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モルディブ共和国の大統領に密着した社会派ドキュメンタリー
世界屈指のリゾート地としても知られる美しい島国・モルディブ共和国は、現在、地球温暖化の影響によって水没の危機に瀕している。永く続いた独裁政権を倒して新大統領となったモハメド・ナシードは、祖国の存亡をかけて国際会議や階段などの場で果敢に政治活動を展開する――。新宿K's cinemaにて公開中。
9月14日(土)~27日(金) 名古屋シネマテーク
9月21日(土)~ 横浜ニューテアトル
10月以降、札幌、福島、大阪、京都、神戸など全国順次公開
映画はコペンハーゲンのデモから始まる。彼らがプラカードを向ける建物の奥ではCOP15(気候変動枠組条約第15回締約国会議)が開催中。やがて1人の男が映し出され、彼はホテルのワンルームでスーツに着替えている。その姿はどこかの記者に見えるのだが、しかし彼こそが本作の主人公、モハメド・ナシード大統領なのだ! 本作はインド洋に浮かぶ2000の島からなるモルディブを代表して奮闘する、若き大統領のドキュメンタリー。そこに映っているのはスマートな返し! 言い回し! アイデア! つまり賢さと、そして最高のビーチだった(そして、レディオヘッドの音楽)。
まずこの大統領、声が時々裏返るのがいい。声が裏返ると間抜けに見える! その反面、親しみやすくもあるわけだ。態度も非常にフランクで、執務室に入っても自分で電気を付けたりしている。ところが彼の背負っている責任は重く、なにしろ国が沈みはじめていて、しかもその敵は気候変動。視察に行けば島民から「岸が××メートル後退して、ヤシの木が××本も倒れました」と報告され、その裏にはガンガン二酸化炭素を排出しまくっているインド、アメリカ、中国などの大国が控えている。モルディブみたいな小国は、歯牙にもかけられず、一体どうしたらいいのか......。
映画のメインは、COP15にわずかな望みをかけた政府閣僚たちの作戦会議、そして交渉シーン。カメラは大統領によって政府委員のメンバーとして迎えられ、その国際交渉の場をまさに内側から映し出す。
しかし本作、まず語られるのは前政権、モルディブの圧政と民主化の歴史だ。この国の見てるだけで頭がボーッとしてくる美しいビーチでは、少し前まで数々の拷問が行なわれていた。やがて明かされる現大統領のナシードの過去は、「民主化を訴える新聞を発行し、12回逮捕され、2回拷問され、1年半1畳のトタン小屋に閉じ込められた経験を持つ元・活動家だった」というなかなかハードなもの。彼は当選するか殺されるかとどちらかといわれるなかで出馬し、見事勝利をおさめたのだ。
元・新聞屋が大統領に、というわけでナシード政権の必殺技はメディア戦略、ここから映画は面白くなっていく。小国が大国に耳を傾かせるには、「無視できないくらいに大きな声で騒ぎ立てるんだ」とメディアの取材を受けまくり、そこでもさらに話題になりそうな発言を重ねるナシード。アメリカ相手には、モルディブはベトナムと同じだ!と「ドミノ理論」(ベトナムが落ちれば、ドミノ倒しのように、共産主義国が増えていき、最後はアメリカが倒れるという、ベトナム戦争時にアメリカで流行っていた言説)をこじつけ、ヨーロッパ向けには「モルディブはポーランドと同じだ!」(ナチスに最初に侵攻されたのがポーランドなので、これも最初の時点で対策をしないと、やがて被害が自分の元まで及んでくることを連想させる)とこじつける。このセンセーショナルな発言で、翌日の新聞の一面には「気候変動はナチス」の太字タイトルが踊り、小国モルディブの主張が最も大きく扱われる。モルディブにはバズらせて国を救う大統領が誕生したのだ。
そんな彼の傑作アイディアが「世界初の海中閣議」で、これはなんと大統領はじめモルディブの全閣僚が水中に沈んだまま会議するというもの(潜水服でサインとかしてる)。世界中からメディアが取材に訪れ、彼は「海面上昇」と「モルディブ」の印象を広めることに成功した。そのアイディアと大胆さで裏声大統領ナシードが、段々ヒーローに見えてくるのがおもしろい。
やがて始まる国際会議の本番にもカメラは密着し、たとえばインドとの会議を映し出す。インドはこう言う「温暖化に対して、まず先進国が我々に何かしてくれるべきだ」。ナシードはこう返す「あなたがたはガンジーという、先進国に対して自分たちでことをなしとげた指導者を持っていたはずだ」。うまい! 本作に出てくる人間はナシードに関わらず、たとえばモルディブの他の大臣にしても、相手に返すその言葉の選び方が絶妙で、いちいち感心してしまう。相対すれば懐に入り、あげあしを取られそうなときは言葉を言いかえ、身内同士では各国の意向について辛辣に語り合う。交渉とはどんなものなのか、落としどころはどうつけるべきなのか、そこにはまさに知性が映っている
映画はもつれにもつれたCOP15の最終日とともに終わりを迎える。その結果は映画で見てもらうとして、じつはナシードにはこの後、政変により失脚という運命が待っていた(ナシード自身の言葉によれば、それは前大統領派による武力クーデターだったという)。そうなった今、しかし本作が彼の最も強力な味方となって彼の主張を広めているわけで、この映画に映っているもっとも賢い判断。それは、彼がこの映画の製作を受け入れたこと自体なのかもしれない。
それにしても、ひたすらモルディブのビーチに行きたくなるドキュメンタリーであった(でも高いんだよな......)。
文=ターHELL穴トミヤ
独裁政権を倒した41歳の新大統領モハメド・ナシード。
彼が直面したのは国土水没という未曾有の危機だった――
『南の島の大統領―沈みゆくモルディブ―』
新宿K's cinemaにて公開中。
9月14日(土)~27日(金) 名古屋シネマテーク
9月21日(土)~ 横浜ニューテアトル
10月以降、札幌、福島、大阪、京都、神戸など全国順次公開
関連リンク
『南の島の大統領―沈みゆくモルディブ―』公式サイト
『南の島の大統領―沈みゆくモルディブ―』公式Facebook
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