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豊穣な想像力とエモーショナルな描写

『大金星(講談社)

著者=黒田硫黄


文=さやわか


平成14年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞しながら未完となった『セクシーボイスアンドロボ』。作者である黒田硫黄の最新短編集に見る、作家の成長と回復の軌跡。
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黒田硫黄は、今の漫画家にあって、鬼才と呼ぶことに多くの人が同意するであろう。『大金星』は、その黒田硫黄の最新短編集だ。

収録されているのは「IKKI」において『セクシーボイスアンドロボ』の連載が中断され、事実上の未完となった後、デビュー誌であり古巣とも言える「アフタヌーン」に戻ってからの作品となる。この希有な才能を持った漫画家が心機一転してからの想像力がほぼすべて収められていると言っていいだろう。

『セクシーボイスアンドロボ』はなぜ中断されねばならなかったのか。黒田硫黄はなぜ続きを描けなくなってしまったのだろうか。「無数の声色を使いこなす少女スパイが数々の事件を解決していく」という魅力的な物語は、連載の後半において主人公が「三日坊主」という殺し屋の死に荷担してしまったことから迷走し始めてしまった。スパイものという物語を単にワクワクする活劇として描くことはできず、敵役の死という現実を受け入れなければならない。生き生きとした物語を描く作家であったはずの黒田硫黄は、そこに迷ってしまった。そうして彼は物語を描くことが出来なくなり、作品は中断されたのである。

『大金星』の冒頭に収められている『ミシ』は、やはりその迷いからの復帰を目指した作品だと言えるだろう。完全なファンタジーとして異生物『ミシ』をユーモラスに描くエピソードは死というハードな現実から解放されており、この作家ならではの豊穣な想像力とエモーショナルな描写を再び展開させることに成功している。

収録作の登場人物達は、黒田硫黄の作品の登場人物の多くがそうであるように、叶えられない愛情を抱えている。誰もが思い思いに誰かを愛しているが、他者に対して伸ばす愛情のほとんどは、ひどくそっけなく裏切られる。しかし、この作家の登場人物達が面白いのは、そこでひどく悲嘆に暮れたり激高したりせずに現実を生き過ごしていくということだ。その様はしばしば、ほとんど漫画的に、まさにコミカルにしか処理されない。それはわずか一コマ、セリフ一つであることすらある。そこが黒田硫黄の作品のドライさと切なさが同居する感受性であり、この作家の魅力だと言えるだろう。本作に収められた作品群においても、やはりその要素は失われていない。彼は今なお、彼にしか描けないものを持っているのだ。

しかし『セクシーボイスアンドロボ』において残された死という問題からは、作家は事実上の撤退を試みているとも言える。逆に言えば、これだけの才能を持った作家の唯一の弱点が死という問題であり、今後の作品においてそれに再挑戦し、乗り越えることを期待してやまない。この短編集に収められた作品によってリハビリ的に物語を描く力を回復した後で「アフタヌーン」で開始した連載、『あたらしい朝』において、その再度の努力が見られ、そして開花してほしいものである。黒田硫黄自身はそんな問題など扱いたくもなく、ただ豊穣な物語が描ければいいと思っているのかもしれないので、これは本当に難しい問題ではある。しかし、彼はそれだけの能力は持った作家なので、どうしてもぼくには期待を捨てることができないのだ。

文=さやわか


『大金星(講談社)
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著者=黒田硫黄
ISBN:978-4-06-314532-8
価格:580円
発売日:2008年9月22日
発行:講談社


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sayawaka_prof.jpg さやわか ライター/編集。『ユリイカ』(青土社)、『Quick Japan』(太田出版)等に寄稿。10月発売の『パンドラ Vol.2』(講談社BOX)に「東浩紀のゼロアカ道場」のレポート記事を掲載予定。

「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/

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08.10.12更新 | レビュー  >