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『灰とダイヤモンド』『カティンの森』のアンジェイ・ワイダ監督作品
1970年12月、ポーランドでは物価高騰の中で労働者の抗議行動を政府が武力鎮圧する事件が起きた。レーニン造船所で電気工として働くレフ・ワレサ(ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ)は、政府と労働者双方に冷静になるよう訴えて検挙される。この事件以降、彼と彼の家族は歴史の変転に深く巻き込まれていき、ワレサは次第に政治的感性を発揮、カリスマ性まで帯びていく――2014年4月5日(土)岩波ホールほか全国順次ロードショー!
連帯!連帯!連帯!ウラー!という男の政治映画が誕生したのである。ワレサである。ヒゲが生えているのである。監督は『地下水通』『灰とダイヤモンド』『カティンの森』の巨匠アンジェイ・ワイダ。「連帯」とくれば共産党映画かと思うのだが、さにあらず。本作が描くのはポーランド民主化の歴史。主人公レフ・ワレサは労働組合「連帯」を組織し、ときのソ連傀儡政権と戦った伝説の男なのだ。
という政治的な映画で、ファズトーン効きまくりギターサウンドが聴こえてきたから耳を疑ったね。本作のBGMはロックに、パンクに、ニューウエーブ、ハードコア、それからスカ! アンジェイ・ワイダの映画でパンクが流れてくるとは! しかもこのポーリッシュ・パンクが、ほんと下手でいい。
主人公のレフ・ワレサという人物については、この映画を観るまで名前も知らなかった。しかし、こないだ観た『ビフォア・ミッドナイト』(リチャード・リンクレイター監督)でも、セリフでさらっと名前が出てきたし、マイケル・ジャクソンの「マン・イン・ザ・ミラー」のPVでも本人の映像が使われている。どうやら欧米では一般常識に属する人名であるらしい、ではなぜ俺は知らなかったのか! 世界史の授業中に寝ていたか、日本政府が国民を洗脳するため意図的に偏った教育を行なっていたか......、たぶん後者だろう(まちがいない!)。しかし『ワレサ 連帯の男』を観た今、その昼寝は帳消しになったのである。いつ東欧民主化の話題を振られてもワレサのモノマネでその場をわかせることができる、真の国際人へと生まれ変わることができたのである。
映画は、イタリア人のジャーナーリストがワレサにインタビューをする、という形式で進んでいく。このジャーナリストがかなりイヤミな女で、しかしそれが本作に客観性をもたらし、うっとうしい「プロパガンダ映画」になるのを防いでいる。ワレサは「おれは本を5ページ以上読んだことない」とか、「それは自分にとって得になるのか、ならないのか」とか、自信満々で語りだす。記録映像も交えつつ、やがて話は最初の暴動とそれに連なる公安による逮捕、尋問の記憶へとさかのぼる。
ここで出てくるのが『カティンの森』でもぞんぶんに味わった、いやーな尋問。「手を机の上に置け!」とかほんと意味分からないし、こういうこと言いたがる人間は永遠に呪われればいい! ワレサはここで公安に協力するという書類へのサインを求められる。サインをしなければ家に帰れない......、脅迫に応じる彼は、ツッパったりもするけれど、くじけたりもする、ごく普通の人間なのだということが明かされる。
しかしこの男、演説がとにかくうまかった。その後もことあるごとにまわりから頼りにされ、最初の逮捕から数年後、彼はついに造船所で行なわれるストのリーダーを引き受けるハメになってしまう。ところがこの捨て身のストが、まんまと成功。首脳陣に要求をのませて、めでたしめでたしで建物から出てくるのだが、そこにやってきたのが路上電車の運転手。こいつがいきなり「私たちもスト始めたから、まだ続けて!」などと言いだすではないか! このときのワレサの(いやもう意見通ったし、終わりたいんだけど......)感ありありながらも、「じゃあやっぱり終わらない! スト延長!」と宣言してしまうなしくずしな姿勢がおもしろい。内実はグダグダなまま、コトはどんどん大きくなり、造船所のまわりには武装警察が続々集結。ワレサたちは落としどころもわからず、焦りまくる。「もしかしたらこの人たち結構ボンクラなのかも......」という疑問がわきあがる瞬間だ! しかしここから、ポーランド、ひいては東欧の未来が変わりはじめるのである。
まず近場で飛び火したストはさらなる延焼をはじめ、ポーランド各地の炭坑から「連帯スト」の連絡が集まり始める(この炭坑の名前がいちいち『オオカミ』とか入っていてかっこいい)。もはや造船所は梁山泊、ポーランドは梁山泊に呼応して各地で蜂起が始まった水滸伝状態になっていた! そして流れるポーリッシュ・ハードコア! この映画には「ストライキ」のダイナミズムが詰まっている。国中の大人が仕事をやめたら政権はもう無視できない、ついにポーランド政府はワレサとの会談に応じ、労働組合「連帯」が誕生する。
一躍ときの人となったワレサの自宅には、同士たち、取材陣が押し掛ける。室内には人がひしめきあい、各地のスト情報が速報で伝えられる。「ワレサどうする!」「仕事を続けろと伝えろ!」「なんでだ!」その場で始まる作戦会議、ここぞとばかりにカメラをまわし始める取材陣! 歴史が今ここで動いている! そこで奥さんがぶち切れるのもいい。「あんたら、ひとん家でなにやってんのよー!」と、まさに正論。そのひとことで全員追い出され、政治と家庭、ポーランドとひとりの男のあいだでバランスをとりながら、映画は進んでいく。
後半はめちゃくちゃデカい話になっていて、政府による軟禁、ノーベル賞、ベルリンの壁崩壊、民主化......と、まさに歩く世界史状態だ。レフ・ワレサは今でも健在で、最近も日本に訪れた。
同じくポーランドの歴史を描いた『カティンの森』はひたすらツラかった。ソ連、ナチス、二つの帝国主義にはさまれてひたすら悲しみしかないポーランド......、しかしその先に今作『ワレサ 連帯の男』が待っているなら、まだ救いがあるってもんじゃないの! そしてボンクラが誕生する。岩波ホール的自由のための闘いを経て、テアトル渋谷で俺たちシリーズ的自由社会が到来する、これぞ人類の醍醐味! 諸君、くそ下手なポーリッシュ・パンクを聴きながら自由主義陣営に乾杯しようではないか!(ここでワレサ式ピースサイン)
文=ターHELL穴トミヤ
ノーベル平和賞受賞者の元ポーランド大統領・レフ・ワレサを描いた歴史大作
『ワレサ 連帯の男』
2014年4月5日(土)岩波ホールほか全国順次ロードショー!
関連リンク
『ワレサ 連帯の男』公式サイト
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