとっての利益や損得ばかり頭によぎってしまうことが多くなるのかも知れない。大人になった今、こうした青春映画を観ると、童心に返ることがいかに大切かを痛感する。そして、今から大人へと成長していく人にも観て欲しい。夢や憧れを持ち、自分の気持ちに素直になって今を一生懸命生きることが、なりたい自分に近づくことだと知って欲しい。切ない物語のはずなのに、なぜか時折自分と重なる部分を見つけると、つい笑ってしまう懐かしい映画だ。きっといろんなことに夢中だった青春時代に戻った気分で、清々しい思いになれるはず。そして、夢中で駆け抜けた戻らぬ時間や仲間との絆の大切さを改めて実感できるだろう。
文=角由紀子
この秋、誰もがきっと、愛おしかった「あの頃」を思い出す――
『あの頃、君を追いかけた』
10月5日(金) TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
関連リンク
映画『あの頃、君を追いかけた』公式サイト
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