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第88回アカデミー賞 外国語映画賞ノミネート作品
アフガニスタンの紛争地帯で市民を守る任務を背負ったデンマークの治安部隊。その部隊長クラウス(ピルー・アスベック)は、パトロールの最中にタリバンの攻撃を受け、致命傷を負った部下を守るため、付近の空爆命令を下した。しかし結果として、その決断は部下の命を救った一方で、幼い子を含む、多くの一般市民の命を奪ってしまった――。戦場と法廷を舞台に、正義と命の尊さを問う、心揺さぶるヒューマンドラマ。10月8日(土)より、新宿シネマカリテ他にて全国順次公開
映画は一列になって丘の間を移動するデンマーク軍兵士の場面から始まる。たんたんと移動する彼ら、静かな場面を切り裂いて突然破裂音が客席をつんざく。兵士の一人が横たわり、片脚は裂け、片脚はなくなっている。兵士はやがて出血多量で死亡する。
監督はデンマーク人のトビアス・リンホルム。彼は過去作で「普通の無能さ」を描いてきた。『偽りなき者』(脚本を担当)では、予断を排除できない幼稚園の園長が冤罪を生み、『シージャック』では、海賊事件に対処する社長のこだわりが危機を招く。今回の主人公は、二児の父であり、アフガニスタンに駐留するデンマーク軍の部隊長。演じるのは現在製作中のハリウッド版『攻殻機動隊』でバトー役を演じている、ピルー・アスベックだ。
映画の前半、対テロ戦争に従事するデンマーク軍の日常が面白い。埋まっている手製爆弾を回収しに来たタリバンの男を狙撃する。その落ち着いて、あっけないやり方。うまく仕留める楽しさと、殺人を喜ぶグロテスクさ。隊員に死者が出たあとだと、検問も荒っぽくなり、住民とも敵対的に接するようになる。その敵意と、裏腹の余裕のなさ。村をパトロールする、一区画づつ進むときの、壁の向こうの怖さ。敵がいるかもしれない恐怖で、心拍数が上り、呼吸が荒くなるのが伝わって来る。そして追い詰められて限界を迎える混乱。彼らはいつも、確認ばかりしている。「2-5から6-0へ、敵は見えたか」「攻撃を許可する」「7-5は確認したのかと言っている」云々。そのまだるっこしさこそが現代の戦争で、そこには手続きがある。混乱の極にあっても手続きが強調されるのは『シン・ゴジラ』(庵野秀明監督)も同じで、これは民主主義を信仰し、手続きが人々を律している国の戦争映画なのだ。
今度の主人公は、管理者に向いていない男として描かれる。その失敗へといたるまでのさりげない描写が良い。副隊長は「あの任務は必要だったのか?」と問いかけ、親友だった兵士は「任務を外してほしい」と泣き出す。それらに対処しつつ、彼はなんでも自分でやりだしてしまい、少しづつ余裕を失っていく。そしてある日、より大きなミスをする。部下に助言されてもなおはねつけてしまう、その頑なさ。この瞬間、確かに彼は無能だった。しかし、この頑なになってしまう感じが、すごくよく分かる。余裕のないとき、自分がコントロールできているということを示すためだけに、こういう態度に出てしまう。普段は許されるそんな未熟さが、しかし戦場ではどうなるのか。彼は部下と一緒に包囲され猛攻撃を受けることになる。空爆要請によってなんとか危機を抜け出すが、その過程でさらに大きなミスを犯す。空爆地点に民間人がおり、子供を含む民間人11人が死亡してしまったのだ。彼は爆撃要請の正当性を巡って、軍事裁判にかけられることになる。
映画はここからデンマーク本国に戻り、弁護士(ソーレン・マリン)の事務所、裁判所と、家族生活を行きつしながら進んでいく。その裁判官の服装が目を引いた。女性の裁判長は正装という感じだったが、両脇の判事はスラックスにワイシャツ、ノーネクタイというカジュアルさ。裁判中に身柄を拘束されることもなく、ピルー・アスベックは妻(ツヴァ・ノヴォトニー)や、二人の子供と海辺に遊びに行ったりする。いかにも先進的な北欧諸国という感じだが、その雰囲気は重い。彼は悪意をもって何かをしたわけではないのに、その無能さを罪として裁かれるのだ。本作唯一のBGMである、低音のたうつドローンミュージックが、いつのまにか犯罪者へと漂流し始めた主人公の寄る辺なさを感じさせる。
主人公たちと一緒に修羅場を見た観客としては、殺しに行けと戦場に送り出しておいて、今度は人を殺したと責めたててくるデンマーク政府の理不尽さを感じる。戦争という混乱を国際法でなんとか、手続きの型の中に押し込めようとする、主人公はそのはざまに落ちたともいえる。かつての部下たちも証言台に立ち、引き裂かれる 。やがてこの映画にちっともアフガニスタン人が映らないことが気になってくる。スクリーンには主人公とその周りのデンマーク人ばかりが映り、これは一体どうしたことなのか。
すると、裁判の証拠として死体の写真がいくつか示される。瓦礫の中に完全な形で横たわる現地の子供。そしてもう一枚、ほぼ完全な形で横たわるピンクの服を着た女の子、その足がくるぶしのあたりから千切れているのが一瞬だけ映る。恐ろしい写真だけれども、冒頭の兵士の足が裂けていたようなグロテスクさはない、それは抑制の効いた表現だ。
裁判の行方はここで語らないとして、本作がすごかったのは、それからしばらくして主人公が、娘をベットに寝かしつけるシーンだった。彼が布団をかけたとき、その端から娘の両足がはみ出る。その何気無いカットだけで、あのアフガニスタンの、まちがいなく彼の判断で死んだ、少女の千切れた足を思い出さずにいられない。カメラはピルー・アスベックの方を向き、彼の中にもまた同じ想いが生じていることを感じさせる。戦場における無能さの代償。オフビートなまま、ここまで痛みを表現できるデンマークの戦争映画に驚いた。
文=ターHELL穴トミヤ
カリテ・ファンタスティック!シルマコレクション2016出品作品
『ある戦争』
10月8日(土)より、新宿シネマカリテ他にて全国順次公開
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