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米国作家ウィリアム・サロヤンの原作による夫婦の物語
夏を過ごすために、亡き父が遺した田舎の家を訪れたある家族。美しい景色の中で流れる静かな家族の時間は、妻ヴェラのある思いがけない告白で暗転していく――。『父、帰る』で第60回ベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したアンドレイ・ズビャギンツェフ監督長編第二作目のヒューマンドラマ。

全国順次ロードショー
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恋人の浮気が発覚したら? その場ですぐにケンカになって終わる場合もあるし、その火種を残したまま関係が続くこともある。本作は「他人の子ども」を妊娠した妻(マリア・ボネヴィー)と、それを夏の避暑地で突然告げられた夫(コンスタンチン・ラヴロネンコ、本作でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞)の物語。彼はショックのあまり森をさまようが、そのあとも生活は続く。

『父、帰る』でヴェネチア国際映画祭金熊賞を受賞したアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の2007年の作品。2時間40分の大作だ。カルフォルニアを舞台としたサローヤン『どこかで笑ってる』を原作としながら、セリフはロシア語に置き換えられ、舞台はロシアとアメリカの混ざりあったような、不思議な場所に設定されている。
主人公たちが泊まりにくるのは、田舎の一軒家。周りには草原が広がり、地虫の声、揺れる草の音、羊や鳥の鳴き声などが、やがてピクニックに出かけ、隣人とお泊まり会をし、夏を満喫する主人公たち一家を待ち受けている。彼らが室内にいるシーンも穏やかな音で満ちていて、観客は映画を観ているあいだ、常に心地いい環境音に包まれることになる。

ところがこの映画は苦しい。なぜなら突然の告白を聞かされて以降、主人公が住んでいるのは嫉妬の煉獄、この世と見た目は一緒だがすべてが変わってしまった「相手が不実を行なった世界」だからだ。恋人ならまだ別れるという選択肢もある。しかし子どもが2人いる夫婦はどうしたらいいのか。ショックで茫然自失している間も生活は続き、相手が普通にふるまっているだけで怒りがわいてくる。俺はこんなに傷ついて苦しんでいるのに、まるでなにも起きなかったかのような顔をしてテーブルに皿を出すなんて!普通の顔をして、客と会話するなんて!子どもと遊ぶなんて!皿を洗うなんて! かくして人は、嫉妬の無間地獄に堕ちてしまうのだ。ポーチに座っていようが、子どもをドライブに連れて行こうが、決して変えられぬ過去に苦しめられる主人公。そのくせ妻は彼に向かって、「何をしでかすか分からなくて怖い」とか言うではないか。ふざけんな!お前のせいでこうなってんだろ! ここに来て、当初はマフィアっぽくて不気味だった主人公の男にも、目一杯の同情心がわいてくる。
極度の苦悩に落ち込んだ主人公を、監督は神に試される男として撮っている。映画は神話のように組み立てられ、となれば、本作の環境音はすべて、主人公に語りかける神の声とみるのが妥当かもしれない。クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』は、イヤホンから流れる雨や雷などの音が、地球そのものとなって宇宙飛行士を癒すという「フィールド録音のSF映画」だった。本作は風や虫の音など全ての環境音が、神の声として主人公に語りかけてくる(そして多分それは『世界は美しい』と言っている)、「フィールド録音の神話映画」なのだ。

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やがて耐えきれなくなった主人公は、ヤクザものの兄に助けを求める。「殺してしまいそうで怖い」と打ち明ける彼に、「お前がしたいようにしろ、殺すのも愛するのも正しい」と銃の場所を教える兄。道ばたに停めた車の中でボソボソ相談する2人のうしろからは、風が吹きあれ、背の高い草がこすれあう音がのしかかってくる。この緊張感は凄まじい。はるか昔、彼女の携帯メールをこっそり見てしまった瞬間から落ち込んだ、恐ろしくも神秘的な日々を思い出す......。あの「魂の世界」の手触りが、このシーンにはハッキリ映し出されていたのだ!

この映画に出てくる数少ない機械の中にあって、「車」の存在は最も印象的だ。淡い油絵のような本作の画面は、20世紀アメリカの画家、アンドリュー・ワイエスの絵画をなぞっているという。風景画のような場面が頻出し、それはつまり引きの画面ということで、その中で登場人物たちは小さく、駒のように見える。そこをエンジン音を響かせながらモリモリ移動して行く車の気持ちよさ。距離を一気に縮める機械としての快感が、この映画の「車」からはビシビシ感じられるのだ。『父帰る』でも「車」が印象的だったアンドレイ・ズビャギンツェフ監督だが、本作はもっとも車の「車っぽさ」が際立っている作品ではないか。なかでも、兄が乗っている黒いハッチバックセダンの存在感はすごい。子どもからは「おじさんの匂いがする」と表現され、移動する運命のように主人公に忍び寄ってくる国籍不明車。あのダッシュボードに並んでいる赤く光る丸はなんなのか......。不吉なだけでもなく、便利なだけでもない。神話の中にあって、本作の「車」は人間や生物とは別に存在する、もうひとつの創造物にみえる。

映画は不穏さをまき散らしながらも、しかし比較的無難な選択肢へと主人公を導いていく。ところが運命は思わぬ展開をみせ、さらに衝撃的な「妻の秘密」へと続く。監督は原作に大胆な変更を加え、キリスト教的な愛の概念を、極限まで拡大してみせた。原作にはなかった妻の秘密、ここの愛を受け止められる男は、『どですかでん』(黒澤明監督)の三波伸介ぐらいしかいないだろ! 本作、ぜひカップルで観て、帰りに「私もあの愛、試しちゃおっかナ」「やめてよぉ~」などと会話しながら、黒いタクシーでラブホテルにでも立ち寄ってもらいたい1本である。

文=ターHELL穴トミヤ

「妊娠したの、でもあなたの子じゃない」。
妻は愛を確かめたかった......。
でもそれは浮遊し、いつでも孤独の姿しか見せない――。


『ヴェラの祈り』
全国順次ロードショー

(C)REN-Film
英語題=『Izgnanie』
原作=ウィリアム・サロヤン 『どこかで笑ってる(The Laughing Matter)』
監督=アンドレイ・ズビャギンツェフ
脚本=アルチョム・メルクミヤン/アンドレイ・ズビャギンツェフ/オレグ・ネギン
出演= コンスタンチン・ラヴロネンコ/マリア・ボネヴィー/アレクサンドル・バルエフ/ドミトリー・ウリヤノフ
配給= アイ・ヴィー・シー

2007年│157分│ロシア│ロシア語│カラー│DCP


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映画『ヴェラの祈り』公式サイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。
http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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