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『瞳の奥の秘密』(2009)のキャスト・スタッフが贈るヴィゴ・モーテンセン主演最新作
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで妻と暮らす裕福な医師・アグスティン(ヴィゴ・モーテンセン)。何不自由のない暮らしをする彼だったが、ある日、久しぶりに会った一卵性双生児の兄ペドロ(ヴィゴ・モーテンセン)を殺害してしまう。さらには死んだペドロに成りすまして故郷に帰り、新たな人生を歩もうとする――。ヴィゴ・モーテンセンが二役を演じるサスペンスフルな人間ドラマ。公開中!
ヴィゴ・モーテンセンが持ち込まれた脚本のすばらしさに感動し、映画化に協力を申し出たという本作。製作チームはアカデミー最優秀外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画、『瞳の奥の秘密』のスタッフだ。モーテンセンが主役である小児科医と、その双子の兄を1人2役で演じている。
舞台は南米、アルゼンチン。アグスティン(モーテンセン)は、以前から探していた養子が見つかると様子がおかしくなり、喜ぶ妻にむかって「養子は欲しくない」と告げたのちは、糸が切れたように無気力な人間になってしまう。一方の兄ペドロは生まれ故郷である川沿いの田舎に住み、養蜂業を営みながら、うらぶれた1人暮らしをしていた。その兄がある日、妻も出て行き閑散とした主人公の家に訪ねてくる。
本作、当然このうらぶれた兄が小児科医の弟になりすまそうとするサスペンスなのかと思っていたら、その逆。何不自由なく暮らしていたはずの弟が、兄になりかわっていくという話だったので驚いた。
兄主人公は兄のふりをして地元に戻るのだが、見た目がそっくりの彼が周囲にバレることはなかった。しかし彼は兄の人生と一緒に、そのトラブルも引き継いでしまったことに気づきはじめる。やがて周囲では素性のあやしい人間たちがうごめきだし......と映画は進んでいく。
モーテンセンが兄と弟、一人二役を演じているので2人が同時に映るたび、「ヤバい! ワイヤーが映っちゃう!」などと心配になってしまう。しかしまあ合成するにしろ、この場合ワイヤーは使わないよね。それでも「肩の辺りにちょっとクロマキーの緑色が残ってたらどうしよう!」とハラハラ。何気ない日常演技でも2人が同時にフレームインしそうになるたびに、ドキドキ! おもしろい反面、緊張しちゃって疲れるんだよ! まあ作っているほうも「ずっとこれはツラい」と思ったのだろう、兄は早々に退場していくので、合成シーンを見るたびに完成までの人数×日数計算をしてしまって映画に集中できない人も、安心して観に行ってほしい。
主人公が兄に成り変わる土地は、黄色く濁った川の両側に家が建ち並ぶ、あまり裕福とは言えなそうな地域。川は主要な交通路でもあり、主人公がそこにたどり着くと、スクリーンは『ハッシュパピー バスタブ島の少女』的色彩に包まれる。しかし川岸の子供はなんか意味深に見つめてくるし、犬は吠えてくるし、なんか違う! ここは『ハッシュパピー~』の世界じゃない! なんかバッドヴァイブスが漂ってくるもの!と、観客は『アウグスティン バスタブ島の死んだ目おじさん』の世界へと誘われていくことになる。
川が中心にある安心感からなのか、本作に出てくる人たちはよくものを燃やす。復讐でボートを燃やし、復讐で家を燃やし、死んだ人間は火葬される。これが気持ちいい。ものを燃やして煙にかえす、それは主人公アウグスティンが望んだ、蒸発の気持ちよさにも通じる。
それにしても、主人公のモチベーションが分からなかった。なぜ突然、やる気を失ったのか。自分が子供を嫌いなことに突如気づいたからなのか、もっと根本的に何もかもが嫌になったのか。セリフで説明しない演出と、心を失ったモーテンセンの表情が相まって、内面はなぞのまま。
しかしその反面この主人公、行動がしつこいのだ。生活を続けるうち、周囲の敏感な人間は以前の彼との微妙な差異に気がつき始める。面会に来た妻も、指に残る結婚指輪の跡でアウグスティンだということに気づいてしまう。当然妻は「あなたどういうつもりなの?!」と詰め寄るのだが、彼は折れず、語らず、ただかたくなに兄演技をやめない。「モーテンセン! バレてるよ!」と声をかけたくなるが、しかし彼はやめないのだ。すると、すべてが曖昧模糊としたまま、状況がゆるされていく。これがなんとも南米的でもあり、闇の深い感じでもあった。
作中で、兄が自分が持っていたのと同じ本を主人公の家に見つけるというエピソードがある。性格も人生も正反対の2人の間をつなぐ、数少ない共通点。チラッと表紙が映るこの本はアルゼンチン出身の怪奇作家、オラシオ・キローガの短編集だ。『Los desterrados Losada(故郷喪失者)』と題されたLosada社版のペーパーバックで、収められているのは全8篇。そのうち、「アナコンダの帰還」、「故郷喪失者」、「ヴァン・ホーテン」、「死んだ男」(以上『野性の蜜』/国書刊行会、収録)、「オレンジ・ブランデーをつくる男たち」(『エソルド座の怪人(異色作家短篇集)』/早川書房、収録)の5篇は日本語で読むことができる(ちなみに残りの収録作は「Tacuara-Mansi?n」、「El techo de incienso」、「La c?mara oscura」)。風呂場で兄が拾い読みしていたのは、果たしてこの中のどの作品だったのか! 予想してみるのも面白いかもしれない。ちなみに僕の予想は「アナコンダの帰還」。ヴィゴ・モーンテセンのチンポは、アナコンダのようにデカそうだからだ。
文=ターHELL穴トミヤ
ただ、もう一度だけ、すべてをやり直したかった――
ヴィゴ・モーテンセン主演最新作『偽りの人生』
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『偽りの人生』公式サイト
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