WEB SNIPER Cinema Review!!
果てなき欲望とモラルが交錯する 緊迫のサスペンス
ある日突然、たった2分間の猶予しか与えられず、長年暮らしてきた家から強制退去させられることになった無職のシングルファザー、デニス・ナッシュ(アンドリュー・ガーフィールド)。家族の思い出が詰まった家を取り戻そうとするナッシュは、自分たちを追い出した不動産ブローカー、リック・カーバー(マイケル・シャノン)に金で釣られて彼の儲け話に手を染めていく――。リーマン・ショック後のアメリカを舞台に、金、欲望、モラルの狭間で人生を狂わせていく男たちを描いたサスペンス。ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開中
サイコパスの不動産会社社長、マイケル・シャノンが最高!見てるだけでムカムカしてくる、しかも警官がこいつの手下みたいになっているじゃねーの、腐ったアメリカを体現する男! この傲岸不遜なスーツ野郎が高そうなRVで乗りつけ、スマホ片手に、ローンの支払いが遅れた家族を片っ端から追い出していく。その猶予は2分。警官と一緒に土足で(アメリカだからどこも土足なんだけど)家に乗り込んで、「残念ですが、必要な荷物をまとめて今すぐここから出てください」と告げる。警察官は銃を持っているし、逆らっても最終的に刑務所にぶち込まれるか射殺されるだけ......。言われた通りに荷物をまとめて出るしかない惨めさに、ここは弱肉強食のアメリカ、今でも開拓地だぜ!という暗い興奮が湧き上がる。
アンドリュー・ガーフィールド演じる主人公は、息子と母親の3人暮らし。不況で仕事のギャラも払われず、次の仕事も見つからない。やがて彼の元にもこの不動産男がやってくる。最悪のタイミングで子供も帰宅し、スクールバスからは同級生たちが見下ろしている。続々と運び出されて庭に積み上げられていく家財道具に、ガーフィールドの「高校まではイケてたんだろうな」感あるさわやかさがものがなしい。町外れの「追放者たちの村」じみた安モーテルへと移った主人公は、偶然の成り行きで当の追い出し屋の仕事を請け負うようになる。引き換えに高額の報酬を得られるようになるが、ある日ついに息子の同級生一家を追い出すことになり、とストーリーは続いていく。
リーマンショック後にアメリカで多発した、住宅ローン破綻者からの自宅の取り上げ。本作の見所はなんといってもその「追い出し」シーンで、イラン系アメリカ人のラミン・バーラニ監督(脚本でイラン人監督のアミール・ナデリも参加している)はこれでもかと、無垢で、無力で、小市民といった感じの人々を出してくる。法のもと容赦なく追い出されていく、独居老人、黒人、アジア系移民、etc......。ひどい、ひどすぎるよ!でもそんな場面がもっと見たい! 仕事を覚えた主人公は、「鍵を渡せば3000ドル」とかいう「よくわからないけど、絶対サインしてはいけない」風のアメリカ感みなぎる書類を駆使しはじめ、シャノンの信頼を勝ち得ていく。いつの間にか悪徳業者にどっぷりの彼なのだが、それもあくまで住み慣れた自宅を取り戻すため。しかしシャノンは「家なんて箱に過ぎないから、思い入れを抱くな」と忠告する。家はただの投資対象なのか、それとも心と結びついた身体の一部なのか。主人公は揺れ動く。
本作のマイケル・シャノンをみていると、やはり社会的成功者としてのサイコパスを描いた去年のアメリカ映画『ナイトクローラー』(ダン・ギルロイ監督)の主人公、ジェイク・ギレンホールを思い出す。けど内面が完全なまでに空っぽだったギレンホールに比べ、シャノンには愁嘆場を前にして顔を歪めるような一面もある。そんな人間がどうやって作られたのか、予告編にも出てきた「ノアの箱舟に乗れるのは1%だ、残りの99%は溺れ死ぬ」というセリフから、この不遜な男のモチベーションもまた恐怖だった、ということが明らかになっていく。そこにかつて演じた『テイク・シェルター』(ジェフ・ニコルズ監督)の狂った主人公も重なり、シャノンは鉄仮面じみた顔の奥に恐怖にかられた子供のような魂を感じさせる役が、ほんとによく似合う。映画の後半には、追い出す家の住人を「サン」と呼んで見下していたこの男が、投資会社の人間からは「サン」と呼ばれている、そんな場面がさりげなく描かれる。彼もまたより巨大なシステムを前に、汚れ役を引き受ける末端でしかなかった。そこにある割り切りという名の諦めに、なにかアメリカの寂しさのようなものを感じてグッときた。
本作にはもう一つ、アメリカ保守派の誇る「銃をもつ自由」のある意味平等な側面が感じられて面白い。民間業者であるシャノンが警官と一緒に行動するのは、家主も武装しているかもしれないからだ。そのため警官という「より大きな武力」の担保で、無用な摩擦をさけている。それでも、形式上だけでも、両方に武装する権利が留保されている。家主、追い出し屋双方が口にする「お前は不法侵入だ」というセリフと相まって、自分の住む土地への強烈な所有意識、その集合体としてのアメリカという精神を強く感じた。
それにしてもこれも日本の未来なんじゃねーかと、観ていて落ち込んでくる(日本でも一時、マンションでの鍵付け替えとかの追い出しが問題になったし)。本作を観ていて思い出したのがヴィットリオ・デ・シーカ監督の『屋根』で、これは一晩のうちに他人の土地に家を建てようとする家族と、警察の攻防戦を描いた1956年のイタリア映画。イタリアでは居住者の権利というのが重視されていて、たとえ不法占拠でも、家が建つと勝手に撤去できなくなってしまうのだ。この居住者重視の法体系はヨーロッパに広く行き渡っているらしく、たとえばイギリスにはスクウォットと呼ばれる「空き家にカギを破壊して侵入し、自分のカギに付け替えたところで居住権を主張して家賃を払わずに住みつく」という文化がある。ベルリンでは街で一番有名なクラブがやっぱり不法占拠した建物で家賃を一銭も払わないまま営業していたり(ベルリンの不法占拠には第二次世界大戦にまでさかのぼるまた別の事情もある)、マイケル・シャノンみたいな人間が発生するか否か、それはその国の法律次第なのだ。
いまのところ本作のような状況に陥っていない日本も、ヨーロッパほど居住者の権利は強くない。ぜひヨーロッパ型に舵を切り、「限界集落化した団地に正体不明の自称芸術家が家賃も払わず住みつき排除もできないマジやばいと思ったらそのまま観光名所化した」とか、ベルリン旧東地区みたいなカオスな未来が訪れてほしい。私はそう願わずにいられないのである。
文=ターHELL穴トミヤ
「家」それは家族の絆 還る場所 そして儚い夢――
『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開中
関連リンク
関連記事
この映画は「ゾンダーコマンド」というかっこいい響きの言葉を教えてくれ、その言葉を永遠に使いたくなくなるようにして終わる 映画『サウルの息子』公開中!!