WEB SNIPER Cinema Review!!
世界的に有名なテロ事件にまつわる実話の映画化
2013年4月15日に起きたボストンマラソン爆弾テロ事件。その凄惨な事件の被害者で、犯人の目撃者となり、テロリストに屈しない"ボストン ストロング"精神を象徴する存在として賞賛されるようになったひとりの男、ジェフ・ボーマン。この事件で両脚を失った彼が自ら綴った回顧録を基に、皮肉やユーモアを交えて描いた真実の物語。大ヒット上映中
本作の主人公は、2013年に起きたボストンマラソン爆弾テロ事件にまきこまれ、両脚の膝から下を失った実在の人物がモデル。ジェイク・ギレンホールはCGで両脚を消し、世間から「ボストン ストロング」の標語のもと、「不屈の犠牲者」へと祭り上げられてしまった、普通の人を演じている。
自分の両脚がいきなり無くなったとしたら、それをどう告げられるのが一番マシか。大抵は、医者からIKEA家具の組立手順みたいな感じで救命処置の流れを説明されつつ、そこに両脚切断も入ってくるとか、そういうことになるんじゃないだろうか。または、ベットサイドに立つ必死に笑顔を保とうとしている親族や恋人から、震える声で告げられるとか。この映画の主人公は、すきっ歯の友人から「オマエのファッキン両脚だけど......、無くなっちまったぜブロ」と言われていた、この軽さは悪くないかもしれない。
ジェフの仲間や家族は悪いヤツではないけれど、どうもあまり教育程度が高くない。対するエリンは、医療関係者として働く聡明な女性。そんな中、ミランダ・リチャードソン演じるジェフの母親が、悪気はないけれど、ジェフの気持ちを想像するという能力が著しく低い毒ママとして登場してくる。世間から「不屈の犠牲者」に祭り上げられていく息子を前に、「あなたはヒーローよ!」「あの有名人がインタビューに来るわよ!」「あのイベントに呼ばれたわよ!」と毎日はしゃぎまくり、その度に曇っていくジェフの顔。親族含め、本人すらその危機に気づかぬまま、着々と敷かれていく鬱へのレッドカーペットを前にして、エリンは救いの手を伸ばさずにいられない。しかし、それが毒ママからは鼻持ちならない部外者として見られる、そんな苦しい展開が続いていく。
本作、意外だったのは爆発前後の描かれかたで、同じ事件を元にした『パトリオット・デイ』(ピーター・バーグ監督)では、カメラは直後に現場へと入っていく。そこには靴や柵が散乱し、人々が倒れていて、恐怖や悲しみが渦巻いている。観客はまず「テロ現場の凄惨さ」を経験し、それからストーリーが始まるのだ。本作は事件の当事者を主人公としながら、爆発の瞬間を離れた目撃者の視点で、そっけなく映し出す。その後もテロの犯人や事件の捜査について触れられることはほとんどなく、両脚を奪われたジェフがトイレで紙に手を伸ばそうとして下に落ちたり、リハビリに行く気をなくしてプレステをやったり、そんな日常の風景だけが語られていく。
そして、ジェフ目線からテロの瞬間が描かれていないことを観客がもうとっくに忘れた頃になって、それは突然やってくる。地元ホッケーチームの開戦セレモニーを引き受けた彼は、数万人の観客を前にしてPTSDのフラッシュバックに襲われてしまうのだ。ハレの場に挟み込まれる、唐突なテロの景色。二つの間のギャップには「自分だけがあの場所にいて、家族も、元カノも、善意で応援してくれている目の前の数万の人々もみな、そこにはいなかった」という、痛切な孤独が込められている。本作はテロの瞬間をすぐにはみせないことで、「被害者の凄惨さ」を観客に体験させるのだ。
それにしても、この映画の題名がもし『ボストン ストロング』だけだったら、または原題の『ストロング』だったら、本作を観たいとは思わなかったかもしれない。「ボストン ストロング」という合言葉は社会、世間の言葉で、その向こうには「俺らは大丈夫。俺らの社会はやっぱりすばらしい」という物語を予想してしまう。けれど、私は社会、世間に馴染めないから、映画館に通っているワケです!もちろん現実社会でテロは絶対に認めないけれど、映画館では『マッド・ボンバー』(バート・I・ゴードン監督)や『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』(ニールス・ミューラー監督)を観たい。世間に馴染めない男が、自分の代わりに最悪の失敗(=他人を傷つける)を犯し、自分の代わりに罰せられる物語を観たい(そして世の全てのホームグロウン・テロリスト予備軍にも、これを観て改心して欲しい)。映画館に行ってまで、「やっぱり俺たちは強い!負けない!USA!USA!」みたいなメッセージは観たくない!けれどもちろん、本作もまた、多数派が自分たちの安寧を確認するだけのUSA!映画ではないんですね。主人公は、むしろ世間の期待する物語「ボストン ストロング」に追い詰められていく。それを元カノとヨリを戻したかっただけの個人の「ボストン ストロング」へと取り戻していく、その過程にこの映画の醍醐味があるワケです。
日本の配給会社の人はそれを伝えるべく、邦題の最後に「はい、そこの財布の中に映画館のメンバーズカード5枚入ってるあなた!これはあなたのための映画でもありますよ~!」というメッセージを込めて、『~ダメな僕だから英雄になれた~』を付け加えたんでしょう。メディアの美談に取り込まれて行くことへの抵抗を江戸時代を舞台にして描いた、有吉佐和子の『ふるあめりかに袖はぬらさじ』という小説がありましたけど、本作を観てそれを思い出しました。
文=ターHELL穴トミヤ
全米を感動させたヒーローは、ちょっと"ダメ"な奴だった――。
『ボストン ストロング ~ダメな僕だから英雄になれた~』
大ヒット上映中
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