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(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会

WEB SNIPER Cinema Review!!
井上荒野原作の同名小説を東陽一監督が映画化
新しく見つけた美容院で髪を切った主婦の小夜子(常盤貴子)は、その日のうちに届いた美容師・海斗(池松壮亮)からのお礼の営業メールに返信する。以来、何度もメールを送り、短期間のうちに何度も美容院を訪れるようになる小夜子。さらには海斗の自宅を探り当てて――。求めあい、ねじれゆく男と女のサスペンス。

公開中
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(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会

池松壮亮のまっとうさに耐えられない。舞台は日本のどこともしれぬ地方都市。その新築一戸建てに越してきた主婦、常盤貴子が主人公だ。映画は池松壮亮の平日の朝からはじまる。目を覚まし、朝飯の用意が終わったところで同棲中の彼女(佐津川愛美)が下りてくる。この彼女が冗談みたいなバックを持っているのでウケてしまったのだが、どうもロリータ・ファッションの店で働いているらしい。やがて自転車を取り出し、朝の空気の中を出勤していく、池松壮亮は美容室で働いている。
(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会

そこに客として常盤貴子がやってくる。セクシャルな映画を多く撮ってきた東陽一監督らしく、この後何度も出てくる「散髪」は本作において官能の場面だ。耳の近くで鳴るシャキシャキという音にゾクゾクする。頭を触れられ、髪を梳かされる快感。常磐貴子が自宅のベッドに寝転がり、美容室を思い出し妄想するシーンの撮りかたがおもしろい。実際に伸びてきた両手に頭を触られながら、同時に身体の上には夫がのしかかってくる。
一回目の散髪では、むしろ環境音がいい。店内に響く有線らしきフュージョンと、どこからか聞こえてくる消防車のサイレン。商店街にある、なんとなくオシャレだけど二軒隣にはブックオフがありそうな美容室で聞こえてくるであろう(代官山や青山、奥まった場所にある美容室で聞こえてくるのとは違うであろう)、なじみのある音のリアルさ。そして街角でサイレンを耳にしたときに感じる、ちょっとした不穏さ。
会計をするときに、受付で会話をする。最近の美容室ではよくある、カットした担当者がついてきて名刺を渡す場面での、会話の長さにドギマギする。社交と本気、その間にある敷居はほとんどの人には見えなくて、ところがこの常盤貴子は、「そこでしょ!」という切り上げタイミングを超えて、まだ話を続ける。いやその「そこでしょ!」は俺がおかしくて、見る人によっては全く普通の会話に見えるのかもしれない。その曖昧な距離感が、やがて誰の目にもおかしくなっていく、その静かな狂気の進行がおもしろい。
家に帰った常盤貴子の元に、池松壮亮からメールが届く。店が送る型どおりの営業メール、しかし常盤貴子はそれに律義に返信する。やがて、日をおかず美容室に訪れるようになり、返信メールにも家の中の写メが添付され、池松壮亮の自宅へ「余ったイチゴ」を届け始め、その行動はエスカレートしていく。

(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会

常盤貴子が住んでいる新築の一軒家もどこか不気味で、そこには最新のセキュリティシステムが装備してある。夫の勝村政信がセキュリティ会社に勤めているから、というのが一見もっともらしい理由なのだが、そこには勝村政信の敵意がひそんでいる。この映画は実は言葉にされない敵意の映画で、夫の敵意はどこに向いているのだろう、実は妻に向いているのにちがいない。この防犯装置は侵入してくる人間を防ぐためではなく、妻と娘を自分のテリトリーに押し込めておくために設けられている。夫は彼女たちが自由に動き回ることを心の底では快く思っていないのだ。本人はその敵意に気づいておらず、それは一軒家にはちょっと過剰にも思える防犯装置を通じて、家の中に不穏な空気を持ちこんでいる。
常盤貴子はいつも丁寧な言葉遣いで、というか丁寧すぎるのだが、その言葉遣いが彼女の敵意の裏返しになっている。彼女の敵意はどこに向いているのか、それはもっと幸せであったはずの自分と、現在の自分とのギャップにちがいない。その怒りが彼女に許可を与え、社交の許す以上の行動に彼女を駆り立てていく。。

(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会

髪を切ったばかりなのに、間をおかず何度も訪ねてくる彼女に、さすがに異常さを感じめ始めた池松壮亮が、しかし徹頭徹尾まっとうな反応を示すのが印象的だった。上司とやばいっすねなどと言いながら、実際のメールや、相対する場面ではそつなくこなし、我を失いそうな修羅場でも、相手に気を使う。同棲する彼女は常磐貴子の異常さにいちはやく気づき、ドロボウ猫への怒りをあらわにする。彼女の敵意は自覚されていて、すぐに発露され、健康的だ。そのヒステリーにも辛抱強く付き合い、「頼むからガッカリさせんなって」という怒りかたをする池松壮亮を見ていると、「なんとまっとうに育った人でしょうか」と思う。社交には正解があり、彼はそれを踏まえちゃんとした「社会人」になっている。「ガッカリさせんな」というのは、彼女にもそこまで来て欲しい、その振る舞いを手に入れてくれという怒りかたなのだ。
いっぽうで、常磐貴子の中学生の娘(木村美言)にも敵意がない。この若い2人のみせる傷ひとつないまっとうさによって、常盤貴子と勝村政信の違和感が浮かびあがる。しかし、俺は見ていて池松壮亮のまっとうさが一番辛かった。こんなまっとうな奴が周囲にいたら、俺はもう生きていけない!こんな田舎は一刻も早く抜け出して高円寺に行きたいと思うだろう!

(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会

バーで連続放火事件のニュースを見ながら、池松壮亮が「俺も22歳の時とかやばい時期ありましたもん」と言う。そのセリフから、彼もまた努力してまっとうになった、そんな過去が感じられる。しかし、バーテンダーは「何歳でも、その時々のやばさがある。俺は今でもやばい」と返す。そう、誰にでもやばい時期がある。狂気とは感冒のようにやってきてまた去っていくもの......、それとも時の進行とともにだんだん酷くなる持病なのか? それは、最後のシーンの常盤貴子に向けられた疑問であると同時に、この池松壮亮ほどまっとうでない、すべての人間に向けられている。それはふと聞こえてくるサイレンのように不穏だった。

(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会

文=ターHELL穴トミヤ

心の隙間に入ってきた美容師に、どうしようもなく心が囚われていく──


『だれかの木琴』
公開中

(C)2016 『だれかの木琴』製作委員会
原作=井上荒野『だれかの木琴』(幻冬舎文庫)
監督・脚本・編集=東陽一
出演=常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信、山田真歩
配給=キノフィルムズ

2016年│日本│ヴィスタ│5.1ch│112分

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映画『だれかの木琴』公式サイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。
http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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