WEB SNIPER Cinema Review!!
"ベル・アンド・セバスチャン"スチュアート・マードック監督・脚本
ビター&スウィートなポップ・ミュージカル!
スコットランドのグラスゴー。拒食症で入院中の少女イヴ(エミリー・ブラウニング)は、一人ピアノに向かって作曲に没頭していた。ある日、彼女は病院を抜け出してライブハウスに向かう。そこでイヴはアコースティック・ギターを抱えたジェームズ(オリー・アレクサンデル)と出会い、さらに彼の友人のキャシー(ハンナ・マリー)を紹介される。三人は一緒に音楽を作るようになり、青春の素晴らしさを噛み締めていく――。ビター&スウィートなポップ・ミュージカル!
8月1日(土)より新宿シネマカリテ、ほか全国順次ロードショー
この映画はめちゃくちゃいい。ベルセバすてき!っていう、ただの雰囲気映画じゃない。オシャレな音楽が沢山かかって、洋服がカワイイってだけじゃない。『One Night One Love ワンナイト・ワンラブ』(デイヴィッド・マッケンジー監督)でスコットランドの淡い太陽の光を完璧に捉えて、観ているだけで身悶えするほどイギリスに行きたくなった撮影監督ジャイルズ・ナットジェンズが16mmカメラで撮影したグラスゴーの景色が素晴らしいだけじゃない。ハンナ・マリーのいつでも前歯が見えてるアホ顔がかわいいだけではなく、ピエール・ブランジェのデートプランに男ながらにときめいてしまっただけでもない。ベル・アンド・セバスチャンのリーダー、スチュアート・マードック初監督作品は、まさかのミュージカルだったのだ。「ミュージカル映画」を、ギャグでもなく、モンドでもなく、懐古主義でもなく、まっすぐに素晴らしい新作として観ることができるしあわせ! 登場人物が踊ってる、だから本作は素晴らしい!
映画はいかにもイギリス人らしいひねくれた声の奴が、ラジオで「イアン・カーティスが死んだから、ジョイ・ディヴィジョンは神秘性をまとって伝説になれたんだぜ」みたいな話をしているところから始まる。それをベッドにうつぶせになって聞いていた少女(エミリー・ブラウニング)はやがて病室を抜け出し、廊下の先から早朝の脱出をはかる。彼女が地面についたとたん、バン!最初の音楽が始まるのだ。
主人公はやがてメガネの似合う素朴なバンドマン(オリー・アレクサンデル)のアパートに転がり込む。メガネ男子は、彼女に知り合いの女の子(ハンナ・マリー)を紹介し、3人はバンドの結成を決意する。いっぽう、主人公は自分でもデモテープを作っていて、ロックンロール・ラジオ局でかけてもらうべく、コネのある人間を探しに行く。そこでスイスからやってきたバンドマン(ピエール・ブランジェ)とも出会ってしまった。メガネ男子とスイス男子のどちらを取るのか、主人公は恋の二叉路に佇むことになる。そんななか、病院から持って脱走した処方薬の残りは、だんだんと少なくなっていき......、と映画は進んでいく。
たしかにあらすじだけを追えば、この映画はアメリカの青春ものプログラム・ピクチャーに憧れて作られた、典型的なインディ・ムービーのイギリス版にみえる。同じくSXSW出品作品であり、最近DVDが出た『エレクトリック・チルドレン』(レベッカ・トーマス監督、いい映画です!)も、「逃げ出した女の子がバンドに出会いそして......」という筋立てで、重要なアイテムとして「今どきカセットテープ」が出てくるところまで同じだった。ところが、ゴダールがミュージカルを真似しようとして失敗し『女は女である』ができるように、トリュフォーがSFを真似しようとして失敗し『華氏911』ができるように、本作はアメリカの青春ものプログラム・ピクチャーへの階段をのぼり損ね、まったくもってヨーロッパ的な傑作になっているのである。
たとえば映画の始め、病院で主人公がピアノの前に座る。一音だけ弾いて、次のカットではもうピアノと離れた場所に立っているのがいい。主人公は、そこからまたピアノの前まで戻ってきて、やっと曲を弾き始めるのだ。音楽はまさにこうやって始まるにちがいない!と訳もなく確信させられる、この時間のかけ方がこの映画をプログラム・ピクチャーから引き離し、でもまぎれもない傑作へと高めている。そして弾いていくうちに、画面の右側に反対側から撮影したカットがかぶさってくる、これがまたいい。古風で、絵本的で、いまどきウェス・アンダーソン監督しかやんねえよみたいなオーバーラップ。最も感動的だったのは、エミリー・ブラウニングに、ハンナ・マリー、オリー・アレクサンデルの2人が出会って踊り出す、あからさまにゴダールを意識したダンスシーンだ。そこには役者がフィクションになりきれず生身の人間として映ってしまうインディーズ映画特有のいま失われつつある命の輝きがフィルムで永遠になっていくその瞬間のもつ驚きがあった。同時にその映画を観ている自分も今まさに死につつあるつまり生きているのだということに気づいてしまうようなそんな感動があったのである!
