WEB SNIPER Cinema Review!!
文科省選定・農水省推薦
日本の伝統的な食文化「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたのは2013年12月4日のこと。異文化の食べ物である和食がここまで世界中で認知されるようになった裏側には、和食の普及に人生を賭けた人たちの様々な物語があった。本作は、彼らが切り開いた和食の未来、そして日本とアメリカ両国から見た、和食の本質に迫るドキュメントだ。テアトル新宿他にて公開中
『二郎は鮨の夢を見る』は最高だった! 寿司がうまそう、は当然のこととして、一貫の寿司が誕生するまでにいかに文化の粋が尽くされているか、その拡がりが感動的だし、築地をはじめ出てくる人間たちの顔がいい。そしてなによりこれがアメリカの映画だっていうのが良かった。なんか西洋社会に日本すごいすごいって言われると、興奮するじゃないですか! いまやすきやばし二郎はミシュラン三ツ星だし、オバマ大統領も来店したし、スシ絵文字はiPhoneに世界標準で登録されてるし、和食はユネスコ世界遺産に登録された。どうよ!どうよ!すごいよ和食、世界に認められてるよ!と鼻高々なんだけど、じゃあなんでそうなったのか。なんでNY出身のデイビット・ゲルブ監督は『二郎は鮨の夢を見る』を撮ったのか。それは彼がスシの存在を知っていたからで、スシを食ったことがあるからで、そもそもアメリカにスシ屋があったからにほかならない。いま世界で巻き起こっている和食ブームは自然に起こったわけじゃなくて、まず和食のほうから外に出て行った結果なのだ。では誰が出かけて行ったの? というのが本作『和食ドリーム』である。出てくるのは、寿司職人、懐石料理職人、貿易会社会長から、アメリカ人の和食シェフたちまで多岐にわたる。監督は本コーナーでも過去に『442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍』のレビューをした、アメリカ在住のすずきじゅんいちだ。
昨年公開、クローネンバーグ監督の『マップ・トゥ・ザ・スターズ』でもセリフに出てきたハリウッドセレブ御用達の高級日本食レストラン、「nobu」がアメリカに進出したのは80年代。この時期、アメリカにはLAを中心とした第1次スシブームが沸き起こっていた。そういえばこちらは1985年公開の『ブレックファスト・クラブ』に、金持ちの娘がスシを食いだすシーンがあったのを思い出す。しかしその反応は「ウゲー、何食ってるの」というもので、そもそも生魚を食べる習慣がないアメリカ人にとって、スシはまだモンドな食い物だったのだ。nobuのオーナシェフは、その時代にどうやって刺身を口に入れてもらったか、その工夫を語っている。アメリカに渡った和食は葛藤し、まず変化した。やがてアメリカ人が変わり、いまの世界的和食ブームがやってきた。
そんな先人の努力の上に立つ和食市場の中には、しかし「とんでもない日本食を出すところもたくさんある。正しいものを伝えなければ......」と憂慮する、アメリカ和食界の重鎮みたいな人が出てくる。彼は言外に日本人以外が出店するレストランの存在を匂わしていると思うのだが、そのあと登場する若い日本人たちが屈託なく「ラーメンバーガーを作りました!」とか言ってて、テキサスの若夫婦なんかは「中にステーキを入れたスシロールを作ってみました!」とか言ってて、日本人も無茶してるズコー!みたいな、これはこれで次世代によるネオ和食感がありおもしろい。
映画には日本での取材も多くあり、懐石料理、料亭、さらには日本で唯一の料理を祀る神社まで登場して、そもそも和食とは?という展開もみせていく。たとえば京都で料亭を開いている人がいて、彼は和食を「第五の味覚ともいわれる『うまみ』を中心として構成された料理」だと定義する。それは具体的には昆布とカツオ節からとれる「ダシ」で、科学的にはグルタミン酸やイノシン酸で、ついでに言えばそれを人工的に合成したのが「味の素」ということになる。和食はフランス料理にもまけない世界文化だと信じ、世界中から料理人を迎えて和食学校を主催している、そんな彼がここで一つの問題に突き当たる。彼の定義に従えば、昆布とカツオ節が手に入らない地域には和食が広がらなくなってしまうのだ。すると今度は「『うまみ』を中心として構成された料理なら、それは和食なのだ」と定義が逆転され、かくして「ドライトマト」や「ドライモリーユ茸」からとられた「ダシ」を中心とした和食が誕生する。和食を突き詰めるあまり、和食が解体され、再構築されていく。これまた職人によるネオ和食が広がっていく未来が見えてくる。
本作に出てくる最長老の人間は戦後すぐ、60年代にL.A.で日本食材の貿易会社を始めた91歳の老人だ。和食を外国に広めるべく最初の一陣をきった彼は、大学を卒業後に学徒動員され、ビルマ戦線で兵站部門を担当していた。日本兵の死者のほとんどが餓死だったともいわれる太平洋戦争で、兵站を担当したというのはどんな体験だったのか。和食を西洋社会に褒められてうれしくなるのは、黒船来航以来続く西洋コンプレックスと表裏一体だが、その力が征服に向かうのか、融和に向かうのか。和の文化を世界に広めるのに力で進めるのか、融和で進めるのか。彼の人生を通じて戦前の日本と、戦後の日本の歩みが、反転して見えてくるのがすばらしい。
そんな彼を、息子は「父は仕事にかかりきりで家に全くいなかった」と語る。決してネガティブな調子ではないが、「そんな父のようにはなりたくない」と別の仕事を選んだ息子も登場するのが、この映画のユニークなところだ。和食とは直接関係ないながら、そこにはより普遍的な日本という国の歩みが重なってくる。『二郎は鮨の夢を見る』でも、やはり初代の働き方について、息子たちは似たようなことを語っていた。戦争を生き残った使命感の世代、そしてアメリカへの憧れの世代、さらに屈託のない若い世代や、日本と融和した外国人和食シェフたちの世代。和食もまた世代ともに変化していく、その未来が楽しみになるドキュメンタリーなのだ。
本作を観終わると口は高級和食モードになり、なんでもいいからちゃんとしたもの、しっかりしたものが食べたくなる。俺はそう思いながらも、街をうろうろして結局なぜかコンビニでジャムパンを買ってしまい結構悲しかった。
文=ターHELL穴トミヤ
アメリカは空前の和食ブーム!
それを仕掛けた日本人がいた――
『和食ドリーム』
テアトル新宿他にて公開中
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映画『和食ドリーム』公式サイト
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