WEB SNIPER Cinema Review!!
詩は人々の日常と向き合えるか――
詩人・谷川俊太郎が東日本大震災について書いた詩『言葉』を入り口に、福島県相馬市の女子高校生、大阪釜ヶ崎の日雇労働者、東京の農家、青森のイタコなど様々な土地で暮らす人々が発する言葉を追い、そこに潜む喜びや悲しみから再び谷川の詩が生まれるまでを描くドキュメンタリー。渋谷ユーロスペースにて公開中
最初は南相馬市の高校の放送部に行く。女子高生たちがビデオを撮って、パソコンで編集し、アフレコなんかもして映像作品を作っている。彼女たちがハシャギながらでかけて行くと、そこは広大な空き地で、「あー、まえは風呂も残ってたんだけど」と解説が始まる。ここで凧揚げして、電線にひっかかりそうになって、今はこれしか残ってないけど、と言いながらなにか、地面の基礎のようなものを指し示す。光の中で無邪気に解説する女の子たちの姿が、彼女たちだけの唯一無二にみえて、おおと思う。これが女子高生の、詩の瞬間だったのかもしれない。
青森県のイタコのところにいく。監督は彼女に頼んで、父親におりてきてもらう。そして、仕事の相談なんかをしたりする。それからインタビューもする。イタコのときに語る言葉はどこからわいてくるんですか、どんな感じになるんですか。しかし、本当に聞くべきなのはイタコってインチキじゃないんですか、ということじゃないだろうか。そう聞いてほしかったのに、監督はそれは言わずに、質問を続ける。イタコの人にいままでの人生で一番幸せだったことってなんですかと聞くと、無いという。人生つらいことしかなかったと言う。そのときイタコのおばあさんが、思い出してすこし悲しい顔になる。このとき、はっとする。これがイタコの、詩の瞬間だったのかもれない。
江戸時代から400年続くという、有機農家の若い男性が出てくる。馬糞とワラをまぜて、半年おいてつくるという堆肥。贅沢な土だなーと思う。彼の父親も出てきて、うわーすげー怖そうな顔と思う。ところが、監督にむかって話しかけるときは、すごいお調子者な、八百屋のおっちゃんみたいな感じになる。袋詰めをしているときに、顔をあげて野菜について話しだす。このとき、すごい怖い顔からやわらかい顔へと、連続的に変わる。そして話がおわって袋詰めに戻った途端、またすごい怖くなる。これが農家の父親の、詩の瞬間なのかもしれない。息子はまじめそうで、たんたんと農業について語る。詩を朗読するシーンがあるのだが、そのときには、なぜか怒っているように見える。土について、無機質なものだと思ってないです。モノとも思ってないです。というセリフがあって、その言い方がすごくいい。力んでもいないし、でもすごく確信にみちた、柱のような安心感で響いてくる。これが有機農家の若い男性の、詩の瞬間なのかもしれない。
西成に住む、日雇い労働者が出てくる。生い立ちを聞いているうちに、この人が大学の文学部卒で、結婚していて、娘もいることが分かってくる。この人にも、青春があったことが分かってくる。彼は自分でつくった詩も朗読する。大学のときに出会った妻と、一緒に写っている写真。その彼と「流れ着いた難破船」を自称する彼のあいだに、線が結べない。彼が風俗に行く話がいい、そこにひそむ彼の純愛におどろく。
諫早湾の漁師が出てくる。干拓でタイラギがまったくとれなくなって、東京で抗議の演説をしている。漁師という仕事のどこにひかれるのか、狙う獲物の移り変わりがおもしろいらしい。自宅では熟年夫婦からノロケが飛び出してきて、恋愛のアツさはこんなに長く保つこともできるんだなと思う。日雇い労働者や、この漁師の詩の瞬間は、忘れてしまった。
谷川俊太郎は、詩というのがインチキくさくていまいち信用できないと言っていて信用できる。たとえば、東日本大震災の被災者の人々のために詩を作ってくださいと言われれば、詩にそんな力はないと、ひいてしまいますとか言っていて信用できる。沈黙の強さについて力強く語られていて、そこが魅力だという感じがする。そんな谷川俊太郎が、映画の最後、登場してきた人にむかって、それぞれ自分の過去の作品から1つ選んだ詩を朗読する。谷川俊太郎の詩は、なんか教科書に載っていそうな退屈で教訓的なものだったり、はっとするほど素晴らしいものだったりする。いくつかは詩を送られた本人が朗読する。詩の瞬間、詩とはなんなのか。谷川俊太郎は詩はとらえきれないものをとらえようとすることだと言っていた気がする。この映画を観ながら、だから人々の日常のとらえきれないことがあきらかになっている、その瞬間に詩を感じていたのかもしれない。
文=ターHELL穴トミヤ
「自らの言葉で語る人々」と「自らの言葉を探す詩人」の映画
『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』
渋谷ユーロスペースにて公開中
関連リンク
映画『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』公式サイト
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