WEB SNIPER Cinema Review!!
伝説をまとった扉が、いま開けられる
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、レンブラント、ゴッホ、ピカソが待ち受ける美の殿堂の扉が今開かれる――。世界最大級の美術館"エルミタージュ"250年の光と影を追ったドキュメンタリー。4月29日(土)より ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中
世界三大美術館が何かご存知だろうか。パリのルーブル美術館、NYのメトロポリタン美術館、そしてもう一つがサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館。とはいえ、パリやNYにくらべてそこまでメジャーな観光地とはいえないロシア。一体エミルタージュとはどんな美術館なのか?
というわけでこのドキュメンタリーの出番なのだが、さすがロシアなだけあって、もう美術館の話をしつつも政治の話になってっちゃうっていうね。そもそもの始まりは、18世紀にクーデターで国政を掌握した女王が、西はデンマーク、南はトルコと戦争しながら、財力を誇示するため同時に美術コレクションを買いあさった、その政治的デモンストレーションだったという。その後もコレクションは増え続け、月日が流れ、皇帝一族もどんどん代替わりし、やがて王座に着いたなんちゃら2世はどうやら美術に興味がゼロ。なにしろ「そのとき世界で一番高い絵だったから」という理由でダ・ヴィンチを買ってコレクションに加えたりしていて、このエピソード少し前のロシアの新興成金感ハンパないな?とか思っていると、そこに第一次世界大戦がやってくる。サンクトペテルブルクにもドイツ軍が迫ってきちゃって、職員たちは収蔵品をあわてて梱包、列車によって安全な場所に運ぼうとするんだけど、そこでこんどはソビエト革命が起きちゃう。やっぱり民衆も相当この成金ノリの皇帝にムカついてた。ふざけんな!ってボルシェビキ蜂起しちゃって、美術館に団結した労働者諸君がなだれ込んじゃって(その再現映像ですら監督エイゼンシュテインというのがさすがエルミタージュ美術館)、対する美術館の職員たちは固く門を閉ざして応戦。なんとか建物の破壊は免れたんだけど、皇帝が所蔵していたワインは全部割られてしまったらしい。もったいないな~。でも「フランス革命よりは、破壊が少なかった」とか言ってるので、ロシアの民衆はフランスよりはまだ節度があったのか、それともアルコールのことしか頭になかったのか......。で、よかったよかったとか言ってレーニン率いる新生ソビエトが誕生して政府は民衆に美術館を解放し、ところが今度は雲行きが社会主義っぽくなり、芸術も「プロパガンダに奉仕せよ」みたいになってくる。ウゼー!芸術に奉仕させる政治ウゼー!と思っていたらレーニンの顔が描いてある絵皿とかめちゃくちゃカッコいい。労働者団結せよ!みたいなカラフルな絵と、レーザーみたいなデザインがクソモダンで、もう過去の収蔵品より全然いいでしょ!プロパガンダ芸術万歳!時代はロシア構成主義で、カンディンスキーの絵なんかもめちゃカッコよく、カジミール・マレーヴィチの「黒い正方形」とかもう最高!社会主義サイコ~!と思いきや一方では、マティスやピカソなどの近代芸術が「退廃的」という理由で倉庫の奥深くに押し込められ始めて、やっぱ社会主義は最悪!などと思っているうちに、今度は第二次世界大戦がやってくる。またドイツかよ!みたいな感じでナチスがサンクトペテルブルクに迫って来て、恒例の所蔵品を次々避難が始まり、この頃に描かれたがらんどうのエミルタージュ美術館のスケッチがまたすばらしい。レニングラード包囲戦ではみな飢えまくり、ベルトを煮て食ったり、飼い猫を食ったりしつつ、「ナチスによって奪われた所蔵品は、その後我々が(多分、奪われた以上に)奪い返し......」みたいなロシアっぽい解説も始まり、なんとか第二次世界大戦を切り抜けてめでたしめでたし。と思ったら、今度はスターリンによる恐怖の粛清政治がやってくる。理由もわからず美術館の職員が何十人も収容所送りになり、そのまま生死不明になる者も多数......。のみならず、「国家を近代化するためにコレクションを売って国富の足しにする」みたいなことまで始まり、貴重な収蔵品が死ぬほどごっそり売られてしまう。というかこのコレクションを核としてアメリカのメトロポリタンミュージアムが始まりましたくらいの勢いで売られていて、金にしてはいけないものを金にしてしまった感がかなりあるんだけど、ロシアってそういうこと時々するんだな~、北方領土もエリツィンのときに買えればよかったな~などと思っているうちにスターリン死んでよかったよかったみたいになる。けど時代は冷戦で鉄のカーテンを押し上げてエルミタージュ美術館までやって来る気合の入った客などこにもいなかった。主な訪問者は政府が連れてくる外国の要人ばかり、そのたびに所蔵品を土産として貢ぐよう政府から圧力が加えられ、うわー身内に食い物されてるよー!ついばまれてるよー!続・社会主義最悪!みたいな感じなんだけど、当時の館長はそれをまた必死に断わる。で、どんどんクビになる。やがてペレストロイカがやってきて、冷戦が終了し、だけどソ連も崩壊してるから今度はお金が全然ない。そこで館長は西側諸国の美術館に経営を学び、なんとか体制を立て直して、今に至るかと思いきや所蔵品が盗まれていつのまにかバンバン売られていて、うわー身内に食い物されてるよー!ついばまれてるよー!~資本主義ver.~みたいになりつつ、犯人は謎のまま、盗品をなんとか取り戻し、めでたしめでたしあーよかった!って、現役館長がプーチン大統領に会いにいくシーンでこの映画終わってるから、全然それまだ終わってない感すごいから!めでたしきれてない感バリバリだから!本作には「美術館は生き物なのです」って言うセリフがあるんだけど、普通なら「まあ、新陳代謝が必要だよね~」くらいのニュアンスで聞き流しそうなところ、エルミタージュ美術館だと「カンブリア紀から始め、氷河期と巨大隕石衝突を乗り越えて今も頑張っています、放射能汚染にも耐えられるクマムシです」ぐらいのダイナミズムを感じてしまう。
もちろん劇中では300万点あると言われている中から、その収蔵品がこれでもかと紹介されてもいる。館長自慢のなんちゃら何世の宝石コレクションなんかはクソ退屈で、ロータリークラブに集まるおっさんが首からぶら下げてそうなくすんだブローチにしか見えないんだけど、盗掘者から買いましたとかいうスキタイ文明の宝飾品なんかは凄くいい。ギリシャの彫刻も「ああいいケツしてんなー」みたいに思っていると、かつてこの彫刻に本当に恋した男がいたそうです、その男は夜な夜なこの像に抱きついては自慰をしていた、西暦77年のことです、とか解説が始まって、ギリシャ彫刻をラブドール扱い!?贅沢極まってんね!?それ最古のラブドールでは?!と、これだけの困難をくぐり抜けて、そんなボンクラ男の伝説も伝えられてきたのかと感動してしまう。ボルシェビキが迫る中、ナチスが迫る中、死を覚悟した学芸員たちが後輩に「いいか、昔この彫刻でオナって居たやつがいて......」と申し送りしていたのかもしれない!そんな歴史の機微を、本作を観ながら想像してみるのもまたオツなものではないか、私はそう思うのである。
文=ターHELL穴トミヤ
世界最大級の美術館 250年美を守り続けてきた宮殿
『エルミタージュ美術館 美を守る宮殿』
4月29日(土)より ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中
関連リンク
映画『エルミタージュ美術館 美を守る宮殿』公式サイト
ヒューマントラストシネマ有楽町
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