WEB SNIPER Cinema Review!!
2015年 カンヌ映画祭・CANNES CLASSICS部門正式出品
スティーヴ・マックィーンが人生のすべてを賭けて完成にこぎつけた大作『栄光のル・マン』。執念、裏切り、雪辱......彼の人生を変えたその壮絶な映画製作のすべてを、新たに発見された撮影時の未使用映像、マックィーンのボイス・レコーディング、そして当時の関係者のインタビューで振り返るドキュメンタリー。全国順次公開中
本作には、スティーヴ・マックィーンの息子が出てきて、彼は「カーレースはもっとも強力な麻薬だ」という。常にサングラスをしている彼を見て、気取っているのかなと思ったが、それは後遺症のせいだった。スティーヴ・マックィーンはレースの興奮に魅せられ、その息子もまたカーレーサーとしての道を歩んだ。そして深刻な事故に遭い、引退し、今でも首や背中にボルトが入っているし、サングラスも手放せない。NICOの息子もマックィーンの息子も親の「趣味」の犠牲者なのだろうか?
『スティーヴ・マックィーン その男とル・マン』は伝説のスター、スティーヴ・マックィーンが全てをかけて作り上げ、そして深刻なトラウマを背負い、その死期を早めたとすら言われている作品『栄光のル・マン』についてのドキュメンタリー。失われたと思われていた、幻の撮影風景のフィルムや録音を中心に、マックィーンのその前と、その後の軌跡も追っていく。
『大脱走』や『華麗なる賭け』でスターとしての地位を固めていったマックィーンは、『ブリット』(アメリカ映画としてはじめて、カーチェイスを主眼においた作品と言われている)で主演としてだけではなく、プロデューサーとしての成功を収めた。彼はその後、アメリカのル・マンと呼ばれている耐久レースに出場して、なんと並み居るプロレーサーを押しのけて2位に入賞する。そんな彼が「レースの真の魅力」を映画にしたいと、満を持して取り掛かったのが、『栄光のル・マン』だった。
映画に参加したプロドライバーたちの老後が映し出される。彼らはみなフランスでおじいちゃんになっていて、田舎で絵を描いていたりする。「ああみんな、落ち着いたんだなあ」と思っていたら、さりげなく家の前にポルシェが停めてある。1人なんか納屋の扉を開けると、新幹線より速そうなえぐいマシーンが出てきて笑ってしまった。みんな今でもブイブイ走っているのだ。だからこそ、マックィーンの今が映し出されないことに寂しくなる。ドキュメンタリーは現在の息子や元妻やレーサーたちの姿を映し出す。しかし本人はもう死んでいて、発掘されたフィルムの中にだけいるのだ。時々彼の語りも入ってくる。なにか部屋の中で、こもっているようなその声が、遠くていい。夢の向こうと、目が覚めてしまったこちら側の世界というような遠さを感じる。
マックィーンは『栄光のル・マン』に「製作」「監督」「脚本」「主演」で参加した。成功した俳優が、次は監督をやりたい、自由に作るためにプロデューサーもやりたい、となるのはパターンのようだ。そして、大抵みんな失敗する。たとえばデニス・ホッパーは『ラストムービー』を作って干され、勝新太郎は『警視-K』(連続TVドラマ)を作りプロダクションが破産した。俳優の傾向がみんないわゆる「男の中の男」系なのがおもしろい。それらは経済的には失敗作だが、どれものちに再評価されカルト化している。男の中の男たちは、商業映画の限界を超えて唯一無二の作品を残した。
スピードの麻薬性をフィルムに焼きつけることを第一に考えたマックィーンは、車にカメラを積み、実際に最高速度350キロでレースをしながら撮影する。背景を飛び去る観覧車、差し込む光線の動き、高速移動しながらゆっくり変わる並走車との位置関係。ドライバーが感じる極限状態の高揚とリラックスが、フィルムとエグゾーストノイズを通してたしかに伝わってくる。しかしマックィーンの強引な製作方法は様々な軋轢を生み、映画は予定スケジュールをはるかに超過してなお完成しない。そんななか、重大事故まで起こってしまう。
撮影にまつわるエピソードもおもしろいのだが、撮影中にフラワームーブメントが起こり、四十歳ちかいマックィーンがいきなりセックスしまくり男になってしまうというのもよかった。そのしまくり頻度、なんと週に10人! 妻はもちろん怒り、傷つき、ある日ついに自分も浮気したことを伝える。すると粉々に砕け散るマックィーン! 分かるね。そうなんだよ。自分が最高で完璧だと思っている男(唯一読んだことがある本はアレキサンダー大王の本で、『私は世界に勝ったが自分にはまだ勝てていない』という一節が好きだというような男)を、ある日突然打ち砕くのは、やっぱり女なのだ。
公私にわたって辛酸を舐めたマックィーンは、『栄光のル・マン』の完成試写会に顔を出さなかったという。このドキュメンタリーが発掘したのは、彼が最も忘れたがっていた時間なのだ。それでもそれは『レッツ・ゲット・ロスト』や『ニコ・イコン』のように美しい。その美しさは、音楽とか、スピードとか、この世ならぬものを真摯に追い求める、人間の煌きだった。
文=ターHELL穴トミヤ
マックィーンが命を賭けて完成させた超大作『栄光のル・マン』から45年......今、その知られざる真実が明かされる。
『スティーヴ・マックィーン その男とル・マン』
全国順次公開中
関連リンク
映画『スティーヴ・マックィーン その男とル・マン』公式サイト
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