WEB SNIPER's book review
日本の本屋では見た事のない珍書達!
世界各国から収集した「キテレツな本」を販売している超カルト書店「とどいつ文庫」。その稀有な珍品の中より最も珍妙な書籍200冊を選出し、1冊のブックガイドに仕立てたら......。コレクション、写真集、アート、コミック、エロ、霊、映画、音楽、料理、ファッション、ガイドブック等、膨大なラインナップが貴方に語りかけてくるものとは!?
キテレツって久々に聞いたよ。と思って読みはじめたらこの本、洋モノ秘宝館というか、異常な駄菓子屋というか、こんなものが形を持ってこの世に流通していることに、ひとつの衝撃を覚える! いや、こわくなってくる!
帯の説明によれば本書は「世界の珍本を輸入販売してきた『どどいつ文庫』が今までに扱ってきた世界の珍書200册」というものらしい。しかしページをめくってまず出てくるのが、『放置自転車写真集』。そして次が『野外に放置されたショッピングカート写真集』で、次が『氷上再舗装用特殊自動車写真集』とくれば、本当にこんな本があるのかよと。それが10ページも20ページも続けば、「もしかして、これはインターネットで適当に見つけてきた画像に、ひたすら妄想コメントをつけているだけなのでは......」と不安になってくるし、ついには「狂人が作り上げた妄想に、つきあわされているのでは!」という読書アウターゾーンにも陥ってしまう。
さらに不安をあおるのが各ページの解説文で、この文章がどうにもおかしい。「ニポン」「コンピーター」「しいくれっと」「コンドウム」など独特の、しかしまったく統一されていない表記ルールが適用されていて、中でも不気味なのが「アメリ力」というOCRミスみたいな書き方。だけど他のページじゃさらっと普通に「アメリカ」と出てくるし、もはや乱丁なのか、意図的なのか分からない。
それから「まろびでる」という表現にこだわりがあるようで、これがちょくちょく使われるんだけど響きがこわい。まろびでてきてほしくない......。
しかし読み進めていくと、ついに出てくるコラムコーナー。ここでやっと、少しは普通の文体に出会えてホッとしますね。なんとか、話のできる人ではあったんだという、狂人ではなかったのだと安心できる瞬間がやってくる。ついでにもう一度最初からパラパラめくってみれば、まえがきでどうやら「珍本を紹介するために、珍語で解説するのがわたしたちのポリシーですよー」という宣言がされていて、なあんだそこまで狂人じゃなかったんだ、と思いつつ最後まで読めばいやいやそれどころではない! この「どどいつ文庫」の存在こそ、日本が文明国である証しなのだと確信せずにはいられない! とそんな本になっていました。
本書で紹介される大量の珍本。それぞれに日本語の題名がついているんですが、『ソ連共産党幹部たちが議事中の退屈しのぎに書いた似顔絵落書き集』、『盲学校の生徒が作った写真集』、『殺人ハイヒール靴写真集』、『全身裏返しテディベア写真集』、『犬が描いた絵画作品集』、『スーパーマンの作者が匿名発表した幻の変態マンガ』、『手づくり棺桶マニュアル』、『イヌ毛の手編み読本』など、それらを前にしてどんどん不安になってくるのはなぜなのか。
それは、「これが本なら、本というものに持っていた信用が崩れてしまう!」という不安で、逆にそこから今回、普段持っていた本への信用に気がついた。じゃあその信用はどこからやって来てたのかを考えてみると、それは労働力なのではないでしょうか。編集、製本、流通......、一冊の本を前にした時、その後ろに、それを作った大人たちの存在を感じる。それが「それなら、そんな間違ったものは出てこないだろう」という、本への無意識の社会的信用になっていた...。ところが本書で、そんな「本」の形をした「ビザール本」の洪水を前にすると、その信用がどんどん揺らいでいく! 本から社会にまでひるがえって、こんなのありなの~!と認識が拡張される。このゆらゆら感こそが、珍本、そしてそれを売るどどいつ文庫の、世の中へのカウンターという深淵なる使命だったんですが、そこにインターネットと電子書籍がやってきた。
インターネットや電子書籍は「労働力がいらない」という方面からの「本」へのカウンターでした。中身だけでいえば、インターネットにはビザール本の代わりを果たせそうなアーカイブサービスが沢山ある。『キテレツ洋書ブックガイド』を最初見たとき思ったのは「これって、世界のビザール本をリブログしたTumblrじゃん」ということだったし、本書に載ってるへんてこなテーマに沿った写真集の数々だって、Pinterestの充実したボードじゃん、といえるかもしれない。半年前くらいにネットでちょっと話題になった「Indifferent Cats In Amateur Porn(アマチュア・ポルノに映り込んでる無関心なネコ)」というTumblrページなんかは、同じテーマで写真集を作れば、そのままこの本に掲載されてる1冊になっていてもおかしくない。今までビザール本が担ってきた「こんなワケの分からない概念を本に仕立てちゃう?!?」というカウンターパンチを後ろに隠した、「こんなワケの分からない概念がこの世にあったのー」という楽しみは、「仕立てる必要があんまない」インターネットや電子書籍を前にして風前の灯火になっている!
と思いながら読んでいくと「どどいつ文庫」さんははっきりと、「データだけの本は本でないよ」と断言してるんですね。
いやそれどころか、電子書籍はインターネットの一部で、インターネットはそれ全体で1冊の本なんだと言っている。本屋に大量に並んでいる本、その中の1冊と、インターネットや電子書籍の広大な広がりが同じになる......。これはなんか、呪術的でおもしい考え方じゃないでしょうか。ビッグバンのように世の中に飛び出してきた電子書籍やインターネットが、液晶モニターという1冊の身体の中に再び閉じ込められていく。そんな呪文を聞いた気がする。
そう思って読んでみると、この『キテレツ洋書ブックガイド』では、全ての本について「縦×横×厚さ」と「重さ」が記載されてるんですね。世にマロビ出るためには、身体を持たなくてはいけない。もっといえば、1つの身体につき魂は1つ(1冊)しか宿らないのかもしれない! 呪術的な本の身体や意味をゆらゆらに感じさせてくれる、これ自体奇形なまことに文明的な1冊でした。
文=ターHELL穴トミヤ
『世界珍本読本―キテレツ洋書ブックガイド』(社会評論社)
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