web sniper's book review 一話完結形式で次々現れる制服美少女たち 『世界制服 / 1(小学館)』 著者=榎本ナリコ 文=さやわか
バーチャル少女にロリ少女、アンドロイドに熟女まで…!? ぜんぶ読み切りで、制服美少女&限界ギリギリのネタ満載! 地球を揺るがすハイテンション・ギャグ、全世界に降臨!! |
榎本ナリコといえば、やはり『センチメントの季節』の作者としての認知が最も一般的なものであろう。『ビッグコミックスピリッツ』というメジャーな場に掲載された作品であり、これは知名度の上で彼女の代表作と言っていい。
しかし彼女はまた、彼女は90年代に「野火ノビタ」名義で同人活動を行い、『新世紀エヴァンゲリオン』や『幽々白書』についての評論を書き、オタクややおいについて論じた人物である。もちろん、その別名による活動は彼女を知る者にとってあまりに有名なことだ。しかしその意味は今もう少し大きく見直されていいだろう。若い書き手によるサブカルチャー論、それもアニメや漫画を題材にしたものが非常に高い完成度を持って注目されることは、彼女が登場した時代には、ほとんどないことだった。現在、若者による熱心なサブカルチャー評論はインターネットや同人誌、そして商業誌においてすらごく普通に見られるようになったが、榎本ナリコはその先駆けとして改めて記憶されるべき人物だ。
それはともかくとしよう。『世界制服』(「ユニ・フォーム」と読む)は、そんな榎本ナリコが描いたギャグ短編集である。『センチメントの季節』の作風でしか彼女を知らない読者にとっては、一見して同じ人物が描いたとも思えないような内容であることは間違いない。『センチメントの季節』は、女子高生たちのセックスを、タイトル通りに感傷的に描いた作品だった。誤解を恐れずに言えば、それは小学館という大舞台にあって、一般読者が「これは単なるエロじゃないんですよ、感動がありますよ」と思いながら「高尚なもの」として消費できる「文学としてのエロマンガ」「作品性を湛えたポルノコミック」だった。その内容は言うまでもなく優れたものだが、しかしあの作品はそのような捻れたポップさを持たされていたのである。
だが『世界制服』は、まずスラップスティックなギャグマンガとしてあって、そのような「高尚な」榎本ナリコを期待する読者を裏切るものだ。収められた物語群にはいずれも制服少女が登場するが、それには『センチメントの季節』が持っていたような感傷など与えられないまま、ただオタク的な「萌え」という興味に忠実な扱われ方をする。それは制服少女に限らない。超能力少女、幼女の姿をした義母、持ち主が見ていないところで動く美少女フィギュア、少女ロボットなどが惜しげもなくパンチラし、「ちこくちこく」と叫びながらトーストをくわえて走り、猫耳、包帯、メイド服を身につけてくれる世界。過去の作品群からの奔放なパロディと相まって、それは過剰なまでのサービス精神でオタク的世界観を実現したテーマパークのようだ。読者はただオタク的な興味でその非現実に没入することを許されている。というか、没入せずにはいられない。作品によって「どっぷりとそれに浸かりなさい」と誘われているようだ。
しかし面白いのは、そのように「クールなお姉様」「夢見るメガネっ娘」「お嬢様ツンデレ」などというオタク的で安直なキャラ付けがなされた少女が次々に登場しつつも、物語内でたびたびそのキャラクター性がまるでひょいとラベルを貼り替えるかのように剥がされ、別のキャラクター性に替えられるという展開が見られることだ。女子高生だと思ったら「うごうご動画」の「うp主」が投稿した「バーチャロイド」だった。宇宙船内の学園に通う学生かと思ったら、そういう物語設定を持ったフィギュアだった。ある組織に追われる美少女かと思ったらアンドロイドだった、等々。このようなあっけないラベルの貼り替えが繰り返されることで、オタク的な意匠とは人物や世界を分かりやすく根拠付ける強固な意味などではなく、むしろ限りなく交換可能で意味の希薄なものであるということを読者は強く意識せずにいられない。最終的には作中の「現実」だと認識すべきレイヤーがどこにあるのか分からなくなり、すべてから現実感が喪失してしまう。しかし、虚構のような現実と現実のような虚構がグダグダに混交してしまうことが不思議と快感に思えてしまう。オタク的な物語の持つ麻薬的な快楽の核とも言えるものがここにはある。
しかしそこで我々は気づくべきだ。『センチメントの季節』にあった制服少女に対する感傷もまた、オタク的な物語と同質のファンタジーに過ぎなかったということに。「ハードな現実に生きる女子高生」というラベル。「青春」という美しい物語。我々はそれを心地よく消費した。いつでも我々はただ快楽に従って、自分の好きな物語を、自分たちの好きなように享受することしかしない。そのことに罪はない。そこで我々は物語の奴隷に過ぎないが、同時に物語によってその自由を許されている。
文=さやわか
『世界制服 / 1(小学館)』
著者=榎本ナリコ
ISBN:9784091571458
価格:560円
発売日:2008年8月16日
発行:小学館
出版社サイトにて詳細を確認・購入>>>こちら
関連記事
豊穣な想像力とエモーショナルな描写
『大金星(講談社)』 著者=黒田硫黄
平坦な戦場で僕らが生き延びること
『リバーズ・エッジ 愛蔵版(宝島社)』 著者=岡崎京子
なぜこんなにも息苦しいのか?
『不可能性の時代(岩波書店)』著者=大澤真幸
いまの日本は近代か、それともポストモダンか?
『リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか(講談社)』著者=大塚英志/東浩紀
一生かかっても見られない世界へ。
『漫画をめくる冒険―読み方から見え方まで― 上巻・視点 (1)(ピアノ・ファイア・パブリッシング)』著者=泉 信行/イズミ ノウユキ
あゆ/郊外/ケータイ依存
『ケータイ小説的。“再ヤンキー化”時代の少女たち(原書房)』 著者=速水健朗
NYLON100%“伝説”の全貌を探る
『NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』 著者=ばるぼら 監修=100%Project
時代を切り拓くサブ・カルチャー批評
『ゼロ年代の想像力』 著者=宇野常寛 【前編】>>>【後編】
さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。
「Hang Reviewers High」 |