WEB SNIPER Cinema Review!!
第71回カンヌ映画祭 監督週間出品 2018サンダンス映画祭 ミッドナイト部門出品
過去のある男レッド(ニコラス・ケイジ)は、愛する女性マンディ(アンドレア・ライズブロー)を兇暴なカルト教団に奪われてしまう。怒り狂ったレッドはオリジナルの武器を携えて復讐に向かうが――。
衝撃満載の血みどろ復讐アクション!新宿シネマカリテほかにて公開中
本作の舞台は1983年のアメリカ(だが狂いすぎていて、もしかしたら地球上の話ではないのかとすら思える)。その登場人物、ほぼ全員の瞳孔がばっくり開いているのがすごい。近年、カナダを始め、アメリカ各州、ヨーロッパ各地でマリファナが合法化、または非犯罪化されていっているが、これこそ人類が新たな瞳孔ばっくり世紀を迎えようとしている、2018年の傑作。映画が地獄体験そのものとなるかのような、偉大なドラッグ・ムーヴィーなのだ。
物語はこんな文章から始まる。俺が死んだら。深く埋めてくれ。足元にはスピーカーを置いてくれ。頭にはヘッドホンをかけてくれ。そしてロックン・ロールをかけてくれ。俺が死んだら......。バックには悲壮なキング・クリムゾン「Starless」が流れ、ベトナム戦争映画のような森の空撮が始まる。ニコラス・ケイジ演じる主人公は、林業をして暮らしている。カーラジオからは、レーガン大統領のキリスト教右派的な演説(アメリカは今かつてないほどの栄光に包まれている。民衆は古くからのモラルを良しとし、ポルノグラフィや中絶を認めない......)が流れ、家には妻が待ち、彼女はマリファナをふかしながら、絵を描いている。世俗から離れた、平和な生活。二人がまどろみ宇宙について語らう姿、同じシーンなのに赤、紫、青に緑と、照明の色が変わりすぎだろ!いや、彼らはLSDのゆりかごに揺られているのだ。
アンドレア・ライズブロー演じる妻は、本作の中でも輪をかけて瞳孔が開いており、大体いつも黒目しかない。彼女はピュアであり、神聖であり、人というよりむしろ鹿なのかもしれない。森を、夕日なのか朝日なのか判然としない時間のなか散歩し、子鹿の死骸を見つけて涙する。その顔に落ちる、木漏れ日の影。風にゆらめく髪。すべてが観るものを、幻覚夢幻の世界へと誘い込んでくる。湖に浮かぶボート、仲睦まじい二人を囲む、水面の波紋。突然スクリーンを覆う炎。バックではヨハン・ヨハンソンによるオーロラのような旋律が響き、水、火、そして森、原始の頃から変わらぬ、生活がそこにはあった。
彼らは自宅で食事をとっている。ブラウン管のTVで流れているのはどうしようもなくB級感ただようSF作品(82年に公開されたトロマ映画『魔獣星人ナイトビースト』ドン・ドーラー監督 )。しかし二人の目は完全にマジだ。ニコラス・ケイジにいたっては、手元の肉を切り分ける時でさえ、ブラウン管から目を離さない。トロマ作品をなぜ......大の大人がここまで真剣に......。考えられる理由は二つ、彼らがほぼアホと言っていいほどに純粋なのか......、または完全に21世紀の瞳孔ばっくり状態で映画を観ているのか......。
妻が道を歩いていると、赤く染まった森の向こうから、二つの邪悪な目がやって来る。それはバンのヘッドライトだった。不吉な一団の中から、妻に目を止める男。彼らはLSDで狂った、カルト集団だったのだ! やがて教祖に命じられた男が、深夜の森で笛を吹き、悪魔を呼び出す。ケイジ夫妻の住む山小屋に、バイカー・ジャケットに身をつつんだ地獄の軍団がやってきた。妻を奪われ、絶望の淵に落ちたケイジの復讐が始まる......。
監督は、本作が日本初公開となるパノス・コスマトス。ドラッグ、B級映画趣味、ヘヴィ・メタル世界観という監督の三要素が線を結び、ボンクラの黄金トライアングルの中に本作が誕生した。
