WEB SNIPER Cinema Review!!
カナザワ映画祭2018「期待の新人監督」部門オープニング作品
20XX年。都内大手電力会社に勤める男はある晩会社にかかってきた電話をとる。電話口からは「ひとごろし」という声がした。幻聴か、現実か。神経衰弱に陥った男の日常が徐々に揺らぎ始める。救いを求めて彷徨い歩く男は、やがて得体の知れない巨大な影を見る。その正体は何なのか。男の不安が頂点に達した時、ついに"魔"が都市を覆い始める――。
4月26日(金)までアップリンク吉祥寺にて公開
21世紀の日本を舞台とした本作は、74分あるその全編がモノクロ8mmフィルムで撮られていて、そうすると何がいいかというと、景色から日常が脱臭されるんですね。そこには生々しさがない。現代に撮影される日本映画の難しさとして、「映画館の中でまで、自分の生活と地続きの景色を見たくない」問題というのがある。これは、部屋のシーンでエアコンのくっついた白い壁が映ったり、登場人物が街中で蛍光灯の白い光に照らされていたりすると、それだけで気分が萎えてしまうという、映画館の中で自分の生活を思い出させられるうっとうしさで、少なくとも外国映画にはそういうのがない。ヨーロッパ映画の街灯は黄色くて、アジア映画の日本そっくりな街並みは看板が異国文字で、アメリカ映画の室内にはいつもでかいソファがある。そこには自分の生活とは違う景色が広がっている。
この映画にはスイカツリーや、タワーマンションや、新宿副都心を背景にした陸橋なんかが映っていて、ところがそれがいい。見知った景色はモノクロフィルムの奥でうごめいていて、それは明らかに古くて遠い質感なのに、でも情報としては今の景色が映っている。そのギャップがおもしろい。
監督は本作が長編デビュー作となる楫野裕。主演は渡邊邦彦(『へんげ』)。本作は2018年のカナザワ映画祭で「期待の新人監督」プログラムの一作品として選ばれ、現在、吉祥寺アップリンクで~4/26(金)までの限定レイトショーとして公開されている。
電力会社に勤めていた主人公は、原発事故を責める声であふれるネットの掲示板を眺めている。やがて精神のバランスをくずし、レオス・カラックスの『メルド』よろしく、コミュニケーション不在のモンスターとなって東京中で人を殺し始める! そんなストーリーの中、私も殺されるチンピラの役で、少しですが出演しています。
監督の梶野裕は、女性にモテる人間で、本作をみているとそんなモテる男ならではの、女性に対する理解の深さと、あなどりを感じることができる。本作に男の出演者は少なく、主人公の彼女(堀井綾香)、その友達(佐伯美波)、バイト先の同僚や、通りがかりの女子高生と、女の出演者が圧倒的に多い。そして彼女たちは葛藤を一切持たずに、暮らしているようにみえる。
主人公はエネルギー政策の未来か、原発事故による自責の念か、誹謗中傷か、文明のもつ根源的な呪詛か、コミュニケーション障害か、原因はわからないけれど、とにかく葛藤のあまり、ノイローゼになって幻覚を追いはじめ、街外れに迷い込んだ挙句に、影に喰われモンスターとなる。彼女はといえば「結婚間近だと思っていたのになーっ」と友達に相談しつつ、「次いこっと」と主人公との関係をサクッと清算、次の男とのデートに走る。たとえば、このとき公園で友達と交わす「別れのメール送る時って、『ごめんなさい』とか入れたほうがいいのかな」という会話の軽さがおもしろい。登場する女子高生たちも一切、無垢さの幻想をまとうことなく、「爆サイ.com」みたいなセリフをいきなりかましていて、その即物感に笑ってしまう。
本作にも確かに女性が未来に対して一家言!みたいな場面はある。しかし、「IoT(モノのインターネット)」や、先進的な紅茶ブランドについて語られるセリフは、どれもWikipedia読み上げbotのような傀儡感に満ちていて、より彼女たちの軽さを際立たせる。「夢は女優!」と語るアパレル店員によるミュージカルシーンを支える、お前らどうせ、『ラ・ラ・ランド』が好きなんだろ!というような、女性へのなめ腐り具合。しかしその幻滅こそは、モテの秘訣なのかもしれない。それともそれはモテるゆえの、幻滅なのか。
しかしミュージカルシーンはじめ、私をチンピラ役で出してくれたよしみでいうわけではないが、本作の音楽はどれも素晴らしい。たとえば女友達がヨガをやっているバックには、ブッダマシーンみたいな不思議な旋律(監督いわく、テリー・ライリーを意識したという)が流れている。そのBGMのまま、彼女たちは電車に乗り、スカイツリーの街へと出かけていく。それはサイケデリックで、異化された東京を強く感じさせる。
主人公の男が一人河原をさすらっているシーンでは、私をチンピラ役で出してくれたよしみでいうわけではないが、環境音がいい。遠くから聞こえてくる街の音は、身体の奥深くにある帰巣本能を刺激し、寂寞感をかきたてる。本作を現代の日本映画であると最も観客に印象付ける瞬間は、画ではなく、この河原で聞こえてくる5時のチャイムによってもたらされる。しかしその音は途中からエフェクトがかかり、溶けはじめ、その酩酊感がおもしろいのだ。
基調トーンは、無声時代の映画への愛に貫かれながら、殺害された警備員の顔面破壊特殊メイクには、GEOでレンタルするJホラーのようなエグさがあったり、この映画は分裂している。帰宅前のレイトショーで観る虚構として、「なんか今日、変なものをみた」という感慨を得られる、私がちょこっと出ているから言うわけではないが、そんな魅力が本作にはあるのです。
文=ターHELL穴トミヤ
全篇8mmモノクロフィルムで撮影 めくれた世界のアポカリプス
『阿吽』
4月26日(金)までアップリンク吉祥寺にて公開
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映画『阿吽』公式サイト
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