とはいえ本作は趣味の良さに固まることなく、3人がバンドの名前を決めるとき「『10cc』は精子の量だ」「『パールジャム』は性液の隠語だ」などと相談するところから、「ボノやミックジャガーみたいなナルシストとは、一緒に酒なんか飲めねえぜ」と語るラジオのMCまで、バッドテイストも忘れていない。ザ・スミス、ザ・パステルズ、アズテック・カメラなど、スコットランドのバンドが次々と俎上にあがり、映画の世界観は押し広げられていく。
3人が川下りするとき、川岸に『トレイン・スポッティング』(ダニー・ボイル監督)的な不良がやってくるのもいい(あちらはエディンバラ、こちらはグラスゴー、どちらも舞台はスコットランドだ)。「この街は、すっかりチンピラに乗っ取られてしまったんだ」とメガネのネオアコ男が言う、同時にスコットランド・カルチャーの広さをこの映画は取り込んでいる。そのセリフとは裏腹に、イギリス青春映画のチャンピオン・ベルトが、スキンヘッドのクラバーの手から、おかっぱのネオアコ女子の手へと引き渡された瞬間だ。16mmフィルムで撮影されたスコットランドの光は、さらに一昔前の80年代カルト青春映画『ウィズネイルと僕』(ブルース・ロビンソン監督)を思い出させる。本作は細々と、しかし定期的に傑作を生み出すイギリス産青春映画の伝統にもつながっている。
病院から抜け出した主人公がグラスゴーの街で手に入れていく思い出。スイス人の男の子とバイト先の古着屋に行き、誰もいない店内で音楽をかけて、ぴったりの服を教えてもらう。あのシーンの幸福感、そして古着屋の既視感。90年代、あんな古着屋が中央線沿線にもたくさんあった。メガネ男子といっしょにカヌーで川下りにでかけ、ワインを飲んで、フィッシュ・アンド・チップスを食べる。そのときはただの暇つぶしにすぎなかった出来事が、やがてかけがえのない思い出へと変化していく人生の不思議。この映画には、失われることが運命づけられた青春の輝きがつまっている。ラジオ局に渡したテープへの反応はなしのつぶてで、主人公はやがて現実に追いつかれる。ドワネルものの最後『逃げ去る恋』(フランソワ・トリュフォー監督)のように、過去のいろいろな思い出がいちどきにひらめき、まさに人生がすり抜けていく!その記憶を映し出す、フィルムの柔らかさに胸がかきむしられる。
たしかにこの映画は「ファッショナブル」だ。でもそれ以上に青春映画として素晴らしい。ぜひ映画館に足を運び、「どいつもこいつもオリーブから飛び出してきたみたいな格好しやがって!」と憤慨しながら、これからクラシックとなる映画を、新作として観る幸せをかみしめて欲しい。
ところで本作、監督のスチュアート・マードックは先日開催されたフジロック2015に、ベル・アンド・セバスチャンとして来日した。今回WEBスナイパー読者のために、ターHELL穴トミヤはフジロックまで出かけ(本当は毎年行ってるだけ)、見事マードック本人に直撃取材することに成功した(本当は終演後のグリーン・ステージでボーっとしてたら、いきなり目の前を歩いていたので話しかけただけ)。そこで得た独占情報をみなさんにお伝えしよう!
やはり監督は『トレイン・スポッティング』も『ウィズネイルと僕』も観ていて(当然!とのこと)、しかし『トレイン・スポッティング』はほんの少しだけ好き。あの映画に出てくる「パブ」だけが好きで、あとは好きじゃないらしい。そして、このとき監督がもう1本、スコットランドのお気に入り青春映画として教えてくれたのが『グレゴリーズ・ガール』(ビル・フォーサイス監督)だった。81年製作の、スコットランドを舞台としたストライカー女子と、へっぽこゴールキーパー男子の青春映画。『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』のサッカーシーンはここからとったのかも!?メガネ男子のへっぽこぶりは、この映画の主人公がモデルなのか!? ところがこの映画、日本語字幕付きは現在入手困難、幻のVHS化している。もうこうなったら、『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』公開記念で、『グレゴリーズ・ガール』もリバイバル上映するしかない! それかVHSを持ってる人は自宅上映に招いてください!メール待ってます!招いてくれたら、フジロックに来る飛行機でロストラゲッジにあい、服がなくなって全身を急遽購入したH&Mでかためたスチュアート・マードックの写真あげます(とても気さくでいい人でした)!
文=ターHELL穴トミヤ
ボーイ&ガール・ミーツ・ミューシック♪
ひとりぼっちだった少女と少年が出会い、
奇跡のような最高の音楽が生まれた――
『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』
8月1日(土)より新宿シネマカリテ、ほか全国順次ロードショー
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