この映画の何が、観るものにここまでの「トリップ感」を迫ってくるのか。もちろん映像のdopeさもあるが、じつは本作の「遅さ」にこそ、その秘密が隠されている。この映画では、誰もがゆっくりと喋り、そして喋り終わったあとの「間」も尋常ではない。帰宅したケイジは妻と会話をし、絵を眺め、そのあと黙る。そして一言も喋ることなく、二人が立っているだけの時間が過ぎていく。ケイジが訪ねて行くトレーラー・ハウスに住む旧友(ビル・デューク)は扉の奥から影のように現われ、石臼のようにゆっくりと喋る。遅さ、沈黙の間。まるでトリップの中にいる人のような時間感覚に引き込まれ、観客の精神状態もまた、どんどんdopeになってくる。
また、ニコラス・ケイジの「マジ顔」も見逃せない。後半になると盛大に噴射される彼のイキ顔だが、むしろ前半のマジ顔こそが本作のトリップ感の真骨頂と言っていい。湖から上がって来た妻を眺める、得体の知れない美を前に呆気にとられているかのような、そのマジ顔。妻の作品を眺める、初めて絵画に触れた人類のような、そのマジ顔。彼は驚愕とともに日常を眺める。いったい何がどうなったら、『魔獣星人ナイトビースト』を観たあとで、そんな深刻な顔ができるのか? 対するアンドレア・ライズブローも負けじと、黒目全開でケイジを見つめ返し、この夫婦はなぜいつもマジ顔なの?日常ってそんな深刻なもの? だがたしかに、世界への驚きこそ、生を輝かせる源泉なのだ。通常、人は死を意識した時にやっと、日常の奥に隠された美を発見する。しかし、それをトリップの先に見る人もいるのかもしれない。たとえば『インヒアレント・ヴァイス』(ポール・トーマス・アンダーソン監督)のホアキン・フェニックスが、同じ表情をしていた。二人のマジ顔に、観客もやがて引き込まれ、dopeになってくる。
だが、監督による両親との死別をきっかけに作られた本作にみなぎっているのは、生あるものが失われる悲しみだった。後半、復讐に燃えたニコラス・ケイジを前にストーリーが動き始めると、前半の異様なまでの遅さは、「目玉が飛び出してたのしい~!」的なスプラッターへと取って代わられる。憤怒のあまり、武器の自作から始めるケイジ。LSD博士とテレパシーで会話し、出陣の際には、虎が夜空に向かって吠える過剰さ。そこからは、同じく映画監督だった彼の父親、ジョージ・P・コスマトスが活躍したキャノン・フィルムズ(『コブラ』)やカロルコ・ピクチャーズ(『ランボー/怒りの脱出』)へと通じる、80年代プログラムピクチャーの香りが漂う。
以後ニコラス・ケイジは、目についた全てのドラッグを摂取し続ける(最もヤバいものをやった時には、骸骨になったり、宇宙の真理が訪れたり、パチンコの確変タイムみたいなものが始まっておもしろい)。血に染まった顔面に、白目だけが異様に見開かれ、対するカルト集団も端役でありながら、悪役Aが悪役Aとしかいいようのない、舌を駆使したヒャッハ~演技で見るもの全てを「北斗の拳の村人気分」に誘い込む。顔vs顔。イっちゃってる感vsイっちゃってる感。チェンソーは唸りをあげ、空には巨大な木星と土星が浮かびあがり、暗室のように真っ赤な光で染められた本作が現像するのは、瞳孔ばっくりが合法化されていく21世紀の新しい映画体験なのだ! だがどうしたことだろう、本作は森の環境音とともに終わっていく。あなたの手元に最後に残っているのは、世界の永遠と、それを前にした生の儚さ、そして愛なのだ。本作は観客に美と暗黒のドラッグ体験をさせ、そしてそれでも超えられない生の儚さ、そして愛を描く。この映画は最高!2018年度ターHELL穴デミー賞を贈りたい。
文=ターHELL穴トミヤ
愛する人を奪った狂った悪魔を狩る! 怒濤の反撃が始まった!!
『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』
新宿シネマカリテほかにて公開中
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『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』
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