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WEB SNIPER Cinema Review!!
シャーロックホームズ 最後にして唯一の未解決事件
海辺の家でミツバチの世話をしながら、穏やかな余生を送っているシャーロック・ホームズ。だがホームズには、死ぬ前にどうしても解かなければならない謎があった――。誕生からまもなく130年。今も絶大なる人気を誇る名探偵の最後の推理とは!?

新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次公開中
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各国で、数々の名優たちで、幾度もドラマ化され、映画化されてきたシャーロック・ホームズ。僕が最初に見たのは、NHKでやっていたグラナダTV製作の「シャーロック・ホームズの冒険」。コナン・ドイルの原作に基づいたシリーズで、主人公ヅラして出てくる、この探偵も悪役ではないのか?と混乱するような、主演ジェレミー・ブレッドの青白い顔が印象的だった。少し前だと、女装してアクション映画化したロバート・ダウニー・Jrが演じる『シャーロック・ホームズ』シリーズがあったし、最近だとベネディクト・カンバーバッチがIT機器を操るアスペルガーキャラ(劇中の言い方を借りればハイ・ファンクショニング・ソシオパス)のホームズを演じる、BBC製作の『SHERLOCK シャーロック』シリーズの映画版が公開された。そういえば、子供のシャーロックが主役の『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』というのもあった。そして、今回イアン・マッケラン(『ロード・オブ・ザ・リングシリーズ』)が演じるのはなんと93歳、引退したホームズだ(原作はオリジナルの設定を借りた、ミッチ・カリン著の『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』)。その切り口は、なんとこのホームズが、ボケはじめているというもの。彼が鋭い頭脳を回転させて挑むのは、消えていくみずからの記憶! たしかに斬新だが、それ大丈夫なのか。

(C)Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

冒頭、草原の中を駆け抜けていく汽車のボックスシートで、鋭い人物観察力を発揮する老人。彼が駅から家に向かうタクシーの道すがら、座席の脇に風呂敷包みが置かれている。そこから出てくるのが「山椒」という展開にいきなりのパンチを食らう。本作のホームズは山椒に凝っていて、それをいつも食べ物に加えるという設定なのだ。「紅茶にも入れる!」とかいって、それはやめとけよみたいな気になるのだが、なぜ彼がそんなに山椒にこだわるのか? それは「山椒がボケ防止に効く」と信じているからなのだった。なんとも老人あるあるで、「ためしてがってん」みたいな番組でも見たのだろうかという気になってくる。
物語の時代設定は1947年。すでに引退したホームズは、人里離れた田舎の一軒家で養蜂を営んでいて、触れ合う人間といえば、住み込みの家政婦(ローラ・リニー)に、その息子(マイロ・パーカー)くらい。ワトスンはじめかつての仲間たちも、すでにみな他界していて、歳をとることの寂しさが随所に滲み出る。はじめのうちこそ、切れ者爺さんぶりを発揮しているマッケランは、どうやらまだらボケらしい。映画が進むうちにその衰えが目立ち始め、思い通りにいかない自分へのいらだちを爆発させる姿に、観ていて辛くなる。
映画は現在の隠とん生活、そして「山椒」を手に入れるために向かった最近の日本旅行、自伝を書くために少しづつ再構築されていく30年前の記憶、3つの時間を行きつ戻りつしながら進んでいく。

(C)Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

過去の事件でホームズは、「息子を亡くした妻が降霊術の楽器にハマってしまった」という夫からの相談を受ける。1919年のロンドンの町並みが再現され、オカルティックな展開に、なつかしき「シャーロック・ホームズの冒険」の雰囲気が蘇った。回想の中、イアン・マッケランがベンチで話すシーンがいい。「あなたは孤独ですか?」と彼は問いかける。「私も孤独な人間でした。その隙間を知識でうめたんです」、紳士然と微笑むマッケランの顔に、天才ホームズの孤独が浮かび上がるのだ。なんでも理解出来るホームズ、「ロジックが大切だ」というホームズ。そんなホームズを観ていて、『ヒア アフター』(クリント・イーストウッド監督)を連想する。あの映画で主人公は、魂の声を聞くことができるという他人にない才能を持っていた。しかし主人公はそのことで他人から孤立し、それでもその才能に対して忠実な生き方をやめない。そんな彼が、もっとも大事なところでうそをつく、というあれは物語ではなかったか。反対に『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー監督)では、同じく才能に恵まれた主人公が、自分の唯一足りない部分に気がつきそうで、気がつかない。そのことで彼は、最も繋がりたい人間と繋がれない。
ホームズもまた彼らと同じ、才能があるゆえに、才能と生きるがゆえに、他人から孤立している人間だ。そんな彼が、晩年に家政婦の息子と、ふたたび心を通わすようになる。しかしなぜ母親である家政婦は、息子とホームズが仲良くするのを嫌がるのか。その子にせがまれる形で思い出していく「最後の事件」での、ホームズ最大の失敗とはなんなのか。それを通して彼は、事件を解くこと以上に困難な、シャーロック・ホームズという人間自体の限界に挑むことになっていくのだ。

(C)Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS

そこには真田広之に呼ばれて訪れる日本旅行も効いてくる(どこの中国だよ!と突っ込みたくなるが、まあそれはよしとしよう)。ビートルズはインドでシタールや瞑想にはまり、スティーブ・ジョブズは禅にはまっていた。そして本作のホームズは山椒にはまって、日本を訪れる。オリエンタリズムといってしまえばそれまでだが、そのミスマッチさ、ある種の滑稽さは、しかし彼らのひたむきさ、真摯さの証でもある。本作は、シャーロック・ホームズを名乗りながら、ホームズがホームズから自由になる瞬間を描いているのだ。それが晩年になっても、人生に希望をもたらしてくれるというのが良かった。

文=ターHELL穴トミヤ

30年前、人生最大の失態を犯したシャーロック・ホームズ――
「私には、やり残したことがある」


『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』
TOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー

(C)Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS
原題=『Mr.Holmes』
原作=ミッチ・カリン「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」 (KADOKAWA 訳:駒月 雅子)
監督=ビル・コンドン
脚本=ジェフリー・ハッチャー
出演= イアン・マッケラン、ローラ・リニー 真田広之、マイロ・パーカー

配給=ギャガ

2015年│イギリス、アメリカ│104分│カラー│シネスコ│5.1chデジタル

関連リンク

映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』公式サイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。
http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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